アルベールvs緑の巨人 インターミッション
むかしむかし、あるところにアルベールという騎士がおりました。
「アルベールよ、どうも今日は顔色が良くないようだ。やはり緑の巨人との激闘は疲労が残っておるか」
王宮の謁見の間でのことでした。
緑の巨人や嘆きの山の地下基地の処理が終わり、諸々の報告を済ませたアルベールに王様が声を掛けました。
「はっ、陛下。今朝目覚めましたところ、疲労が色濃くございました。このアルベール、汗顔の至りでござる」
「ううむ、一騎当千のそなたとて人。負担をかけすぎておるようだな」
「いいえ陛下。これなるは私めの修行不足にございますれば!」
「そなたが修行不足など。他の騎士たちの立つ瀬がないわ」
王様がわっはっはっと笑いました。
「アルベールよ。此度の働きもまた大儀であった。今度こそ誰かの為ではなく、己のために望みの物を申すがよい!」
「ありがたき幸せ! では陛下、宝石をひとつ頂戴したく存じます」
「なに、宝石とな」
「はっ、盾が欲しいのです。悪という悪を防ぎ切る盾が。そのためにはふさわしい宝石が必要なのです」
「ふむ、新たな宝石炉を造るのだな」
「まさしく」
いよいよ王様がこめかみを押さえました。
「そなたの装備であれば褒賞を転用するまでもない、申し出れば余から鍛冶師たちに命じたものを」
「ならば陛下、私が望むのは緑の巨人の被害を受けた者たちの援助でございます!」
「まったく! そなたはまったくもう!」
王様はぷりぷり怒りながら、大臣に命じてアルベールの望む宝石を宝物庫から持っていくように手配させました。
こうしてアルベールは、宝物庫に足を運びました。
そこには金銀財宝がたくさん保管されており、きらきらと眩いばかりの輝きを放っていました。
アルベールはその中から、たいへん上等なサファイアを選びました。
さっそくそれを持って、鍛冶場で仕事をしていた親方を尋ねました。
「よう、巨人殺し!」
「面映ゆいな」
からかってくる親方に、アルベールが苦笑します。
「大したもんじゃねぇか。あれをひとりでぶっ倒しちまうとはな」
親方が鍛冶場の窓の外へ視線を巡らせて言いました。
見れば緑の巨人が格納庫の隣に横たわっているではありませんか。
周囲に足場も組まれて、調査する準備は着々と進んでいるようでした。
「もうここまで運ばれていたか」
「本格的な調査は明日からだ。軽く見てきたぜ。ケルトの技術を結集した決戦兵器って感じかねぇ」
「まだまだこの国には陛下を、教会を認めぬ勢力が根強いものだ。黒い騎士も緑の巨人も、その氷山の一角なのであろう」
「だがだいぶん小さくなってるはずが、よくぞこんなもん造ったぜ」
「これまで見えてきたケルトの兵器の中で、最も強力であったのは間違いない。真の戦士が乗っていれば、私も勝利できていたか分からなかった」
「なんだ、乗ってたのは戦士じゃなかったってのか?」
「おそらくドルイドであったのだろう。もっとも、ドルイドにしか動かせないものだったのかもしれぬが……」
アルベールは戦いの中で対峙したあの金髪の美女を思い出して溜息をつきました。
心苦しい別離であり、やるせない気持ちでいっぱいです。
思わず十字を切るアルベールに、親方がふんと鼻を鳴らします。
「国を荒らしたんだ、当然の報いだ」
「むろん、しかるべき報いは必要だ。だが回心の機会もまたあるべきであろう」
「お優しいこったな。俺たち整備班にも優しくして欲しいもんだぜ」
親方がいたずらっぽく笑って、ハンガーされているアルベールの騎士鎧へ視線を向けました。
今回の損傷もひどいもので、整備班が忙しくなりそうです。
「いつも感謝している」
「へっ、ちゃんと生きて帰ってくりゃ、それでいい」
親方がにやりと笑いました。
そんな親方に、アルベールはさきほど頂戴したばかりのサファイアを差し出します。
「盾の宝石炉なのだがな、今回の褒賞として良いサファイアを賜ってきた」
「おう、でけぇのをもらってきたじゃねぇか。こいつぁ良い宝石炉になるぜ」
サファイアを覗き込みながら親方が感心して言いました。
「お望み通り、黒騎士だろうが巨人だろうがどんな攻撃も通さねぇやつを造ってやらぁ」
「期待している」
「さてこのサファイアの宝石炉の加工だが……」
「うむ」
「お前、あの女に頼んできてくれ」
親方が極めて深刻な顔で、サファイアをアルベールに返しました。
「いや、親方。私の仕事はサファイアを賜るまでであろう。そこからは親方の仕事ではあるまいか?」
アルベールが丁寧にサファイアを親方に手渡しました。
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
お互いにサファイアを押し付け合っていると、横合いから手が伸びてきました。
ひょいとサファイアをつまんだ手は、黒い手套をしており、黒い修道衣、黒い頭巾をかぶったまさに修道女でした。
頭から爪先まで修道女としてパーフェクトな装いなのですが、さらに黒い薄絹を垂らしており顔が隠れているではないですか。
つまり素肌の露出を完全に無くした、なんとも不思議な人物でした。
修道女は婦人用の小さな馬の背に乙女座りをしており、朗らかに手を振ります。
「やぁ君たち、久しぶりじゃあないか君、君! アルベールくん、親方! 久方ぶりにこの超銀河美少女シスター⭐︎ドロシーちゃんが会いにきたというのにサファイアの取り合いなんて乙女としては嫉妬が地獄の業火のようにメラメラというものだよ君たち! そんなサファイアじゃなくて私を見て! 私だけを見ててよ! 目を離さないで! なぁんてね、ふふふふふふ!」
「「げ」」
ドロシーと名乗った修道女に、アルベールと親方が露骨に仰天し、アルベールはすぐに顔を取り繕いました。
親方はむっつりしたままです。
「なにしに来やがった」
「そりゃあ君、私も陛下に召集されてね。あの緑の巨人の調査にさ。興味深いじゃあないか、何十年前ならいざ知らず、今だにあんな決戦兵器のような巨人が顔を出すんだから、ふふふ。なにやら風雲急を告げる戦乱の予感なんかしちゃったりなんかしないかい、君たち?」
ドロシーは面妖な風体ですが、その実態はフランク随一と言える技術者なのでした。
「不吉なことを言う」
「やぁアルベールくん、久しぶり。もっとも君の活躍は絶え間なく耳にしているから、ずっとそばにいた錯覚があるよ。今朝も出かける際にはイマジナリーアルベールくんに行ってきますのハグとキスをした気がするとも」
「数ヶ月ぶりか、修道女ドロシー。相も変わらぬよく分からない饒舌ぶりであるな」
「乙女とはおしゃべりが好きなものさ。このドロシーも十七歳なれば、聖なる森の清廉なる泉の如く言葉が湧き出でるというものだとも! っで、このサファイアだけど――」
ドロシーがふーむと薄絹越しにサファイアを眺めました。
「これは乙女の勘だがもしかするとアルベールくんが強敵を相手するために騎士鎧を強化させたいから新しい宝石炉を造るために陛下から賜った一品ってところかい?」
「どこで聞いてた?」
「乙女の勘と言ったろう?」
「……まぁ、おおむねその通りだ」
ドロシーの顔は黒い薄絹で隠れていましたが、絶対にドヤ顔している雰囲気でした。
「その宝石炉の加工にドロシーちゃんに声をかけようか! おっとその役目は私のものだ、いいやドロシーちゃんに声をかけるのは俺の役目だ! と言い合いをしていたのだろうそうだろうそうに違いないとも嗚呼! 君たち、このドロシーちゃんを求めて争うなんてやめたまえ! 見ての通り私は修道女、天におわす我らが神に嫁いだ乙女であるのだから君たちの気持ちには答えられないのだよ!! ごめんね!!!!」
「アルベール、後は頼むわ」
ドロシーのナルシスティックな饒舌に辟易した親方がそそっと逃げていきました。
「おっと、照れ隠しかなふふふ」
ドロシーはあくまでポジティブでした。
「それで、実際どういう宝石炉が欲しいんだよ、アルベールくん?」
「盾に組み込みたいのだ」
「はーん? マナ循環回路を盾まで伸ばしたいってわけか。体の要穴ではなく末端に宝石炉を置くなんて、正気じゃないねぇ」
「だがその価値がある」
ドロシーがくつくつと笑いました。
「いいじゃあないか、君。そういうぶっ飛んだ発想にこそ確かな技術が必要だ。人が眉をひそめるようなものこそ、新しい境地を開く。面白そうだ。任せなさいよ、極上の宝石炉を造ってあげようじゃあないか!」
「貴公の腕は信用している。腕は」
「二回言う意味はあったかなアルベールくーーーーーん!!!!!!」