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ヴィヴィアナ様とのお茶会



 ロクト侯爵と話し合いがあると言って、シュラウド様は出立の日を遅らせていた。

 侯爵とシュラウド様がお話をしている間、私はロクト侯爵のお屋敷で、ロクト侯爵の奥様のヴィヴィアナ様におもてなしをしていただいていた。

 ロクト侯爵のお屋敷はヴィスパルの高台にあって、街を見下ろすことができる。

 光の都に負けず劣らずの、煌びやかなお屋敷だった。

 金を基調にした調度品が並び、よく見ると、燭台やランプなどにも、宝石が埋め込まれている。

 埃ひとつないお屋敷に並ぶ使用人の方々も、背筋がぴんと伸びていて、そのお仕着せもどことなく華やかなものだった。


「アミティ様、ヴィスパルの街はどうでした?」


「とても素敵なところでした。夜になると、星空の中を歩いているようで……」


「そうでしょう、そうでしょう……! ロクト様は、美しくていらっしゃいますけれど、ロクト様の街もとても美しいのですよ」


 紅茶とジャムのたっぷり乗ったビスケットや、カップケーキや、果物のタルトが、テーブルには並んでいる。

 ヴィヴィアナ様は小柄で可愛らしい方で、ミルクティー色の髪や、チョコレート色の瞳が、どことなく小動物を思わせる。

 白いドレスに身を包んで、髪には煌びやかな髪飾りをつけている。

 私も、今日はヴィヴィアナ様に会うために、緋色のドレスを着ている。シュラウド様の瞳の色だ。


「ロクト様に聞きました。アミティ様は、ハイルロジア様のことを、黒薔薇の騎士様と呼んでいらっしゃるとか。確かに、ハイルロジア様のあの眼帯、素敵でした……あのような美しい飾りで顔を飾れば、ロクト様の美しい魅力も倍増してしまうこと、間違いなしです」


「ロクト様は美しい方ですから、きっとなんでも似合いますね」


「そうなのです、そうなのです! アミティ様、よくわかっていらっしゃいますね! ロクト様はなんでも似合うのです、この街と同じぐらいに美しい方なのです。私の、月下美人の君なのですよ……!」


「素敵なお名前です」


「月の明かりの下のロクト様はそれはそれは素敵なのですよ……! 私とロクト様は政略結婚なのですけれど、私、ロクト様を一目見た時から、なんて美しい方なのかしらと、恋に落ちたのです。人は見た目ではないとは言いますけれど、見た目も大切です」


「私も、シュラウド様の雄々しいお姿が、素敵だと思っています」


「それは素晴らしいことです。見た目が好みであれば、多少の性格の難などは気にならないものですから。もちろん、ロクト様は私に優しくしてくださっていますけれど、全てが同じ人間なんて、この世に存在しませんでしょう? どれほどロクト様のことが好きでも、たまには腹が立つこととか、全くもう……って、怒ることがありますもの」


「そうなのですね……私は、シュラウド様に腹を立てたことは、今の所ないような気がします……」


「アミティ様は新婚ですから。これからです、これから」


 ヴィヴィアナ様は、うんうんと頷きながら言った。

 それから両手を胸の前で合わせて、にっこりと微笑む。


「アミティ様は一体どんな方なのかしらと思っていたのですよ。でも、お話がしやすい方で良かったです。オルステット公爵家の長女のアミティ様は、大変体が弱くて、外に出られない……なんて、噂も聞いたことがありますから」


「私は……」


「色々事情がありますのでしょう? アミティ様は今、ハイルロジア様のそばでとても幸せそうです。私が今、ロクト様のそばで幸せであるように」


「ヴィヴィアナ様、ありがとうございます」


「アミティ様、黒薔薇の飾り、とても素敵です。ロクト様も私も、今度の建国の式典は、黒薔薇を身につけようかしらと思うのですよ。私たちは、アミティ様やハイルロジア様の味方だという気持ちを込めて」


 ヴィヴィアナ様の提案に、私は目を見開いた。

 はじめて会ったのに、どうしてそんなふうに言ってくださるのか、よくわからない。


「どうして驚くのですか? お屋敷に招いて、お茶を一緒に飲んだらもう、私たちはお友達です。ロクト様は人嫌いですから、こうして人をお屋敷に招くのは本当に珍しいのですよ。ハイルロジア様とお話をすると聞いた時は、それはもう驚きました」


「そうなのですね……そんなふうには、見えませんでした」


「人に対する好き嫌いが激しいのですね。美しいものが好きだから、美しくないと感じると、途端に嫌になってしまうのです。だから、私もお友達をお屋敷に招くことなんてほとんどなくて……いえ、ロクト様に嫁いだ時から、私にはお友達なんてほとんどいなかったのですけれど」


「ヴィヴィアナ様は、親しみやすくて、明るくて、優しい方です。お友達がいないなんて……」


「私、貧乏な子爵家の長女だったのです。お金がないと、社交界では誰にも相手をされないのですよ。それで、ロクト様が誰でも良いから嫁を欲しがっているという噂を両親が聞きつけて、結婚すればお金をくれるとまでおっしゃっているといって……私が嫁いだというわけです」


「政略結婚というか、それは……」


「お金目的の結婚です。でも、良いのです。私はロクト様のことが好きですから。……まぁでも、ロクト様は少し変わったところがありますし、私は私で、お金目当てでロクト様に嫁いだ女として有名になってしまって……」


「愛があれば良いのではないでしょうか。きっかけが、なんだとしても……」


「私もそう思うのですけれど、人の目というのは、なかなか、難しくて。アミティ様、お話を聞いてくださってありがとうございます。私も……アミティ様のことを、知りたいと思いますが、駄目ですか?」


 シュラウド様はまだ戻ってくる様子がない。

 私はヴィヴィアナ様に、私に起こったことをお話した。

 オルテアさんのことは言わなかったけれど、それ以外のことを。

 ヴィヴィアナ様は時々怒ったり、時々悲しんだり、時々涙ぐんだりして、私の話を聞いてくれた。


「アミティ様……私、アミティ様のお友達になりたいです。これからもずっと、仲良くしましょう」


 私が話し終えると、ヴィヴィアナ様は私の手を握って、そう言ってくれた。


「ロクト様にお願いしますから、時々は、ハイルロジアに遊びに行かせてくださいね。アミティ様も、ヴィスパルに遊びにきてください。約束です」


「はい、ありがとうございます、ヴィヴィアナ様」


「これから先、夫婦として長い道のりを歩くのです。時々は、夫の文句を言いたくなることもあるでしょう? アミティ様、私の話を聞いてくださいね。私もアミティ様の話を聞きますから」


「はい、是非……!」


 シュラウド様についての文句というものが、私には思いつかなかったけれど。

 ヴィヴィアナ様の提案が嬉しくて、私は笑顔を浮かべて、頷いた。

 ややあってお部屋を訪れたロクト様とシュラウド様は、私たちの様子を見て「随分仲良くなったのだな」と、顔を見合わせていた。



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