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モンブランと痴話喧嘩の顛末



 ◇


 ヴィヴィアナ様の話を聞き終えるころには、栗の皮はすっかり剝き終わっていた。

 剥き終わるどころか、茹でて潰してお砂糖と水で煮て、さらに潰して――栗のペーストまで出来上がっていた。


 栗を潰すのはシュラウド様が手伝ってくださった。

 その間ヴィヴィアナ様はロクト様とのなれそめを熱心に話してくれた。

 私は栗を煮たり潰したりしながら、うんうんとその話を聞いていた。


 ヴィヴィアナ様の話は、驚くことばかりだった。

 私はシュラウド様にずっと優しくしていただいていたけれど、ヴィヴィアナ様はロクト様に貧相だと言われたり、大切なものを捨てられたりしたのだ。


 ロクト様は悪い方ではないと思うのだけれど――私だったらきっと、最初の日に逃げ出してそれきりだっただろう。

 シュラウド様の元からも迷惑をかけたくないと逃げ出したぐらいだ。

 ロクト様の元にいたら、もっと逃げ出していたわよね、きっと。


 そう思うと――ロクト様と仲良くしようと頑張っていたヴィヴィアナ様はとても強い。

 自分が恥ずかしい。もう、あのような醜態は晒したくない。

 きっと、大丈夫だとは思うけれど。


 先に焼いておいたタルト生地に、チーズクリームをこんもり乗せて、絞り袋に入れた栗のペーストを雪山のように絞っていく。

 うねうねと出てくる栗のペーストを、コルトアトルが興味津々と言う様子で見ている。

 

 オルテアさんも、片目だけ開いてケーキの出来上がりの進歩を見ていた。


 オルテアさん用とジャニスさん用に作った大きいタルト生地にはこんもり山のようにチーズクリームを乗せて、栗のペーストをたくさん絞った。


 本当はジャニスさんのために五百個ぐらい作りたかったのだけれど、流石にそれはできなかった。

 それなので、大き目のタルト生地で大きなケーキを作ったというわけである。


 天辺に栗の甘露煮を一粒乗せて、それからくま型クッキーを乗せる。

 最後に粉砂糖をふりかけると、白い雪山のようになった。


「まぁ、すごい! アミティ様はお菓子作りが上手なのですね! 本当に雪山みたいです」


「ハイルロジアの図書室に、蔵書が沢山ありまして。そこから、パイの全てと、ケーキの全て、タルトの全てという本を読んで、作り方を覚えたのです。これはモンブラン。白い山という意味のお菓子ですね」


「とっても可愛いです! くまさんがいますね」


「はい。ハイルロジアといえば木彫りのくまなので、くまのクッキーをのせてみました」


「可愛いですね! ハイルロジア様はアミティ様のような奥様を娶って幸せですね!」


 にこにこしながら喜んでくれるヴィヴィアナ様の仕草は、どことなくシマリスのようで可愛らしい。

 シュラウド様は調理台の横の椅子に座って、三人分の珈琲をいれながら「俺も常々そう思っている」と頷いた。


「ハイルロジア様であれば、私の猫ちゃんも捨てたりしなかったでしょうに……」


「それについてだが、何かの間違いではないのか、ヴィヴィアナ嬢。結婚してからずいぶんと苦労したようだが、今のロクトは君のことを大切にしている……というか、ロクトが大切だと認識しているのは、美しい無機物と、ヴィヴィアナ嬢ぐらいだろう」


「確かに嫌われてはいないと思います。我儘ですし、言うことを聞いてくれませんし、大変ですけれど……」


「ヴィヴィアナ様の目の前で、猫のぬいぐるみは捨てられてしまったのですか?」


 できあがったモンブランをトレイに並べながら私は尋ねる。

 シュラウド様も珈琲のカップを三脚、トレイの上に置いた。


「いえ……驚かそうと思って、執務室の机の上に何も言わずにおいておきました。様子を伺っていたら、なんだこの塵はって、捨てられてしまって……それは私がつくったのですよと伝えたら、塵かと思ったと言うので、怒って飛び出してきたというわけです」


 情景がありありと思い浮ぶ。

 結婚当初のロクト様のご様子を聞いていたせいか、余計に。


「変わり者だと思っていたが、ヴィヴィアナ嬢は苦労するな。俺だったら絶対にそんなことはしないが。アミティがつくってくれたものは、全て宝物だ」


「ありがとうございます、シュラウド様。あの……ヴィヴィアナ様、ロクト様はきっと今頃とても、心配されているのではないかと思います」


 私にはどうしてせっかく作ったぬいぐるみを塵と言ったのかは分からないけれど、ロクト様がヴィヴィアナ様を大切に思っているのは確かだ。

 だからきっと今頃、反省しているのではないだろうか。


「私のお洋服も、お部屋の内装も、何もかもをロクト様が決めているのです。ロクト様は大変ご趣味がいいので、文句はないのですけれど……でも、ご趣味にあわないからって塵扱いするのはやっぱり許せないのです。たまには私も怒るのだというところをみせないといけないと、思いまして!」


 高らかにそう言ったあと、ヴィヴィアナ様は「あぁでも、私、結構怒っていました。ロクト様が我儘なときには、怒っているのです、頻繁に」と困ったように笑った。



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