シェイリスへの手紙
私はルーウェルの書き残してくれた貴重な手紙のような手記を、部屋に持ち帰ることにした。
シュラウド様がフレデリク様にお手紙を書いてくださり、二人目の愛し子の残した手記が見つかったとお知らせしてくれるという。
私はいまもまだフレデリク様の元に身を寄せて、治療にあたっているシェイリスに手紙を書いた。
シェイリスの病名は『失語症』というのだと、お医者様から聞いていた。
とても辛いことがあると、言葉を話せなくなってしまうのだという。
それはそう。だって、シェイリスは――お父様に、ひどいことをされたのだ。
私が心配しているとオルテアさんは『愛し子を騙るからそのようなことになるのだ』と冷たく顔を背けて、シュラウド様は「きっと時間が解決してくれる」と優しく諭すようにおっしゃっていた。
オルテアさんにとっては聖獣たちを操り、シュラウド様や私に危害を加えようとしたお父様も、お父様に従うしかなかったシェイリスも同じ。
私が事情を説明しても『わからん。だが、あの女のことをお前が許していること、大切にしていることは理解できた』と言っていた。
私は――シェイリスと仲のよい姉妹ではなかった。
けれどシェイリスは私の妹。
私に助けてと手を伸ばしてきた、私に謝っていたシェイリスは、無力な小さな少女に見えた。
妹を助けることができるのは、嬉しいことだ。
できれば、今まで仲よくできなかった分、姉妹として支え合っていけたらと思う。
シェイリスには、具合はどうなのか、フレデリク様は優しくしてくれるのか、王都での生活はどうだろうかという質問や、ハイルロジアでの暮らしを書いて送った。
森の木々が美しいこと。以前よりも冷え込むようになってきたこと。栗がとれること。
リンゴもとれること。川に泳ぐ大きなマスが美味しいこと。
木彫りの羆が特産品なこと。シュラウド様の執務室においてあること。
それから、ジャニスさんがよく食べることも書いた。
ジャニスさんは先日、雪だるま型のスイートポテトを五十個食べるという、新記録を打ち立てた。
オルテアさんが『我もそれぐらいは余裕だ』と対抗していたことも、それからコルトも元気にしていることを書いた。
シュラウド様もお元気で、シェイリスがよければハイルロジアで暮らしてもいいとおっしゃってくれていることも。
オルステット公爵家の名は、まだ残っている。
お父様は償いきれない罪をおかして、シュラウド様により打ち倒された。
公爵家の者たちも同罪。だけれど、私が愛し子だったこと、皆を守ったことを理由に、公爵家がお取り潰しになるということはなかった。
お母様もシェイリスもお父様の支配下にあり――それは、叔父という野心家を公爵家に押しつけた王家にも罪があるとフレデリク様はおっしゃった。
だからこれからは、一緒に公爵家を支えていこうと――。
シュラウド様は「甘い気もするが。厳しいばかりが正しさではないからな。領民にとって大切なのは、誰にも侵略されず、過度な税もとられず、安心して暮らすことができることだけだ。だから、オルステット家がなくなればいいというものでもないだろう」とおっしゃった。
同じくフレデリク様の沙汰を聞いていたロクト様は「くだらん」と一言言っただけだった。
ヴィヴィアナ様が「ロクト様、失礼ですよ、国王陛下にむかって……!」と怒っていたのをよく覚えている。
いつかシェイリスの心の傷が癒えて、オルステット家に戻ることができるまで。
ハイルロジアで一緒に暮らすことができるといいなと思う。
暖炉の炎も、静かな森も、甘いパイもケーキも珈琲も、ここはとても優しい場所だ。
もちろん、優しいだけじゃない。
侵略の憂き目にあって、武器を取って戦わなくてはいけない国境にある。
厳しさも苦しさも、きっと――皆が知っている。
だから皆、優しく、明るく振る舞ってくれるのだろう。
開いたまま血を流し続ける傷を優しく撫でて癒すように。
ルーウェルが書き残したように、いつか長い争いが終わる日がくるといい。
ハイルロジアの地がいつまでも穏やかであることを、願わずにはいられない。
こんなに美しくて優しい場所が、戦乱の血で穢されるのは嫌だ。
大切な人たちが危険に晒されるのも、命を落とすのも――嫌。
「シュラウド様、今日はコルトのはじめての湯浴みの日なのですよ」
ルーウェルの手記を読んだ後、私はジャニスさんたちにコルトはお風呂に入れるのだと伝えていた。
ジャニスさんは「神獣様のためにとびきりのお風呂を用意しましょう、皆」と、侍女の方々と盛り上がっていた。
コルトは小さいので、たらいなどにお湯をはれば大丈夫だと言ったのだけれど、「神獣様をたらいに? それはできません。とんでもない。綺麗な浴槽を用意しますよ」と言われてしまった。
「ん――? あぁ、君の悩みが一つ解決したのだったな」
「はい。シュラウド様もご一緒にどうですか?」
「それは、一緒に入ろうという誘いか? 神獣の前で君を抱いたら、神獣が怒って大変なことに」
「わ、私、そういう意味で言ったのではなくて……」
シェイリス当ての私の手紙も受け取って、シュラウド様は綺麗に封筒の中に入れる。
金色の蜜蝋を垂らして、スタンプをあてて封をする。
蜜蝋の封には、ハイルロジアの紋章が浮かびあがった。
そのお手紙を、シュラウド様はアルフレードさんに渡した。
アルフレードさんは「シュラウド様、真っ昼間から惚気ないでください。独身の心が痛みます」と笑いながら言って、執務室を出ていった。
コルトアトルを抱いた私は、恥ずかしくて俯いた。




