姦計と、罠
エドアルドお父様が連れている兵士たちは、王国の紋様ではなく、シェイリスの胸にあるものと同じ紋様を、軍服に描いている。
肌の色は私たちと同じだけれど、髪は濃い茶色をしている。
体格はとても良くて、不思議な曲線を描いている、ナイフにしては大きく、剣にしては小さめの武器を、皆が手にしている。
大広間の貴族たちから悲鳴があがり、逃げ惑う人々は壁際へと、ぶつかり合うようにして向かった。
開け放たれた扉の外では、幾人かの兵士たちが倒れている。
兵士たちの体から流れ落ちた血が、大広間の床に、インクを零したようにして広がっていく。
エドアルドお父様の連れている兵の方々の持つ刃が、血に濡れている。
「愚かな王よ、貴族どもよ、聞け! 私こそがこの国の正統な後継者だ!」
「正当な、後継者……?」
エドアルドお父様の言葉に、誰かが言った。
その言葉を皮切りにしたように、貴族たちの悲鳴とざわつきが、大広間に飽和した。
「どういうことだ!」
「オルステット公、これは、一体……!」
「公は、フレデリク様から玉座を奪う気なのか!」
「静まれ!」
お父様が、良く響く張りのある声で叫ぶ。
「そこの――アミティ、我が娘……最早、我が娘とは思わん。アミティ・ハイルロジアは神獣の愛し子などではない! 本物の神獣の愛し子はここに、シェイリスこそが、神獣に愛されし娘なのだ……!」
「どういうことだ……」
「アミティ様は、聖獣の声を……!」
「己の娘を、そのように貶めるなど……」
「神獣の愛し子には、翼ある蛇の紋章が現れる。その証はシェイリスにある。これは、スレイ族の掲げる神の像と同じ! シェイリスにはそれがあり、アミティにはそれがない。シェイリスが愛し子である証拠だ!」
「――我らが、神。我らが王、コルトアトル様。神はシェイリス様を選ばれた」
お父様の隣にいる、短い髪を逆撫でた大柄な壮年の男が言った。
「われらが、スレイ王国の民は、コルトアトル様に忠誠を誓う者。貴様らラッセルの民が我らの土地を奪い神を奪った。だが、エドアルド殿が我らに、神と土地をかえしてくれると、約束をしてくれた」
男の言葉とともに、お父様の連れてきた兵士たちから、「おお!」と「我らが神よ!」と声があがる。
「俺はスレイ王国の王イシュタール! エドアルド殿の意思に賛同し、我らの土地を取り戻しに来た。我らの剣はシェイリス様と共にある!」
「命が惜しくば、私に降れ。フレデリクになど忠誠を誓う必要などはない。その者は、私の忠告を聞かず、アミティを神獣の愛し子だと謀るハイルロジアに騙された愚か者だ。ハイルロジアは王国を簒奪する気だ、かつて我が娘だった、詐欺師と共にな……!」
私はきつく手を握りしめて、お父様を睨みつける。
ぎり、と、奥歯を噛みしめる。
悔しさと悲しさと、怒りが、胸に溢れる。
大きく、息を吸い込んだ。
感情に任せて、言葉を、吐き出す。
「シュラウド様は、そんな方ではありません!」
「黙れ、小娘! この詐欺師が! ハイルロジア伯をそそのかし、愚かなフレデリクを謀り、この国を簒奪しようとしたのだろうが、全ては無駄だ。この国は私が手に入れる。愚かなフレデリク王の代わりに、正当な王位継承者である私が!」
「……矛盾しているぞ、公。俺がこの国を手に入れることと、公がこの国を手に入れること。どちらも簒奪には相違あるまい」
シュラウド様が、淡々とした声で言う。
そして私を庇うようにして、片手で下がらせた。
「私はラッセル王家の血が流れている。正当な王位継承者だ。そして、役立たずのフレデリクよりもよほど私の方が、王に相応しい。皆もそう思うだろう。命が要らんものは、歯向かうが良い。賢い者は、私に跪け。今なら、まだ間に合う!」
戸惑い、恐れ、怒り、阿り。
様々な感情が、大広間には満ちている。
恭順か、死か。
そんな選択を迫る人が、良い王になれるとは、とても思えない。
それに、シェイリスのあの刻印。
私は、背中の古傷がずくりと痛むのを感じた。
微かに、シェイリスの皮膚とは違う違和感がある。
あれは。
あれは。お父様が、私の背中から――はがしたもの。
「愚かな。大人しくしていれば、手出しなどしなかったものを」
「本当に。公は、馬鹿だ」
「そう言ってくれるな。あれでも、私の叔父だ」
シュラウド様の言葉に、ロクト様が頷く。
フレデリク様は、悲しそうに目を伏せた。
「皆、出ろ! ハイルロジアの名において、この国を乱すものに裁きの鉄槌を!」
「ライドゥンの精鋭兵よ、祝いの場を乱す愚か者を殺せ」
「オルステット公はスレイ族と結んだ裏切り者だ。捕らえよ!」
シュラウド様の猛々しい声に、ロクト様の冷酷な声に、フレデリク様の高らかな声に――多くの兵が、大広間の壁際にある数々の扉から、大広間の中になだれ込んでくる。
それを合図にしたように、お父様が連れてきたスレイ族の兵士たちが、貴族や兵士たちに、一斉に襲い掛かった。
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