ロクトとヴィヴィアナ
◇
幼い頃はたくさんいたはずの使用人が一人、また一人と減り始めて、食事のメニューが一品ずつ減っていく。
妹たちは私のお古の服を着るようになって、お兄様のズボンの破れた膝には当て布がされるようになった。
イノリス子爵家にはお金がないのかもしれないと気づいたのは、私が十歳を過ぎた頃のことだった。
お母様は優しい人で、お父様は人がよくて騙されやすい。
お兄様がため息混じりに「また悪徳商人に騙されたのだ」と言っていた。
「悪徳商人とは何ですか、お兄様」
「それは、人をだます嘘つきのこと。新しい事業を始めるから投資してくれれば、お金が倍になって返ってくるとか言うのだよ」
「倍になって返ってこないのですか?」
「そんなうまい話はないさ。金だけ持って逃げてしまうんだ。そんな事業なんて架空のもの。はなから、人を騙して金を奪うことしか考えていない悪い連中だよ」
「まぁ、酷い!」
私は怒ったけれど、怒ったからといってお金が戻ってくることもなくて。
私が年頃になるまでにはお父様は何回も騙されて、我が家には使用人は一人もいなくて、食べるものにも困って、森や野原で食べられるものを採集して過ごすような有様だった。
私は特に、辛いとも苦しいとも思っていなかった。
家族は皆、丈夫で健康。穏やかで心優しく、仲が良かった。
借金が沢山あることだけには困っていたし、イノリス子爵家が貧乏だということは社交界に知れ渡っていたので、お兄様はよく侮られていたようだけれど、あまり気にした様子もなかった。
子爵家を継ぐのはお兄様で、私はいつまでも家にいるわけにもいかない。
年頃になれば、誰かに嫁ぐべきだろう。
けれど、私の家が困窮しているのを知っているせいか、婚活のために貴族のパーティーなどに参加してみても、私は誰にも相手にされなかった。
お友達もいないし、結婚の申し込みもない。
お金がないから結婚相手が見つからないのか、それとも私の容姿が凡庸だから誰にも相手をされないのか。
どちらなのだろう。両方かもしれないわね。
なんて、悩んでいた頃。
お父様がまたもや、あやしげな話を持ち込んできたのだ。
「ヴィヴィアナ。頼みがあるんだ」
「頼みって何ですか、お父様」
「ロクト・ライドゥン侯爵を知っているだろうか。ライドゥン侯爵領といえば、光の都ヴィスパルで有名で、そのヴィスパルを美しい街に変えたとても有能な方だ」
「知っています。とても有名な方ですもの。人嫌いで、あまり人前には顔を出さないのだとか」
「あぁ。そのライドゥン侯爵が、結婚相手を探しているそうだ。ともかく結婚をしてくれるのなら誰でもいいと言っているらしい」
「あら……でも、とても有名な方ですから、結婚したい女性は沢山いるのではないでしょうか」
それが、そうでもないのだと、お父様は首を振った。
「変わり者で、人嫌いで、他者に対してとても厳しい方なのだという。皆、怖がってしまって、自分の娘を嫁がせようとしないらしい」
「そうなのですか?」
「ヴィヴィアナ、家のために嫁いでくれないだろうか」
「いいですよ」
特に悩む必要もないので、私は了承をした。
結婚相手が見つからないと悩んでいたので、誰でもいいと言っているのならそれは私にとってはありがたいことだ。
それに、ライドゥン侯爵はとてもお金持ちだと聞いたことがある。
案の定、お父様は結婚相手には相応の支度金を渡すとライドゥン侯爵はおっしゃっているのだと言った。
それから、私とライドゥン侯爵の結婚が決まるのはあっという間だった。
手紙を出したらすぐに『ヴィヴィアナを妻として娶る』という内容のお返事が来た。
それから数週間後、一度もお会いすることもなく、ライドゥン侯爵家からの迎えの馬車が我が家にやってきた。
先に送られてきた目玉が飛び出るぐらいの多額の支度金で、すっかり我が家の借金の支払いがすんでしまった。
残ったお金で、私の新しいドレスなどの準備を、お母様がしてくださった。
つぎはぎだらけの古い服では流石にライドゥン侯爵様に失礼だもの。
私は今までにないぐらいに綺麗にしてもらって、ライドゥン侯爵とは一体どんなかたなのだろうと思いながら、お迎えの馬車に乗った。
光の都ヴィスパルを通り過ぎて、その奥にあるライドゥン侯爵邸に辿り着くと、私はお屋敷の華美なぐらいの華やかさに圧倒された。
どこを切り取っても、埃一つなくてキラキラと輝いていて眩しいぐらいだ。
ツルツルの床と、複雑な模様の壁紙。
絵画や彫刻、クリスタルでできた、翼のある馬などの置物。
ランプ一つ一つも、沢山のクリスタルが吊り下がっていて、お掃除が大変そう。
普通の貴族の家は皆こんな感じなのか、それともライドゥン邸だけ特別なのか。
よくわからないけれど、まるで夢の中に迷い込んでしまったみたいだった。
そんな夢の中のようなお屋敷の、赤い絨毯の敷かれた階段から、赤い絨毯がやたらと似合う男性が降りてくる。
美しい金色の髪に宵闇を閉じ込めたような紫紺の瞳の、見たこともないような美貌の男性だ。
貴族の男性たちは美しい方が多いけれど、その方は群を抜いて美しい。
まるで、絵画の中から出てきた物語の貴公子のような姿をしている。
「……きたか、女。想像以上に貧相だな」
その男性は、私の前に立つと、開口一番そう言った。
ここからしばらく、ヴィヴィちゃんの話になります。




