スレイ族との関係
ハイルロジアの屋敷は、お城に近い形をしている。
石造りの大きなお城は炎で燃えないように。
投石からも守ことができるように。
お城の周囲は高い城壁が張り巡らされていて、国境に続く森の入り口に建てられている。
街へと戦禍が広がらないように、森の中に点在する小さな砦の最後の要塞として。
「お城の敷地内にも、畑や森があるのですね」
「あぁ、そうだな。ある程度の食料はこの敷地内で確保できるようになっている。戦乱に備えてのことだな。森の一部を囲むように、城壁が作られている。行き止まりまで行くと、かなり歩くことになる」
裏庭から森の奥には、草の刈られた整備された道が続いている。
馬が通ることができるぐらいに広い道だ。
これも、ハイルロジアの使用人の方々が日々手入れをしてくれている。
「行き止まりには裏門があって、その手前にも見張り塔と兵の駐屯所がある。有事の際は監視のためにそちらにも兵を置くことになっているが、今は交代で見張りが寝泊まりしているぐらいだ」
「塔……確かに、お城からも見ることができます」
「あぁ。見張り塔だからな、かなり高い。登ると、スレイ族との国境までを見渡せる。国境の境に森があるために大群での進軍は難しく、森に守られてはいるが、同時に森のせいで視界が悪く少数の兵が木々に紛れて近づいてくることには気づきにくい」
「だから、見張り塔があるのですね」
「あぁ。先の戦いで、あちらの国王は倒れたが……だからといってあちらの国にいる人々や、王族たちが全て消えたわけではないからな。今のところ、静かにはしているが……」
「もう、何も起こらないといいです。シュラウド様の身や、ハイルロジアの人々に危険なことが起こるのは、嫌です」
「そうだな。それが一番だ。だが、俺は強いから大丈夫だ、アミティ。この土地に住む人々や君を守るのが俺の役割だからな」
お父様とスレイ族の王が討たれて、ひとまずの騒乱はおさまった。
森は静かで、空は美しくて風はこんなに心地よいのに。
けれど火種はまだ残っているのだ。
私の日々はこんなに穏やかなのに、不思議なことだと思う。
スレイ族の方々が神と崇めるコルトアトルは私のそばにいる。
ルーウェルの手記では、スレイ族と私たちはもともと一つの国に住む一つの人々だったのだという。
それが二つに分かれて、二つの人々になってしまった。
スレイ族の方々は神を取り戻そうとしていて、けれどコルトアトルは王国の人々にとっても神様だ。
私も、戦をしない代わりによこせと言われても、コルトアトルを渡すのは難しいように思う。
「……争いがないのが一番なのに、それを避けるためのいい方法が、思いつかないのです」
「君は優しいな、アミティ。辺境の者たちも争いは望んでいないが、あちらが攻めてくるのならば、武器を持ち戦う。俺も、同じ気持ちだった。そこには、今まで積み上げてきた、大切なものを奪われ、土地を汚され、暴力に晒されたという、怒りや憎しみがある」
「そうなのですね。ええ、きっと、そうなのでしょう。私は、……長くハイルロジアで暮らしているわけではありませんから、何も言えません」
シュラウド様は私の手を引き寄せて、片手で私を抱きしめてくださった。
このさき何が起こるかなんて少しもわからない。
けれど、この腕の中はこんなにもあたたかくて、安心できる。
「君が俺の前にあらわれてから、俺は少し変わったよ、アミティ」
「変わりましたか……?」
「あぁ。戦いだけが全てだと思っていた。暴力には暴力で争うことしか方法はないのだと。けれど、君の慈悲深さを俺は知った。誰も恨まず、憎まず……君に酷いことをしてきたシェイリスを許した」
「それは……シェイリスも、お母様も、仕方なかったのです。皆、お父様が怖かったのだと思います」
「そうして、人を許せる君が、俺の目には尊く映る。結局、今まで俺たちがしてきたことは、暴力に暴力で報復を与えるという繰り返しに過ぎない。……どうにか、変えることができないかと考えている」
「……でも、どうやって」
「それが、とても難しい。俺は頭の回転も早い方なのだが、どうにもな」
シュラウド様は冗談めかしてそう言った。
私はシュラウド様の腕の中で、くすくす笑った。
シュラウド様はいつだって自信に満ちていて。
でもその自信に満ちた言葉は、私を勇気づけたり、元気づけたりするためのものだと、今の私は知っている。
シュラウド様は私を優しいというけれど、本当に優しいのはシュラウド様のほうだ。
森の道をしばらく歩いていると、立派な栗の木が何本もはえている場所がある。
木にはいがぐりがたくさん成っていて、草むらや道にもいがぐりや、いがから外れた栗が落ちている。
「落ちている栗は、虫がいるかもしれないな。それに動物たちも食べるだろう。アミティ、せっかくとるなら落ちている栗よりも落とした栗のほうがいい」
シュラウド様は栗の木を見上げて言った。
そういえば、シュラウド様はナイフを一本持って森に入って一週間帰らなかったことがあるのだとか。
お話を聞いてみようと思っていたのに、まだ尋ねることができていない。
「アミティ、離れていろ。オルテア、アミティやコルトに栗が当たらないように守っておけ」
『我に命令するな、馬鹿者めが』
私はコルトアトルを連れて、そそくさとシュラウド様から離れた。
オルテアさんが文句を言いながら、私たちを庇うようにして前に出る。
オルテアさんの体が輝き、光の膜のようなものが私たちの体を包み込んだ。
『光の守護だ。聖獣なのでな、我は。すごいのだ』
「ありがとうございます、オルテアさん」
いがぐりから守ってもらうために、聖獣の力を使うのはどうなのかしらと、少し申し訳ない気持ちになる。
シュラウド様が栗の木を蹴ると、栗の木が倒れたんじゃないかというぐらいの音と共に、バタバタといがぐりの雨が降ってくる。
ぼとぼとと、どっさり木々に実っているいがぐりが、木の幹が蹴られた衝撃で落ちてきたのだ。
シュラウド様は「栗は痛いな、剣で切られるよりも痛い」と笑いながら、私たちの元へと素早く避難してきた。




