モンブランのための栗拾い
コルトアトルはすっかりお風呂が気に入ったみたいだった。
入浴の準備の時間になると、そわそわと落ち着かない様子で小さな首をゆらゆら揺らした。
そして「ぴいぴい」と鳴く。たぶん「お風呂、うれしい」と言っているのだと思う。
ジャニスさんたちにコルトアトルは大人気で、「神獣様に失礼ですよね」「あぁでも可愛い」と、毎日顔を見に来ては挨拶をしてくれる。
コルトアトルも小さな羽をぱたぱたさせて喜んでいた。
オルテアさん最初の頃こそ『コルトアトル様に不敬である』などと言っていたけれど、ハイルロジアの方々がコルトアトルを大切に思ってくれているのがわかると、何も言わなくなった。
「今日はどこに行くんだ、アミティ」
私は朝からジャニスさんに、動きやすいワンピースとあたたかいショールを着せて貰って、髪を耳の下あたりで二つに結って貰っていた。
コルトアトルを頭に乗せて、オルテアさんと一緒に屋敷の廊下を蔓で編んだ籠を持って歩いていると、シュラウド様がちょうどこちらに向かってやってきた。
私の結った髪をそっと手にして尋ねてくる。
「降ろした髪もよく似合うが、結っているのも愛らしいな、俺の妖精。そのような籠を持っていると、本当に森の妖精のようで、気づいたら俺の前から消えてしまっているのではないかと心配になる」
「ありがとうございます、シュラウド様。少し子供っぽいのではないかと、心配していたのですよ」
「そんなことはない。君はいつでも可憐で、美しいよ。それに、君が子供ではないことは、俺が一番よく知っている」
シュラウド様は私の頬をくすぐるように撫でる。
私は目を細めた。私の頭からするりと降りてきたコルトアトルが、シュラウド様の腕に絡みつく。
「ん? どうした」
「甘えているのだと思いますよ」
「神獣は愛し子にしか心を開かないのかと思っていた、そんなこともないのか」
『コルトアトル様も、馬鹿者が馬鹿者だと分かっているのだろう。つまりは下僕だな』
「今、オルテアに小馬鹿にされたような気がしたんだが」
「オルテアさんもシュラウド様が好きだと言っています」
『妙なことを言うな、アミティ。まぁ、嫌いではないがな』
私は口元をおさえて、くすくす笑った。
コルトアトルはそのままシュラウド様の腕をするするのぼると、シュラウド様の頭の上に乗った。
きょろきょろと周りを見渡すように、頭を揺らしている。
私よりもシュラウド様の方が背が高いから、景色が違うのかも知れない。
「シュラウド様、今日は栗を拾いに行くのです」
「栗を、わざわざ君が?」
「はい。もちろん、ジャニスさんたちは私はそんなことをしなくてもいいのだと言ったのですが、私が拾いたいのです。栗は、丸くてつるつるしていて、可愛いので好きです」
「栗が可愛い……アミティが言うのなら、可愛いのだろうな」
シュラウド様は顎に手を当てると、ふむふむと聞いてくれる。
「先日、図書室から持ち出してきた本に、ケーキの作り方が沢山載っていて」
「パイの全て、だったか」
「はい。全てのパイはもちろんのこと、他のケーキも色々。季節ごとに。それで、モンブランを作ってみたくなりました」
「モンブラン? タルトやパイとは違うのか」
「少し似ていますけれど、タルト生地の上に、甘煮にした栗を載せて、クリームで包んで、その上から栗のペーストを絞るのです。絞り袋に、小さな穴が沢山開いた絞り口をつけるのです。そうすると、まるで滝のようになります」
「なるほど。それは、甘そうだな」
「はい。滝は、動物の毛のようにも見えるでしょうから、チョコレートで目をつけると、オルテアさんのようになるんじゃないかなって思っていて。オルテアさんのモンブランに」
「先日の、雪だるまのスイートポテトも愛らしいと、侍女たちの間で評判だった。あれも君が考えたのだろう?」
「ええと……はい。恥ずかしいのですけれど……コルトはまだ小さいですから、可愛いものが好きかなと思いまして。お風呂も気に入ってくれたので、食事もしてくれると嬉しいなと思っています」
「そうだな。もう少し大きくなれば、食べることもあるだろうか」
コルトアトルは愛を糧に成長をしているのだろうと思う。
食事も一つの愛の形だから、食べてくれるといい。
私もシュラウド様に、救われた。甘い珈琲とクッキー。シナモンの入った、心を落ち着ける味。
森の中の砦で食べた味を、私はきっと、ずっと忘れない。
「栗拾いか。楽しそうだな、アミティ。俺も一緒に行こう」
「で、でも、お仕事……」
「仕事よりも君との栗拾いの方が大切だ。こう見えて俺は優秀で、俺の部下たちも優秀だ。俺が少しいなくなったぐらいで、仕事が滞るようなことはない。フレデリク様に手紙も送ったしな、俺でないとできない仕事はもう終わった」
「アルフレードさんが困ってしまうのでは……」
「あれは、いつも冷静だからな。困っているときの方が面白いんだ」
シュラウド様は私から籠を取り上げて、そのかわりに手を繋いだ。
それから、鼻歌でも歌いそうなぐらいに上機嫌に、裏庭から森へと向かっていく。
涼しい風が頬を撫でる。オルテアさんが『寒くなってきたな』と、ふるりと身震いをして、ふさふさの獣毛を揺らした。




