めずらしいお客様
栗のいがを、ブーツの底を使って上手に外していく。
つるりとした栗が顔を出すのを、手袋をした手で拾ってカゴに入れる。
「ふ、ふふ……あはは……」
「シュラウド様、どうしました……?」
ぽこぽこ顔を出す栗を拾ってカゴに入れていると、突然シュラウド様が笑い出した。
「いや。大したことではないんだ。君はとても可憐なのに、木の実を拾うのが得意なリスのように素早いなと思ってな」
「な、何かおかしかったでしょうか……?」
「褒めている。風の中に消えてしまいそうな俺の儚い妖精は、俺が考えている以上に強くしなやかで、逞しい」
無心で作業をするのは、得意だし好きなのだと私は最近気づいた。
だからだろう、栗拾いもつい夢中で行っていて、気づけばカゴの中にはこんもり栗が集まっていた。
もちろんシュラウド様も手伝ってくれた。オルテアさんとコルトは行儀よく、イガイガが刺さらない場所で待っていてくれた。
「褒めてくださって、ありがとうございます。こういう作業は、得意みたいです。……公爵家では……あっ、あまり、公爵家でのことを話すのは、よくないでしょうか」
「かまわない。君がそれを何気ない会話の中で口にできるというのは、君の中で忌々しい出来事が過去になりつつあるのだろう。俺は、君の話ならなんでも聞きたい」
「……時々、思い出します。公爵家では、私は役立たずでした。失敗も、多くて。それは多分、ずっと緊張していたからなんだと、分かった気がします」
「緊張と、不安と、恐れと。そんなものに支配されていたら、手足も自由に動かないものだ」
「はい……だから、今はとても、体が軽くて。私が失敗しても、ハイルロジアの方たちは怒らないと分かっているからですね。だから、栗拾いも得意になったのです、きっと」
「ハイルロジアのものたちは、君が失敗したとしても、可愛いとしか思わないだろうな。もちろん、俺も」
「ふふ……じゃあ、もしモンブランを失敗しても、可愛いと思ってくださいますか?」
「それはもちろん。可愛いと思うし、たとえばモンブランが甘いのではなく辛くても、君の作ったものなら俺は喜んで食べる」
「そういう時は、ちゃんと辛いっておっしゃってくださいね」
カゴの中が栗でいっぱいになって、私たちは帰路についた。
オルテアさんがシュラウド様の持つカゴを覗き込んで『栗のタルトの栗は、このような形をしていない気がする』と不思議そうにしている。
コルトアトルは栗の上に乗って、シュラウド様の持つカゴに揺られていた。
まるで揺籠みたいで気持ちいいのかもしれない。栗のベッドは、ゴツゴツしていて痛そうだけれど。
もうすぐ裏庭にたどり着くという頃、私たちの元へと、誰かが走ってきた。
愛らしいドレスが揺れている。あまり、走るような服装ではない。
ふわふわの髪や、髪につけたリボンも揺れている。
小柄な体に、大きな瞳。どことなく小動物を彷彿とさせる姿のその女性は──。
「アミティ様! ハイルロジア様!」
ヴィヴィアナ・ライドゥン。
ロクト・ライドゥン侯爵の奥方様で、私の友人だ。
でも、どうしてこんなところに。
遊びに来るというお手紙ももらっていないし、たまたま用事があって寄ってくれた可能性もあるけれど、それにしてもライドゥン侯爵領とハイルロジア領は馬車で数日かかるぐらいには離れている。
「ヴィヴィアナ様!」
私も思わず、ヴィヴィアナ様に駆け寄った。
手を取り合う私たちを、そんなに急いでいる様子には見えないのに、シュラウド様がすぐに追いついて、不思議そうに片目だけの瞳を瞬かせる。
「ヴィヴィアナ嬢、どうしてまたハイルロジアに? ロクトの気まぐれで旅行にでも来たのか。ロクトは、ハイルロジアなど森ばかりの田舎だ、などど言っているから、旅行に来るとは思えないが」
「ハイルロジア様、突然の来訪、申し訳ありません……! それに、ロクト様が大変失礼を……」
「いや、かまわない。ロクトはいつものことだし、君はアミティの友人だ。いつ来てもいい。もちろん歓迎しよう」
「ハイルロジア様は本当に優しくていい方です。ロクト様とは大違い!」
「ヴィヴィアナ様、ロクト様はどうされたのです?」
ロクト様とは、少し変わったところのある方だ。
他の方がハイルロジアのことをそんなふうに悪く言ったら、眉をひそめてしまいそうになるけれど。
ロクト様の場合は、ロクト様なら言いそう──という、それだけだ。
正直な方なのだろう。あまり、嫌な感じもしない。
美醜に厳しい方なのだ。一言でどんな方なのかを表現するのは、とても難しいのだけれど。
そんなロクト様は、ヴィヴィアナ様をとても大切にしている。
ヴィヴィアナ様以外にの人間にはあまり興味がなさそうなぐらいに。
だから、ヴィヴィアナ様お一人で、ハイルロジアに来るとは思えない。
ヴィヴィアナ様は、そっと私と握り合っていた手を離した。
それから、スカートを摘んでペコリとお辞儀をした。
「アミティ様、ハイルロジア様、ご無礼を承知でお願いがあるのです」
「なんだろう。何か、問題が起こったか?」
「ヴィヴィアナ様、深刻なご相談でしょうか。大丈夫です、なんでも話してください」
いつも明るいヴィヴィアナ様のただならない雰囲気に、私は胸の前で手を握り締めた。
ロクト様の治める街、ヴィスパルで何か問題が起こったのだろうか。
だから、ヴィヴィアナ様はお一人で、助けを求めにここまで……?
「私、家出をしてきたのです!」
「家出……」
「家出ですか……?」
まさかそんなことを言われるとは思わず、私とシュラウド様は思わず顔を見合わせた。




