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欲しいと、乞う



 泣きじゃくる私を、シュラウド様は辛抱強く抱きしめてくださる。

 シュラウド様に抱きしめていただくと、私はとても、小さくなってしまったような気がした。

 人の温もりというのは、抱きしめられるというのは──こんなに、安心する。

 けれど、同時に、こわい。


「ごめんなさい、わたし、にげた、のに、助けていただいて……迷惑を、かけてしまって……」


「大丈夫だ、アミティ、間に合って、よかった。君が無事で……」


「シュラウド様、ごめんなさい….…」


「アミティ……謝る必要はない」


 シュラウド様は私から体を離すと、私の顔を真剣な表情で見つめた。

 ぼろぼろ溢れる涙を、皮の厚い無骨な指先が拭う。


「すまなかった。俺のことを君は恐れているのだろうと考えた。だから、関わらないつもりでいた。君の身辺を調べ、問題がないと判じるまでは、ハイルロジアの家に置こうと。……だが、俺は間違っていた」


「ごめんなさい……どうして、いいのか、わからなくて……」


「アミティ、俺が間違っていた。謝るのは、俺の方だ」


「そんなことは、ないです、悪いのは私だから……」


「……君を追い詰めてしまったのは、俺だ。アミティ、数時間前、君と会ったときに、……きちんと、君と話をするべきだった」


 私は首を振った。

 シュラウド様が謝ることなんて、何もないのに。

 全ては、私が──。

 私が、悪い。

 私は生きているだけで、──みんなに、迷惑をかけてしまうから。


「私、ここから、……もう、行かないと。……これ以上、迷惑をかけられません」


「アミティ。俺の元から逃げたいと思うのは君の自由だ。しかし、君を助けたいと思うのも、俺の自由。君がどこか遠くに行くというのなら、俺は君と共に行こう。君が死のうとすれば俺はそれを止める。そして、君を脅かす全てのものから、俺は君を守るだろう」


「どうして……どうして、です、シュラウド様……私に、そんな、価値なんて、ないのに」


 私は両手で顔をおさえた。

 止めようと思うのに、嗚咽が漏れてしまう。

 泣きたくなっても、泣くと、うるさいと叱責されるから、声を出さないようにしていたのに。

 そのうち、涙を流すこともなくなって。

 全て、無意味だと、ぬるい諦観の中で、ただ密やかに息をするような生活を続けていると、思っていた。


「俺は、君を娶った。妻として迎え入れると約束をした。アミティ。形ばかりの契約だと言ったのは、君の自由を、保障したかったからだ。俺のような男ではなく、血の匂いのしない優しい男の元へと君は行くべきだと考えた。……だが、違った」


「私、私は、不吉、です……私を側に置くと、みんな、不幸になってしまう……私は、蛇なのです。不幸を呼ぶ、白い蛇……」


「そうして君の周囲の者は、君を貶めたのだな。アミティ。俺には君が、美しいアウルムフェアリーに見える」


「アウルム、フェアリー……?」


「金色の妖精のこと。雪原に輝く、幸運を運ぶ妖精だ。白い肌や、白い髪は雪のようだ。それに、金の瞳は、妖精のように輝いている。君は美しく、愛らしい。……アミティ。俺は、君を手放さない。俺の妻になってくれ」


 シュラウド様は私の頬を、無骨な手で包み込んだ。

 それから目尻や額に、唇を落とす。

 触れる唇の柔らかさに、口付けられているという事実に、体がびくびくと震えた。

 人の体温が、こんなに、近い。

 触れられた場所が、痺れるように、あつい。


「どうして……私は、迷惑しか、かけていないのに……」


「俺が嫌いか?」


「シュラウド様は、立派な方です……それに、優しい、方です……」


「国の貴族は、俺の顔を見ると夜中に幽鬼にでも遭遇したように、青ざめ怯える。貴族令嬢ならば、なおのこと。俺の妻にと望めば、舌を噛んで死んだ方がまだ良いと言うだろう。だが、アミティ。君は、そうではない。俺に迷惑をかけたくないと、逃げたのだろう?」


「……っ」


 私は頷いた。

 シュラウド様は立場のある立派な方で、私が、側にいて良いような方ではない。


「私は、役立たずで、無価値で、いらない、人間です……言葉を、話すだけで、人を不快に、させてしまう……」


「それなら俺が貰っても良いだろう? 俺は君が欲しい」


 シュラウド様はそう言って、強引に私を腕の中に閉じ込める。

 押し付けられた胸から、ドクンドクンと、心音が伝わってくる。

 体が軋むほどに抱き締められて、苦しさも、罪悪感も、何もわからなくなってしまうほどに、頭が茹だるように、くらくらした。

 森のざわめきも、獣の声も、全ての音が遠くなっていくみたいだ。


「アミティ。君が欲しい。他の誰かにとって、君自身にとっても君が無価値だとして、俺は君に価値を見出している。君が欲しい、アミティ。俺のものになれ」


「……シュラウド、さま」


「ここは寒いだろう。それに、君は思ったよりも健脚なのだな。ずいぶん森の奥まで来たようだ。このまま城に戻る気にもならない。……近くに、駐屯用の小砦がある。今は誰もいないから、案ずることはない。二人きりは、不安か?」


 私は首を振った。

 胸がいっぱいで、言葉を口にすることができない。

 抱きしめられた体が熱くて、苦しくて、切ない。

 シュラウド様に、欲しいと、言っていただけたのが。

 ──嬉しい。

 シュラウド様は私を抱き上げると、しっかりとした足取りで、どこかに歩き出した。



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