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ヴィヴィアナ、怒る



 貧相だと言われても、ほとんど会話がなくても、挨拶をするだけで邪険に扱われても。

 そこまで辛いとも苦しいとも思わなかった。


 けれど、実家の気配が残ったものが――ずっと一緒にいたハリネズミさんがいなくなってしまって、唐突に寂しさが胸にこみあげてくる。


 私はもう十八歳。寂しいなんて子供の感情だ。

 私は家のために嫁いだ。だから、頑張らなきゃいけない。


 まだたった三日目。

 音をあげるには早すぎる。


 それに、ロクト様には優しく――は、していただいていないけれど、不自由はしていないもの。

 豪華なお部屋、豪華なドレス、豪華な食事。


 このお屋敷は綺麗なもので溢れている。

 ロクト様も綺麗。私のものを勝手に捨てるけれど、綺麗。


「うー……」


 ベッドにどさっと豪華なドレスのままで倒れ込んで、私は唸り声をあげた。

 じわじわと、寂しさで涙がにじんできたけれど、涙をこぼしてしまわないように頑張った。


 貧乏だったけれど、家族のいる子爵家に帰りたい。

 

 帰りたい。帰りたい。帰り――。


「情けない。何、泣いているの。私はこれからもずっと、ロクト様の妻でいるのよ」


 自分を鼓舞するように呟くと、寂しさと悲しさの代わりに怒りがあふれた。

 確かにロクト様は我が家にお金をくれた。

 この結婚は、契約なのかもしれない。

 それでも――じゃあ、たとえば私がおばあちゃんになるまで、この家の中でこそこそ生きていくのは嫌だ。

 

 私を愛して欲しいなんて大それたことは思わないけれど、せめて夫婦なのだから――仲良くしたい。

 仲良くしたいし、もう少し思いやりを持って欲しい。


 ともかく、あのハリネズミさんは私の大切なものだったのだ。


 勝手に捨てるなんて、ひどすぎる。


「ロクト様!」


「騒がしいな。何のようだ」


 私は優雅に二階のベランダでアフタヌーンティーを楽しんでいるロクト様の元へと駆け込んだ。

 侍女の方々がはらはらと私を見守り、使用人の方々がぎょっとした顔をしている。


「私のハリネズミさん、あれは大切なものだったのです。捨てるなんて、ひどい!」


「あのゴミがか? あんなものに執着せずとも、お前には何でも買ってやる。宝石やドレス、欲しいものがあればなんでも言え。私が選んで、お前の元へと届けさせる」


「うぅ……っ」


 ロクト様はきらきらしていて、顔がいいからもういいかなって一瞬思いそうになってしまった。

 違うわよ。これじゃあ宝石にほだされた女、みたいになってしまう。

 あの子はお金では代えられないものだったのだ。


 お母様が、ろくに遊び道具も買えない私たち姉妹に作ってくれた、ぬいぐるみだったのだから。


「人のものを勝手に捨てるのはいけないことなんです!」


「理解できんな。ここは私の城だ。私の城に、私の美意識に反するものを持ち込んだお前が悪い」


「……もうご挨拶もしてあげませんし、話しかけてさしあげませんから! 初夜だって……よく考えたらひどかったのではないかと思います。私は、恋もしたことがなかったのに……あんな、物を扱うみたいに……私は確かに貧相かもしれませんし、家はとっても貧乏でしたけれど、泣いたり怒ったりする人間なのですよ!」


 なんて不理解なのかしら……!

 もう少し歩み寄ってくれてもいいはずだ。

 せめて、一言「悪かった」と言ってくれたら、怒らないですんだのに。


「私は夫としての責務は果たしている。あんなゴミを捨てたぐらいで、騒ぐな」


 私はロクト様の元から肩を怒らせながら去って、そのままの勢いで侍女に尋ねる。


「どこに捨てたか知っているかたはいますか?」


「は、はい。ロクト様は街にゴミがあることを許しませんから、ゴミは全てヴィスパルの裏門の先にある焼却施設へと持って行かれます。焼却待ちのゴミが沢山ありますから、まだ焼かれていないのではと思います」


「わかりました、教えてくださってありがとうございます」


「ヴィヴィアナ様、行こうなどと考えてはいけませんよ。危険です」


「はい。肝に銘じておきます」


 私は大人しく部屋に戻った――ふりをした。

 部屋の窓を開くと、その先にはバルコニーがある。

 バルコニーの前には背の高い木があって、その枝につかまってするすると一階まで降りると屋敷を抜け出した。

 貧乏人を甘く見てはいけないのだ。食べ物を得るためなら高い木にのぼるのだ、私たちは。


 ねっとりとした甘いアケビ。

 ぷちぷちとした桑の実。

 いがいがの痛い栗の実。

 渋いものと甘いものがある柿の実。


 そういったものを探してはとってきて皆で食べた。贅沢ばかりしているロクト様はきっと木に登ったこともないわよね。私のほうが強い。


「待っていてね、ハリネズミさん」


 まだ燃やされていないのだとしたら、あの子は捨てられたのではなくて家出しただけ。

 今、連れ戻してあげる。

 私は誰にも見つからないようにこっそりと、ヴィスパルの裏門に向かった。


 光の都ヴィスパルは、ロクト様のお屋敷に行くときに一度通ったきりだ。

 土地勘のない私は、道行く人々に道を尋ねながら、裏門へと歩いて行く。


 高級なドレスを着た私だけれど、ヴィスパルにはオシャレな服を着て歩いている方々が多くいたので、あまり目立つようなこともなかった。


 どこもかしこも、ロクト様のように美しい街だ。

 生前と並ぶ建物、つるつるの石畳。

 美しい服を着て楽しそうに歩く人々。


 その中で私は、一人ぼっちな気がして、心が沈んだ。

 でも、勝手にお屋敷から出てきたのは私だし、ロクト様にも怒ってしまった。


 怒ってしまったことは――後悔しているわけじゃないけれど。

 私はロクト様のことを、私のことを分かってくれない思いやりのない酷い人だと思った。

 けれど、それって私も、同じではないかしら。


 歩いているとだんだん冷静になってくる。

 私の態度もよくなかったのではないかな、とか。

 怒る前にもっと冷静に、話し合いをするべきだったのではないかな、とか。


 そんなことを考えながら歩いていると、ヴィスパルの裏門へと辿り着いた。



 


 

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