ロクトとの話し合い
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何も起こらないのであれば、それで良い。
しかし何かが起これば――それは、王国の危機となる。
ロクトと幾度か話し合いを行い、そう結論付けた。
オルステット公はスレイ族と通じている。
そして、娘のシェイリスを神獣の愛し子に仕立て上げている。
幼いアミティの紋章を、皮膚からはがしたのは、そのためである。
「公にとって、アミティは娘ではなかった。アミティの話では、己とも奥方とも色の違うアミティがうまれたとき、公は奥方の不義を疑って――奥方に対して、おそらく、耐えがたいほどの暴力を振るったようだ」
「醜悪なことだ」
「そんなことをする男が、アミティを自分の娘だとは思えないだろう」
「幼いうちに殺さなかったのは、それでも情があったからか」
「戦争や内乱でもない限り、人殺しはただの人殺しでしかない。私刑は禁じられている。この国は、野蛮な無法地帯ではない」
「ここでは私が法だ」
「お前も、私情で人を殺したりはしないだろう、ロクト。犯罪者に対する罰則と、私情での人殺しは違う」
「それはそうだ。犯罪者は嫌いだが、他者が何をしていようが、殺したいほどの情動がうまれるほどの興味はない。あぁ、例えば、そうだな。ヴィヴィを傷つけるなどされたのなら、その相手を殺したいと感じるかもしれないが」
ロクトは肩を竦めると「ならば不要になった娘をお前に殺して貰おうとでも思って、お前の嫁にと送り出したのか、公は」と、続けた。
「だろうな。俺が噂通りの男だったら、取り違えられて押し付けられたアミティを殺し、不敬であると怒り狂い、公の領地に攻め込んでいた」
「なんだそれは。まるで知性のない野獣だな」
「その通りだ。俺は知性のない野獣だと思われているらしい。だが、実際そうではなく、俺はアミティを愛し、妻にした。……公は、アミティの皮膚をはがしている。その意味に気づかれることを、焦ったのだろう」
「だから、フレデリク陛下へのお前からの手紙を奪おうとしたのだな。自分にとって、不利なことが書いてあると思い」
そうなのだろう。
そして、手紙は奪えなかった。建国の式典に俺とアミティが参加するという情報をどこからか得て、それならその旅の途中で、夜盗かなにかに襲われた――と偽って、俺たちを消してしまおうと考えたのだろう。
それが無理なら、アミティを攫い、神獣の愛し子がアミティであるという証拠を、消してしまおうと。
「スレイ族と組んで、この国を簒奪する。神獣の愛し子は我が娘である。それは、王位を奪う大義名分にはなるのだろう。スレイ族との交渉にも使える。奴らは神に対して盲目だ」
「平和をもたらすはずの神が、争いの原因になるとは。妙な話だ」
ロクトの言う通り、奇妙なことだと思う。
アミティは刻印があるために、暴力を受けた。
神獣は愛し子を守らなかったのか――とも思う。
争いの火種になるのが神なのだとしたら、そんなものはいらないのではないか。
そもそも――神に救われたことなど、俺は一度もない。
俺がスレイ族に人質にされたのも、家族が死んだのも、領地の者たちの命が危険に晒されているのも、結局は、聖峰にコルトアトルなるものがいるせいだ。
そんな怒りを抱えて聖峰にのぼった。
結局俺は聖獣たちに襲われて死にかけて、オルテアに運ばれてハイルロジアの屋敷に戻ったのだが。
「いつせめてくるのか、いつ、反逆の狼煙をあげるのか。そんなものを待っているほど俺は暇ではない。ロクト、協力を頼みたい」
「協力とは?」
「――罠を、はろうと思う」
ロクトは信用できる男である。
そして、アミティを救おうとしたフレデリクもまた、信用に足る存在である。
他の者たちは、分からない。
既にオルステット公の手が回っているものもいる可能性がある。
そしておそらく、公に時間を与えれば与えるほどに、公につく貴族の数は増えるだろう。
やりようは、いくらでもある。
人質をとる。
金をばらまく。
王位簒奪後の地位を約束する。
領地を与えると、約束する。
約束はただの約束だ。
もしオルステット公にとって邪魔になったり、与えると約束するものが多すぎると感じれば、消してしまば良いだけの話だ。
情と、欲。
懐柔と、暴力。
人を従わせるには、様々な方法がある。
建国の式典には、国中の貴族があつまる。
ならばその場で、アミティを神獣の愛し子だと皆に知らしめれば良い。
元々、俺やアミティを消そうとするぐらいに焦っていたオルステット公は、更に焦るだろう。
反逆の準備が整っていれば、兵を仕向けてくるだろう。
そうでなかったとしても、アミティが神獣の愛し子として認められてしまえば、シェイリスを愛し子とするのには無理が生じてくる。
反乱の時期をはやめたかった。
式典の場に兵を仕向けてくる可能性を考えて、兵を隠して配置した。
最初から警備を厳重にしてしまえば、警戒されて動かなくなってしまうかもしれない。
なにごとも、早い方が良い。
計画は、アミティには黙っていた。
アミティは嘘をつくのが苦手だろう。悪いとは思ったが、早く、全てを終わらせるためだ。
さっさと終わらせて――アミティの苦痛を、不安を、取り除きたい。
それに。
公はアミティを傷つけた。
そして俺の大嫌いなスレイ族を味方につけた。
そこにどんな感情があろうと、どんな事情があろうと、慈悲などかけてやらない。
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