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神獣の卵と光の獣


 一瞬、何がおこったのか分からなかった。

 時が止まったように思えた。

 小牛程の大きさの輝く狼が、シュラウド様の体を食いちぎろうとしている。

 食いちぎられる瞬間、シュラウド様の剣が聖獣の首に向かって振り下ろされる。

 切っ先がその体を切り裂く前に、聖獣は口を開いて、後ろに飛んで剣を避ける。

 聖獣が口を開いた一瞬で、シュラウド様も身を翻して、聖獣の牙から逃れた。

 脇腹は噛みあとから鮮血があふれている。


「シュラウド様……」


 水の中でもがくように、シュラウド様に手を伸ばす。

 ふらふらと二三歩よろめくように歩いて、それから走り出そうとした私を、ロクト様の腕が止めた。


「どこに行く気だ、女」


「シュラウド様のところに、シュラウド様が……!」


「お前に何ができる」


 確かに――ロクト様の言う通りだ。

 でも安全な場所からシュラウド様を見ていることしかできないなんて。

 私はロクト様の腕を掴んだ。分かっている。私が傍に行ったところで、邪魔にしかならないことぐらい。

 でも――それでも。

 シュラウド様は脇腹をおさえたけれど、傷などないようにしっかりと立っている。


「シュラウド様、ご無事ですか!」


「問題ない、致命傷ではない」


 アルフレードさんが、シュラウド様の傍に駆け寄って、その背を庇うようにして剣を構える。

 シェイリスとお父様の周りを、いつの間にか光り輝く獣たちが取り囲んでいる。

 二人を――シェイリスを、シェイリスの掲げている輝く卵を守るようにして。

 兵士の方々が怯えたように、後退る。


「見たか! シェイリスが神獣の愛し子である証だ! 聖獣たちは神獣を守る、愛し子であるシェイリスを守るのだ!」


「――本当だ」

「オルステット公の言うことは、本当だったのか」

「ハイルロジアは詐欺師なのか」

「その背には、スレイ族に忠誠を誓った証があるのだろう、だとしたら……!」

「ハイルロジアこそ、裏切り者なのか!」


 誰かの声に呼応するようにして、シュラウド様を糾弾するような声があがる。


「ハイルロジアとライドゥンが共謀して、この国を奪おうとしているのか」

「今まで中央の政治から遠くにいたくせに」

「若いフレデリク様を騙しているのか、それとも、フレデリク様も仲間なのか」

「我らを中央から排斥しようと……!」


 貴族たちからも、疑惑の声があがる。


「愚かな……」


「スレイ族の賊徒を城に引き込み、王位を簒奪しようとしているオルステット公に義があると言うのか」


 ロクト様が吐き捨てるように言い、フレデリク様の声が高らかに響いた。

 貴族たちから「ですが」「しかし、王よ……!」という、懐疑的な声があがる。

 ヴィヴィアナ様が私の手をぎゅっと握ってくださる。

 私は、いつからか呼吸をするのを忘れていたみたいだ。

 息苦しさを感じて、喘ぐように息を吸い込んだ。


「オルステット公の息がかかった者たちが、貴族の感情を扇動している。この程度のことで黒を白と思うなど、己のない証拠だ。皆、死ぬが良い」


「しかし、ロクト。……どうする。聖獣が公を守っているのだぞ」


「あれはやる気だ。あれもまた、己の愛する者を守る、聖なる獣。暁の騎士だったか、アミティ」


 呆れたように、ロクト様が言う。

 私は頷いた。

 シュラウド様に飛びかかってくる輝く獣たちに、シュラウド様は躊躇いなく立ち向かっていく。

 両手で剣を持ち、爪の一撃をはじき返す。

 胴を凪ぐと、光り輝く獣は粒子を残して消えていく。

 獣たちが、シュラウド様に一斉に飛びかかる。

 床を転がるようにして襲撃を避けて、追いすがってきた一匹の首にシュラウド様の剣が叩きつけられる。

 冷酷な光を宿した片目が、獣たちを見据えている。

 獣たちの先に居る、お父様を。


「諦めろ、シュラウド・ハイルロジア! 貴様は負けた。この国は、私のものだ!」


「弱い犬程よく吠える」


「貴様の味方はもう誰もいない。見よ、皆! ハイルロジアはこの国を守るため存在する聖なる獣に刃を振るう、血に飢えた悪魔だ! 死神を信じる愚か者がいるとしたら、それは神の敵だ!」


「人間だろうが獣だろうが神だろうが関係ない。敵は屠る。それだけだ」


 シュラウド様は床を蹴って走り出した。

 光の獣たちは消しても消しても、あとから湧いてくるように見える。

 お父様まで一直線に駆けようとするけれど、光の獣に邪魔をされてしまう。

 獣の手の一振りが、シュラウド様の体に叩きつけられる。

 アルフレードさんの肩に、獣の牙が食い込む。

 ハイルロジアの兵士たちが、それでも戦意を失わない兵士たちが、光の獣によって、ばらばらと、倒れていく。


「聖獣に人が勝てるわけがないだろう! 諦めろ、王は私だ!」


 お父様の勝ち誇ったような笑い声が耳にうるさい。

 王位というのは、国というのは、それほど大切なことなのだろうか。

 誰かを傷つけても手に入れたいと思う程に。

 指先が、びりびりと痺れた。手足が冷たい。感覚が、消えてしまったみたいだ。

 シュラウド様のいない世界なんて、私はいらない。

 くらりと、景色が霞む。

 大広間に湖のように広がる血だまりの中にシュラウド様やアルフレードさん、兵士の方々が倒れている。

 その中でお父様が、高笑いをあげている。

 そんな――幻が、網膜の裏側に広がった。

 喉の奥に氷塊を押し込められたように、全身が震える。息が詰まる。苦しい。嫌。痛い。悲しい。

 様々な感情が体中に巡り、涙が一筋頬を流れた。


「オルテアさん、シュラウド様を……助けたい」


『アミティ。背に乗れ。あの娘が抱えているもののせいで、お前から離れると、我も意識を消し飛ばされそうになる。意思のない、聖獣たちと同じように』


「意思が、ない?」


『偽りの紋章に、操られている。何かが違う。何かが足りない。あれは――お前の持つべきものだったのだな、アミティ』


 あれとは――シェイリスの胸元にある紋章のことだろう。

 私はオルテアさんに頷いた。


「……あれは私の、体の一部。取り戻したいとは思いません。けれど、戦いに利用されるのは、いけない」


『同感だ。我は強いが、意思のない兵器のように扱われるのは、不愉快だ。我とて、好き嫌いはある』


 私が呼びかけると、姿をくらましていたオルテアさんが、私の前に現れた。

 私に頭をさげるオルテアさんの背に乗った。

 ドレスが裂けたし、足がむき出しになったけれど、そんなことはどうでも良い。


 今はシュラウド様を、アルフレードさんを、私の大切な人たちを助けたい。

 私の名を呼ぶヴィヴィアナ様や、眉を寄せるロクト様から視線を背けると、私はオルテアさんと共に、床に膝をついているシュラウド様の元へと空を駆けて向かった。


 オルテアさんと私に気づいたのだろう、光る獣たちが、私たちに向かって牙をむき出してくる。

 はじめてシュラウド様とお会いした日、私は森の中で狼に追いかけられたことを思い出した。

 転がるように逃げる私に、狼たちが追いすがってくる。


 あの時の私はずっと、死にたいと思っていた。

 誰かに迷惑をかけるぐらいなら、死んでしまいたい。

 この世界には、私なんていらないから。


 でも――死を悟ったとき、私は死にたくないと願った。

 シュラウド様は私を、死の淵から救ってくださった。

 それからずっと、私を明るく、照らしてくださっている。


 私は守られてばかりだった。

 シュラウド様が命を賭して私を守るというのなら、私も、この命などはいらない。

 生きたい。

 生きたい、けれど。

 私の生きる世界には、シュラウド様が、ハイルロジアの皆が、いてほしい。


 襲い掛かってくる獣を、オルテアさんの鋭い爪が、鋭い牙が切り裂き砕く。

 私は振り落とされないように、オルテアさんにしっかりと捕まった。

 シュラウド様が驚いたように目を見開いて、私たちの姿を見上げている。

 私の、騎士様。

 血に塗れて服を裂かれて、胸や刻印のある背中が裂かれた服の隙間から覗いている。

 それでもその瞳には、強い意志の光が宿っている。

 誰にも屈しない、負けない、強い人だ。

 ――私もシュラウド様のように、強く在りたい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] シュラウド様がカッコ良すぎる。もうすごく大好き。
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