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ロクト・ライドゥンは顔がいい



 貧相な女――面と向かって言われたのははじめてだわ。


 結婚相手を探すために出向いたパーティーなどで、貴族女性たちに陰口を言われることはよくあったけれど。


 影でこそこそ「貧乏な子爵家の娘だわ」「あぁ、嫌だ。何あの、古いドレスは」なんて言われたことはあるけれど、それはあくまでも陰口だ。


 私に面と向かって悪口を告げに来る人なんていなかった。

 ドレスが古いのなんてその通りなので、反論することもとくになかったのだけれど。


 それに大抵の貴族の方々は私よりも身分がずっと高い。

 言い返すことなんてまずできない。だから気にしないようにしていた。


 陰口とは、私に聞こえるか聞こえないかぐらいの距離で言うものなのよね。

 それなのに、ライドゥン侯爵は私の顔を見てはっきりと「貧相」と言った。


「はじめまして、私は」


「お前の名前はヴィヴィアナ。私の妻だ」


「は、はい。はじめまして、ライドゥン侯爵。この度は私を娶っていただいてありがとうございます。お金も、ありがとうございました。お陰で、我が家の借財の支払いが終わりました。家族も喜んでいます」


「そんなことは知らん。どうでもいい。私がお前を娶ったのは、両親がうるさいからだ。適当な女と結婚をして、適当に傍においておけばうるさく言われずにすむ」


「はい。適当な女です」


 適当な女――として、私が相応しいかどうかはよくわからない。

 けれど、ライドゥン侯爵が適当な女として私を選んでくれたのだから、私は適当な女なのだろう。


「お前の役割は、妻としてこの屋敷に存在すること。私の子をうむこと。それだけだ。あとは好きにしていい。私の邪魔をしなければ」


「分かりました、ライドゥン侯爵」


「お前は私の妻だ。私のことはロクトと呼べ、女」


「ヴィヴィアナです、ロクト様」


「それから、その服は脱げ、女。美的感覚を疑いたくなるドレスだ、目が腐る。私の妻なのだから、それ相応の姿でいろ」


「ヴィヴィアナです、ロクト様!」


 私は私よりもずっと高い位置にあるロクト様の顔を見上げた。

 顔というよりも、ご尊顔。

 顔がよくていらっしゃるわね。本当に、どうしてこんなに顔がいいのかしら。

 

 見るからに高級ですと言わんばかりの服を着こなしているし、耳や首や指にはそれはもう高価そうなアクセサリーをつけているのに、嫌味にならないぐらいに顔がいい。

 顔がいい男性は何を着ても許されてしまうのね、すごい。


 それはともかく、私は女ではない。ヴィヴィアナという名前がある。


「お前の着るものや身につけるものは全てこちらで用意する。持ってきたものは全て捨てろ」


「え……っ、そんな、もったいない……」


「勿体ないなどというのは、貧乏人の発想だ。要らないものは捨てる。必要なら買う。簡単な話だ」


「ロクト様は、お顔立ちは綺麗なのに……少し横暴です」


 私は頬を膨らませた。

 私の荷物は、お母様が私のために用意してくれたものだ。

 全て捨てるなんて、とてもできない。


「……女。お前は貧相だが、多少は頭がいいな。私は美しいのだ。美醜の判別はつくのだな」


 なんだか知らないけれど、褒められたらしい。

 野良犬を褒めるような褒め方だ。ロクト様に比べたら、私は野良犬のようなものなのは確かなので別にいいのだけれど。

 ロクト様はさっさとその場からいなくなり、私は寡黙な侍女の方々によって隅々まで洗ったり、痛んだ毛先を切られて髪を整えられたり、見るからに高級そうなドレスに着替えさせられたりしたのだった。


 豪華な食事と、豪華なお部屋。私の荷物は、私が死守した実家から連れてきたぬいぐるみのハリネズミさんだけ。

 

 これは、妹たちの分と私の分。お揃いで三つ、お母様が作ってくれた。

 私は料理が得意だけれど、縫い物は下手だった。

 だから、私が作るとぬいぐるみもあまり可愛くならない。


 小さくなった子供の服を縫い合わせて、中には綿をいれてくれた。つぶらな瞳が可愛い。

 私が子供の時から一緒にいる子で、この子だけは捨てられたくなかった。


「なんだか疲れたわ。でも、ロクト様は想ったよりも怖くないのね、よかった」


 思ったことをなんでも口に出す方なのだと、なんとなくわかる。

 私にとっては、陰口ばかりの社交界や貴族女性たちのほうがずっと怖い。


 ロクト様は、正直なのだと思う。あの裏表のなさが、かえって安心できる。


「とりあえず……出て行けと言われるまでは、頑張りましょう」


 高級過ぎて身の置き場のない大きなベッドに小さく丸まって眠った。

 翌日は、結婚式だった。

 光の都ヴィスパルにある大変立派で美しい礼拝堂で、私とロクト様は式をあげた。

 こういった催しは嫌な方なのかと思ったのだけれど、ロクト様は案外嫌そうな顔をしていなかった。


 光の差し込むステンドグラス。この国の神様である、神獣様を模した美しい女性の石像。参列するのは、ロクト様のご両親と街の有力者の方々と、他にも街の方々がたくさん、外まであふれるぐらいに並んでいる。


 私の家族は参列できなかった。ヴィスパルまで来るお金がなかったのだ。

 借財を返して、私の結婚の支度をしたら、ロクト様からいただいた支度金は使い果たしてしまった。


 これからは家督を継いだお兄様が、こつこつと稼いでいくのだと言っていた。

 お兄様はどうやらお城の騎士になるらしい。


 ロクト様はヴィスパルの人々に大人気だった。皆から名前を呼ばれて、結婚を祝福された。

 ロクト様は満更でもなさそうだったけれど、ロクト様のご両親は私に「ロクトを頼む」「変わっているけれど、我慢してあげてね、ヴィヴィアナさん」としきりに言っていた。


「ロクト様は結婚式などはお嫌いなのかと思っていました。無駄だ、とか言いそうですもの」


「どうせ、人嫌いなどという噂を信じ込んでいるのだろう、お前も。私は人が嫌いではない。私が美しいものが好きだ。私の美しさは、私一人で完結するものではない。皆が賞賛してこそ、美しさはより輝くというものだ」


「美しいっていうのは、ロクト様のことですよね」


「着飾ったお前は、多少は貧相ではなくなった」


「お前ではなく、ヴィヴィアナです」


「ヴィヴィアナ」


「は、はい」


 私はその日、初夜をすませた。

 いついかなる時でもロクト様は美しいのだなぁと、ベッドで寝転がってぼんやりしながら、考えていた。



本日Niμノベルス様より、書籍化されて発売となりました!

よろしくお願いしいますー!

シュラウド様とアミティちゃんのいちゃいちゃが増量していますので、是非!

シュラウド様視点も増えているので、読んでいただけると嬉しいです。

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