フレデリク・ラッセル国王陛下
シュラウド様と私は、アルフレードさんや他の従者の方々に見送られて、馬車止めの為の広場から、石造りの階段をのぼってお城の中へと向かった。
石の階段には、絨毯が敷いてある。細いヒールの靴でのぼっても、足に負担がかからないようにと、それから、靴音を吸収するようにの配慮からなのだろう。
馬車から降りたシュラウド様と、私の姿を見た貴族の方々の息を飲む音が聞こえる。
私たちにそそがれるのは、畏怖の視線。
畏怖。
嫌悪。
それから――哀れみ、だろうか。
華やかなドレスを着た方々や、立派な身なりの方々が、私たちを避けるようにして、距離をとる。
私とシュラウド様は、堂々とお城の入り口へ続く階段をあがった。
人の視線も、噂話も、囁かれる――良い意味ではない言葉も、なにも気にならない。
「ハイルロジア伯だ……」
「死神が、式典の場に姿を見せるなど」
「見たか、あの顔の傷」
「噂は本当だったのか、オルステットの幽霊姫だ。あんな姿だったのか」
こそこそと、噂をするのはシュラウド様のことを何も知らない人たち。
シュラウド様に面と向かってそれを言わないのは、シュラウド様が怖いから。
たとえばロクト様などは「死神の嫁というからどんな女かと思ったが、なかなかどうして、美しい」と、はっきり口にしていた。
それを聞いていたヴィヴィアナ様が「ロクト様、女、ではありません。女性です。アミティ様です!」と叱っていた。
ロクト様は正直で、正直だからこそ嫌われるのだと、ヴィヴィアナ様は困ったように言っていたけれど。
きっと、ロクト様は強いのだろう。
シュラウド様を怖いとも思っていない。
傷があろうと、なかろうと、ロクト様のシュラウド様への対応は変わらない。
ここにいる多くの人たちとは、どこか、違う。
シュラウド様がロクト様を信用できるとおっしゃっていた理由が、分かるような気がする。
階段の上の大きなアーチ状の入り口をくぐると、その先は大きな柱が並ぶ通路。
さらに進むと警備の兵士の方々が並んでいて、大きな門が開かれている。
門の先には、沢山の蝋燭に火がともっている大広間がある。
大きな窓には夕暮れの景色が映っている。
空は橙色と紫色が混じりあい、一番星が輝いている。
大広間の左右には、白いクロスがかけられたテーブルが並んでいる。
扉から真っすぐ奥にある檀上にある玉座には国王陛下フレデリク・ラッセル様が座っている。
ラッセル様にご挨拶をする貴族が中央に列を作っていて、ご挨拶を終えたのだろう方々が、左右に用意されている、数えることが嫌になるぐらい沢山並んだテーブルで、それぞれ飲み物を手にして談笑をしている。
私とシュラウド様が大広間に足を踏み入れると、フレデリク様はすぐに私たちの姿に気づいたようにして、立ち上がった。
「シュラウド! 久しいな、本当に来てくれたのか!」
金の髪に青い瞳の、精悍な顔立ちをしたフレデリク様は、どことなく私のお父様に面立ちが似ている。
それは、フレデリク様がお父様のお兄様である、前国王陛下の息子だからだろう。
私とフレデリク様は従兄妹ではあるけれど、お会いするのはこれがはじめてだ。
フレデリク様が立ちあがり、ご挨拶の最中の貴族の方に「もう十分だ、ありがとう」と礼を言って、私たちの元へと向かってくる。
警護の兵士たちがフレデリク様の両脇を固め、貴族の方々は波を割るようにしてフレデリク様のために道を開いた。
「アミティ、君がアミティか! 会いたかった。はじめまして、アミティ」
「フレデリク様、はじめまして。アミティ・ハイルロジアと申します」
シュラウド様の横で面喰いながら、私はスカートを摘まんで挨拶をした。
「そう畏まらなくても良い。私は君の従兄妹なのだから」
「フレデリク陛下、壮健そうでなによりです。此度は、あなたの計らいで、アミティを妻に娶ることができました。感謝しております」
笑顔を浮かべるフレデリク様に、シュラウド様が丁寧に礼をする。
その堂々とした立ち振る舞いに、美しさに、胸が高鳴る。
どんな場所でも、シュラウド様は輝いている。
それに、妻に娶ったと国王陛下に紹介してくださったことが、嬉しい。
「シュラウドもだ。他人行儀だな。私は君のことを、盟友だと思っているのに」
「いつの間に、俺と陛下は親しくなったのでしょうね」
「手紙をやり取りする仲だ」
「必要に応じてですが」
「冷たいな、シュラウド。私はアミティの従兄妹なのだから、君の兄といっても過言ではないというのに」
「……よく言う」
深々と、シュラウド様が溜息をつく。
陛下の振る舞いに驚いたのか、大広間の人々からざわめきがおこる。
シュラウド様と気安く話す陛下に対してか、それとも、従兄妹と言われた私にたいしてのものか。
分からないけれど――国王陛下はどんな方なのだろうと少し緊張していた私は、フレデリク様の笑顔を見て、僅かに肩の力を抜いた。
ざわついていた広場に、更にざわめきが起こった。
大広間の中央で話している私たちの元に近づいてくるのは、黒い薔薇をあしらった衣服に身を包んだロクト様。
そしてヴィヴィアナ様。黒いドレスには蓄光石の欠片があしらわれているのだろう、歩くたびにスカートが星空のように輝いている。
ここにいる方々の中で、誰よりもロクト様は目立っている。
美しいことももちろんだけれど、闇の中から抜け出してきた、精霊かなにかのように見えるお姿だ。
「そんなところで立ち話ですか、陛下。ところでシュラウド、見ろ。同じ黒薔薇でも、私の方が美しい」
「アミティの作ってくれた眼帯の黒薔薇の方が美しさは上だが、俺は自分のことを美しいとは思っていないのでな、美しさはお前に譲る」
ロクト様は滑るようにして私たちの前までやってくる。
その横をちょこちょことついて歩いているヴィヴィアナ様は、なんだかとても愛らしい様子に見える。
「ロクト様、きちんとご挨拶をしてください。国王陛下、ご無沙汰しております。この度は、建国の式典に私たちをお招きくださりありがとうございます」
「ヴィヴィアナ、元気そうだね。なによりだ」
「はい、とっても元気です。ロクト様のおかげで、私はいつも元気ですよ」
「それは良かった」
「アミティ様、ごきげんよう! 今日もとても美しくいらっしゃいますね! お会いできてうれしいです」
「私もです、ヴィヴィアナ様」
ロクト様の横できちんとご挨拶をしたヴィヴィアナ様が、私の手を握った。
その明るい声になんだかほっとして、私は微笑んだ。
「ところで陛下、もうアミティ様のことは、皆に伝えたのですか?」
ロクト様の言葉に、私は首を傾げる。
「いや、これからだ」
「もう皆、揃っているでしょう。私はこういった場には一番最後に到着するようにいつもしていますから」
「そうなんです、ロクト様は晩餐会にはいつも最後に到着しなければいけないと言って、その方が目立つからと……私、アミティ様と早くお会いしたかったのに」
ヴィヴィアナ様が頬を膨らませている。
私はシュラウド様を見上げた。
私のこと――私が、シュラウド様と結婚をしたということかしら。
シュラウド様はそっと、私の背中に手を添えた。
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