アルベールvs緑の巨人 前編
むかしむかし、あるところにアルベールという騎士がおりました。
アルベールは強く優しくたくましい、騎士のお手本のような男でした。
ある日、アルベールは王様に呼び出されて謁見の間へとやってきました。
アルベールは颯爽とマントを翻し、王様に跪きます。
「陛下、アルベール参上いたしました」
「うむ、よくぞ参った。ゆっくりと養生はできたかな?」
「はっ、心身共に十全であります」
「よろしい。アルベールよ、そなたにあたってもらいたい任務がある。緑の巨人だ」
「緑の巨人ですと!?」
跪いていたアルベールは、想わず顔を上げてしまいました。
「ここ数日、嘆きの山の近くで何人もの行方不明者の報告が上がっておる。そこで騎士を何人か派遣して調査させたのだが……」
そこで王様が溜息を吐くワンクッションをはさみます。
「……全ての騎士たちが返り討ちにされてしまった」
「むむ!」
「幸い死んだ者はおらぬのだが、全員が昏睡状態である。医師たちも全力を尽くしているが未だに目覚めぬ。だがひとりだけ、運び込まれる前に一言だけ残したものがいた。それが、」
「緑の巨人、と?」
「その通りだ」
「陛下! このアルベール、必ずや緑の巨人を打倒し、行方不明者たちの所在を突き止めることを、剣の十字に誓いましょう!」
「うむ、頼んだぞアルベールよ!」
こうしてアルベールは颯爽と謁見の間を後にして、格納庫へ行きました。
そこで仕事をしている親方を見つけて声をかけます。
「親方、私の騎士鎧はどうか?」
「おうアルベール、完璧に仕上がってるぜ」
親方の示す方にアルベールは自分の騎士鎧を見つけて歩み寄ります。
激闘を経てぼろぼろだった騎士鎧が、まるで新品のようにぴかぴかです!
「完璧だ」
「ったりめぇよ」
筋骨隆々な親方が嬉しそうにへへって笑いました。
可愛いですね。
「だがなぁ、おい。宝石炉搭載の盾だが、ふたつ聞いておきたいことが見えてきた。まずは小弓だ」
親方が騎士鎧の左手に折りたたまれ、収納されている小弓をコンコンと叩きます。
「宝石炉を搭載した盾を持つ場合、こいつを外さにゃならん」
「接続の問題か?」
「話が早いな。宝石炉同士をつなぐ回路に、こいつがまるまる邪魔だ」
「外してくれ」
「話が早ぇな!」
驚く親方に、アルベールが爽やかに微笑みました。
「貴公の仕事を信用している。貴公が言うならば、それが最善だ」
「お前……そんな真顔で……」
すっかり禿げあがった老境の親方がもじもじと照れました。
可愛いですね。
「それでもうひとつは?」
「ああ、盾に搭載する宝石炉なんだがな、予備品じゃ上手い物が造れん」
「なるほど、新しい宝石炉が必要になるのだな。盾専用の」
「そういうこった」
「ならば今回の巨人を討伐したあかつきに、上質なサファイアをお願い申し上げるとしよう!」
こうしてアルベールは騎士鎧を装備して、愛馬トニトゥルスにまたがって嘆きの山に出発しました。
およそ一日かけてアルベールは嘆きの山に辿り着き、その偉容を見上げて感嘆します。
そびえたつ山は静かで神秘的な雰囲気に満ちています。
うっそうとした山道なので、アルベールはふもとに馬をつないで登り始めました。
雑然とした山道でしたが、かすかに人の行き来する痕跡がありました。
先だってやってきた騎士たちの足跡も残っていました。
アルベールはそれを辿って山を進んでいきました。
時折、アルベールの耳に誰かが嘆いているような声が届きます。
おお、おおお、といかにも物悲し気な声ではありませんか。
しかしアルベールはそれを気にせずに進みます。
というのも、この嘆きの山には天然の洞窟が多いのです。
その洞窟を通る風がまるで誰かの嘆きに聞こえるため、嘆きの山と呼ばれているのです。
やがてアルベールは木々が拓いた場所に辿り着きました。
そこには一本の大きな樫の木が立っており、なんとも神々しく荘厳な気配に満ちいました。
実は嘆きの山は、古い異教の者たちが住んでいた山でした。
かつてはこの場所も神聖視されていたのでしょう。
教会に信仰を捧げているアルベールでしたが、つい居住まいを正さずにはいられない空気です。
しばし大きな樫の木を見上げていましたが、ふと地面が揺れました。
すわ地震かとアルベールが身構えた瞬間です!
バギーン!
なんと地面が割れて、地面から巨人が現れたではありませんか!
全身が緑の色に染まっており、十メートルに及ぶ大きさです。
まさしく緑の巨人!
装甲は金属ですが、そのデザインはがっしりとした樹木を思わせる意匠です。
そしてその厳かな顔をたたえた頭部は、まるで葉で形作られたかのようです。
後世にグリーンマンと呼ばれる顔つきです。
ウィキで調べると出てくる感じの奴でした。
「教会の騎士よ、我らが聖域に何用か!」
緑色をしたその巨人が、人間離れした硬質な大音声を叩きつけてきます。
常人では心を圧倒され、異教の神や悪魔の声に聞こえたかもしれません。
しかしアルベールは、これが騎士鎧にたいてい備わっている音声を拡張・変換する装置を使っていると看破します。
騎士鎧を着た状態では、完全兜のせいで音が伝えにくいし、聞き取りにくくなっています。
そのため騎士同士でやり取りするために、音声を拡張する装置がついているのです。
また音声を拡張すると、微妙に声質が変わるので変換して調整するようにと教えられます。
しかしこれは、基本的にみんな調整まではせず拡張だけで済ませています。
アルベールもこの装置で声を大きくしていましたが、声質の調整までは別にしていませんでした。
つまり肉声と違った音でやりとりをするのが普通だということです。
緑の巨人へ剣を突きつけ、アルベールは声を張り上げます。
「我が名はアルベール! フランクの騎士である! この山周辺で多数の行方不明者になっている! その調査にやって参った! 私よりも先に調査に来た騎士らを打破したのは貴公であるか!」
「いかにも!!! 懲りもせずまた騎士を送り込んできおって!!! こうなれば貴様は念入りにいたぶって、たっぷり恐怖を味わわせてやる!!! そしてこのネメトンの恐ろしさを、王国中に伝え広めるがよいわーーー!!!」
緑の巨人──ネメトンが背にマウントをしていた斧を手に取り、思い切り振り下ろしてきました!
ズガーン!
十メートルもの巨人の斧もまた巨大!
地を割る威力がアルベールに叩きつけられました!
これにはアルベールも回避一択です!
騎士鎧の両脚部に備わっているバーニアを噴かせて後方へ大ジャンプ!
一秒前までアルベールが立っていた大地に深々と斧が突き刺さります!
「おのれちょこまかと!」
「なんたる威力! しかも技がある! 貴公、いかなる流派か!」
「答える義理はぬわァァァい!!!」
気合の大音量と共に、ネメトンが斧による連撃が繰り出します。
見事に連鎖する斧闘術は、絶え間なくアルベールを攻め立てます。
歴史を積み重ねて来た緻密な技と、その大迫力の巨体とがあわさりさしものアルベールも逃げに徹します。
バキバキと山の木々を叩き折り圧し折って、迫りくるネメトンはまさに魔神でした。
しかし拓けた場所から木々に紛れることで、ネメトンの狙いに間が生まれます。
その隙をついて、アルベールが背部ノズルからマナジェットをフルに噴かせ、急襲を仕掛けました!
ガギーン!
アルベール渾身の一閃が、ネメトンの右脚部に食い込みました!
しかしネメトンの装甲の厚さたるや!
破ることはできず、表層を傷つけただけに留まりダメージは大きくありません!
「その程度かアルベール!!!」
その巨体でありながら小さく隙のない斧闘術がアルベールを打ち払いました!
「ぐがっ!!」
技としては強力でなくとも、ネメトンの巨体から繰り出されれば必殺技です。
アルベールは虫のように吹き飛ばされて、クッションにした木々を何本も折ってようやく止まりました。
「これでとどめにしてくれるわ!!!」
斧を振り上げ、猛スピードでネメトンが踏み込んできます!
未だ立ち上がれないアルベールでは、これを避けるにも受けるにも態勢が不十分と言わざるをえません。
巨大な斧が振り下ろされた瞬間!
いななきと共に豪速で駆け抜ける影がありました。
ふもとにつないでいたアルベールの愛馬トニトゥルスです!
主人のピンチに駆けつけたのです!
間一髪、アルベールはその馬体を掴んでネメトンの斧から逃れました!
「助かったぞトニトゥルス!」
ダメージをおしてなんとか馬上へと移ったアルベールが、優しくトニトゥルスの首を撫でます。
「馬に乗った程度!」
「知らぬか、異教の守り人よ!」
トニトゥルスの馬首を返しながら、アルベールが剣を突きつけて不敵に笑います。
「騎士とは人馬一体となり本領を発揮するのだ!」
「ぬう!」
馬を得て格段にスピードを上げたアルベールに、ネメトンから動揺が滲みます。
アルベールはその動揺の隙間に突っ込んで、すれ違いざまに剣を一振り!
バギーン!
その一撃は見事にネメトンの左脚装甲に亀裂を叩きこみました!
両断とは言えませんが、大きなダメージです。
ネメトンが大きく揺らぎました。
「次は右脚だ!」
もう一度馬首を返し、アルベールが高らかに叫びながら再度突貫します!
「させるか!!!」
左脚をがくがくと震わせながら、ネメトンが斧のカウンターを叩きこみます!
タイミングは完璧!
アルベールが右脚に突っ込んでくる軌道に対して、完璧な一撃でした!
しかしアルベールは寸前でトニトゥルスの手綱を思い切り引っ張り、跳躍させたではありませんか!
その軌道変更により斧は空振り!
弾丸となったアルベールとトニトゥルスは、一直線にネメトンの胸部装甲へと推進します!
そうです、脚部を狙うと見せかけたフェイントだったのです!
咄嗟に、ネメトンが左胸をかばう動きをします。
それを確認したアルベールは、右胸へと突っ込みその装甲を断ち割りました。
狙いはコックピット……の近くでした。
コックピットを狙ってしまうと、操縦者を殺してしまうかもしれません。
なのでパイロットを引きずり出すための、穴をあけるための一撃でした。
そこで、わざと右足を狙うふりをして、胸部へ突っ込んだのです!
かばう動きからして、コックピットは左胸にあるとあたりがついたので、右胸から斬り開いたのです!
成果は上々、右胸部装甲に大きく引き裂いて、左胸にもその大きな破損が及んでいます。
そしてその裂傷からパイロットの顔が覗いているではありませんか!
「女だと!?」
その顔に、アルベールが驚愕に目を見開きます。
「……見たな!」
なんとネメトンの左胸部コックピットにいたのは、艶やかな金髪の若い美女ではありませんか!
アルベールを睨みつけるその美貌には鬼気迫るものがありました。
その激昂を反映したネメトンが、中空のアルベールへと斧を叩きつけます!
「くっ!?」
アルベールは左腕の盾にマナを全開で注ぎ込み、なんとか斧を受け止めました!
しかし一撃で盾は砕け散り、トニトゥルスと共にアルベ―ルは地に叩きつけられてしまいました!
「ぐあっ!」
「たいしたものだな、アルベール! よくぞネメトンをここまで痛めつけて、私の顔をさらしたものだ! だがその代償は高くつくぞ!!!」
拡張音声と美女の肉声重なり、アルベールへと降り注ぎます。
そしてアルベールとトニトゥルスを踏みつぶそうと、ネメトンの右足が持ちあがります!
「ぐおお!!」
アルベールはその危機に、気合で立ち上がりトニトゥルスを蹴り飛ばします。
それで白い馬体がネメトンの足の範囲から遠のきました。
しかしアルベールの退避はもう間に合いません!
大地に剣を刺して、
「ぜァッ!!」
気合を入れたのとネメトンの右足がアルベールを押し込んだのはほとんど同時でした。
ずしん!
なんということでしょう!
ネメトンの巨大な足が大地を踏みしめます。
これみよがしにグリグリとする足を、トニトゥルスが何度も頭突きをしますがびくともしません。
「ふん、ネメトンの養分にはできなかったが、この喜びの山の養分となるがよいわ」
ネメトンの左胸の裂傷から顔を覗かせる美女が勝ち誇ったように笑いました。
「貴公らの宗派では、この山は喜びの山と言うのだな」
ぼごぉ!
ネメトンの右足から少し離れた地面がはじけ飛んだと思えば、なんとアルベールが這い出て来たではありませんか!
「馬鹿な!?」
金髪の美女が慌ててネメトンの右足を持ち上げると、なんとぽっかりと穴が開いているではありませんか。
アルベールが緊急で剣を突き立て、マナを噴出して作った穴です。
さらに地下を削り進んで逃げだしたのです!
トニトゥルスが歓喜してアルベールに頭をこすりつけてきます。
「おのれ、しぶとい奴め!!」
ネメトンがいっそう激しく斧を叩きつけてきます!
アルベールはすばやくトニトゥルスにまたがり、その一撃を駆け逃れます。
「ゆくぞ、異教の女よ! これで決着としてくれる!」
背部ノズルからマナジェットを全開にし、アルベールとトニトゥルスは最高速度で木々を縫って走ります。
ネメトンの右側へ回り込む機動です。
慌ててネメトンが追いかけますが、うっそうとした木々に紛れた馬影はなんとも見えずらい。
バキバキをネメトンが木々を薙ぎ払って、どうにか視界を開いたその時です!
「なに!?」
なんと、木々に隠れるように駆けていたのはトニトゥルス一頭だけではありませんか!
アルベールはどこに!?
「私はここだ!」
なんとアルベールは、ネメトンの左側に回り込んでいました。
振り絞るようなマナを剣に注ぎ、渾身の一撃をネメトンの左脚に叩きこみました!
バギャーーーン!!!
半ばまで砕けていた左脚が、その一撃で巨人のバランスを支えられなくなってしまいました!
金髪の美女の悲鳴と共に、ネメトンが傾きました。
なんとか、斧を支えに倒れてしまうのを免れますが、
「トニトゥルス!!」
絶妙なタイミングでアルベールの下へと駆けつけたトニトゥルスにまたがり、アルベールが大ジャンプ!!
蒼いマナジェットによる推進で跳ね上がり、ネメトンの左胸を鋭く貫いてしまいました!
「あああああ!!!」
もちろん、金髪の美女もろともに貫いたわけではありません。
コックピットを盛大に破壊して、背中から美女を空中に放り出したのです!
十メートルにも及ぶ高さの、さらに上方に放り出された美女の悲鳴が山に響きます。
しかし粉砕された装甲の破片に紛れるその身に、アルベールが手を伸ばします。
「なにを!?」
「父と子と精霊の御名において、貴公を逮捕する! 今回の蛮行、王宮で陛下に釈明をしてその沙汰を受けてもらうぞ!」
がっしとその手を掴み、天空でアルベールが美女の身を引きよせます。
異教の美女を、さながら姫のように扱うように腕に優しく抱き止めました。
「……おことわりよ」
しかしなんということでしょう!
美女は気丈にアルベールの頬をはたいて、騎士鎧を蹴り飛んで自ら再び宙に身を投げたではありませんか!
完全兜をしているアルベールに痛みなどは感じませんでしたが、その行動に一瞬理解が及ばなかったこと。
アルベールの騎士鎧もダメージが大きく、咄嗟の動作が上手くいかなかったこと。
これらが重なって、美女が谷底へと落ちていくのをもう助けることができませんでした!
「覚えておれ、アルベール!!! この屈辱、忘れはせぬぞ!!!」
美女の怨嗟の声が、陰々とこだましながら谷底へと消えていきます。
その谷の縁に立ち、アルベールが悔し気な面持ちで十字を切ります。
「この高さでは助かるまい……なにも死を選ぶこともなかったであろうに。主よ、かの異教の使徒にどうか安らぎを」
こうして緑の巨人を撃破したアルベールは、一休みをしてした後にネメトンが這い出てきた亀裂を下りていきました。
すると地下の巨大な格納庫へとたどり着いたではありませんか!
ネメトンを整備するための場所ですから、それはそれは大きな施設でした。
しかもさらに格納庫は各種施設につながっているようでした。
そうです、この山の内部はもはやひとつの基地となっているのです!
「ううむ、これはなんということだ。このような施設があったとは!」
アルベールが調査を続けていると、やがて何人もの男たちが囚われた牢に辿り着きました。
そうです、行方不明になった者たちが閉じ込められていたのです!
「大丈夫か!」
アルベールが鉄格子を一刀両断!
囚われていた者たちは歓喜の声を上げました……が、力ない声でした。
というのも囚われていた者たちはみんな一様に衰弱していました。
昏睡している者もいます。
アルベールは危険な者にはマナを分け与え、衰弱しているみんなを励まして支え、地下基地から脱出をさせました。
そして近くの村でひとまず休める場所を確保してから、王様への報告に城へ戻りました。
王様はさっそく嘆きの山に多くの騎士たちを派遣して、地下基地の調査を行いました。
ネメトンの回収や、行方不明になっていた者たちが帰る前に事情聴取などもありました。
アルベールも地下基地と王宮を往復しました。