終章:シュラウド・ハイルロジアは幸運の妖精に愛を乞う
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大仰な包帯が、脇腹から肩、それから腕や、腹や足に巻かれている。
俺はまだ良い方だ。
アルフレードなどは、腕が折れたり足が折れたりしていたらしく、包帯だらけの体をさらに添え木で固定されて、骨がつくまで動くなと医者から言われて、青ざめていた。
アルフレードのことを世話焼きのジャニスが嬉々として世話をしている。
アミティは二人の間にロマンスがうまれるのではないかと、胸をときめかせていたようだが、「ジャニスには夫がいて、大きな子供も四人いるぞ」と伝えたら、がっかりしていた。
アミティはジャニスを幾つだと思っていたのだろう。
ふくふくと丸いためか、年齢が不詳ではあるのだが。
建国の式典での騒動は、一先ずの決着を迎えた。
高みの見物をしていたロクトなどは、怪我一つなく、服を汚すこともなく、涼しげな顔で「終わったのなら、帰ろうか、ヴィヴィ」と言って、ヴィヴィアナ嬢に「少しは皆様の心配をしてください!」と叱られていた。
オルステット公は死に、スレイ族の王も死んだ。
公の兵や、スレイ族の兵の残党は捉えて、牢に入れられた。
アミティの背中に大きく神獣の愛し子の紋章が現れ、その両手の中に神獣コルトアトルが現れた時点で、皆、戦う気力を失っていた。
そのため、後処理はすぐに終わった。
シェイリスはフレデリクの元でしばらく療養をするようだ。心の傷が大きく、話をすることができなくなっていた。
ただアミティの顔を見ると、安心したように微笑んでいたので――そのうち、心の傷も癒えるだろう。
怪我人たちは城で治療を受けて、フレデリクにそのまま城に居ろと言われたのだが、どうにも落ち着かないので王都のハイルロジア邸に戻ってきたというわけである。
城にいると、アミティに会いたいというものがあとをたたない。
追い返すためにベッドから起き上がるとアミティに怒られる。
それなら誰にも邪魔をされずにゆっくり休むことができる、自分の屋敷に戻った方が良いのではという話になった。
動けないアルフレードが「おいていかないでくださいよ」と、珍しく泣き言を言うので、無事だったハイルロジアの兵士たちに頼んで、担ぎ上げて運ばせた。
いつも冷静なアルフレードが、兵士たちに担がれて街を移動する様は、中々面白かった。
面白がっていると、アミティに叱られた。
なんとなくだが。
ヴィヴィアナ嬢にロクトがよく叱られている気持ちが理解できる気がする。
なかなかどうして――悪くない。
「シュラウド様、お加減はどうですか? 今日は卵のいっぱいはいったお粥をつくりました。それから、蒸し鶏もありますよ。お医者様が、傷を治すには、卵や鳥が良いっておっしゃるので……」
ハイルロジア邸の自室で横になっていると、アミティが食事を乗せたカートを押して、中に入ってくる。
アミティの横には、オルテアが当然のように居座っている。
それから、アミティの肩には、当たり前のように神獣コルトアトルの――恐らくは、幼体だと思われる、蛇に似た生き物。
白い竜が、へばりついている。
「痛みはもうない。傷も、まぁ、塞がった。骨が折れたわけでもない。もう動いても良いだろう?」
「駄目です。酷い怪我だったのですよ? 動くと傷が開いてしまうって、お医者様がおっしゃっていました。二週間は、安静です」
「もう一週間たった」
「それではあと一週間ですね、シュラウド様」
アミティはカートをベッドの横に置くと、俺の寝ているベッドサイドに座った。
オルテアが部屋の中央に敷かれた絨毯の上に寝そべり、コルトアトルがアミティの膝の上に当然みたいな顔をして乗っている。
動物が多い。
オルテアは普段姿を消していたくせに、このところずっと姿を現している。
アミティの守護聖獣のような顔をして、その傍を離れない。
腹立たしい。
「アミティ、限界だ。退屈で死ぬかもしれない。このぐらいの怪我など、あってないようなものだ」
「そうやって、ご自分を大切になさらないから、シュラウド様の体にはたくさんの傷跡が残っているのです。駄目ですよ、シュラウド様。きちんと傷が治るまで、休まなくてはいけません」
「……君を抱けないのが辛い」
「それは、……私だって、シュラウド様に甘えたい、ですけれど」
「抱きたい、アミティ」
「駄目です」
聞き分けのない子供に言うように、アミティは俺を咎めて、俺の頬に優しく触れる。
小さい手と、細い指。
あたたかい手の平に、頬を擦り付ける。抱きたい。
「……駄目か、アミティ」
「可愛くおっしゃっても、駄目です」
「……俺は君を抱けないのに、オルテアと竜が君の傍を離れないのはずるいのではないか。その竜は、俺が元気になったら聖峰に返しに行こう。邪魔だ」
「シュラウド様、こんなに小さいのですよ。それに、コルトは、何も考えていないようです。赤ちゃんと一緒ですね。だから、育ててあげないと」
「俺たちの子供を育てる前に、その竜を育てるのか、アミティ。嫉妬でどうにかなりそうなのだが」
神獣コルトアトルは、聖峰で愛し子の来訪を待っている。
伝承にあるとおりなのだろう。
それは卵の姿だ。
愛し子によって卵から孵り、この世界に現れて――平和と安寧を齎す――か、どうかは。
今はまだ、良く分からない。
オルテアや聖獣たちの役割は聖峰を守ることなので、やはり良く知らないのだという。
ただコルトアトルは今、アミティの膝の上で穏やかな表情で眠っている。
「シュラウド様……愛には限りがないのですよ」
「だが、君は俺のものだ」
「はい。私はあなたのものです。愛には限りがないですが、あなたを一番、愛しています」
俺の顔を撫でて、髪を撫でて。
アミティは美しく微笑んで、俺の額に口づけた。
やはり、我慢は性にあわない。
俺はアミティの手を引くと、その体をベッドに沈めて、覆いかぶさるようにして抱きしめた。
お読みくださりありがとうございました!
すぐ終わるとか言っていたのに、長らくかかってしまいました。
お付き合いくださりありがとうございました!
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