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誰かを待つ時間は余計に長く感じる




 夜半過ぎ、シュラウド様が戻られるまで、私は眠ることができないまま、宿のお部屋のリビングのソファに座って、ソファに用意されていた大きめな膝掛けにくるまっていた。

 シュラウド様のことだからきっと大丈夫だろうけれど、ざわざわとさざめく心が、落ち着かない。


「アミティ、その夜食は食わないのか」


 リビングルームの暖炉の前で、オルテアさんが寝そべっている。

 テーブルの上には手付かずのハニーワッフルと紅茶が置かれている。どちらも、部屋の外で私を守ってくれている、シュラウド様の部下の方々が持ってきてくれたものだ。

 せめて心安らかに私が休めるように、と。


「オルテアさんはシュラウド様の元へ行ってさしあげて欲しいのですけれど……」


「お前は弱い。あの男は強い。我がいるべきは、ここだろう」


「……私を守ってくださるのですね」


「お前は守らなければいけない。そんな気がしている。あの馬鹿者がお前を大切にしているということもあるが、お前は我に、甘いものをくれるからな。それだけでは、ないような気もするが……」


「ハニーワッフル、食べますか?」


「お前がいらないのなら食う。仕方なくだ」


 私は立ち上がると、オルテアさんの口元へとハニーワッフルを持って行った。

 オルテアさんは小さなハニーワッフルを大きな口で食べて、満足そうに目を細める。


「美味しいですか、オルテアさん」


「まあまあだな」


「それは、良かったです。……あの、オルテアさん」


「なんだ」


 私はオルテアさんのふわふわの首に、自分の体を埋めた。

 オルテアさんの毛は長くて、ふわふわで、ほつれがひとつもない。

 体がふわふわの白い毛に包まれて私の体が埋まって見えなくなってしまうほどだ。

 あたたかくて、少し落ち着く。


「少し、こうしていて良いですか」


「お前は我の体に埋もれるのが好きだな」


「はい。お日様の良い香りがします。聖峰には、オルテアさんのようなふわふわの方が、たくさんいるのですか?」


「我が一番ふわふわだぞ、アミティ」


「ふふ……オルテアさんが一番ふわふわです。きっと」


 お話をしていると、少し気持ちが落ち着いてくる。

 どうしてお父様は私を嫌うのだろう、とか。

 私を、消してしまいたいぐらいに嫌いだったのか、とか。

 そんな悩みがとても、遠く感じる。

 シュラウド様のそばにいるときは大丈夫だと思えたのに、一人きりになると、まるで昔に戻ってしまったみたいに、頭の中でうるさく鳴り響いていた耳鳴りも、おさまった。


「オルテアさん、……私がそばにいると、シュラウド様にご迷惑がかかるって、……以前の私なら、思っていました」


 お父様が消したいのは私だ。

 だから、私がいると無関係だったはずのシュラウド様にまで、危害が及んでしまう。

 少し前の私ならそう思って、シュラウド様の元からまた、逃げ出そうとしていただろう。

 けれど今は、そんなふうには思わない。


「今は、シュラウド様との幸せを、奪われたくない。私、戦わないと。シュラウド様が愛してくださった私は、……オルステットの人々から、蔑まれる筋合いは、ないのですから」


「それはそうだ。お前は美味い菓子を作ることができる。お前のどこに非があるというのだ」


「心強いです……オルテアさん。もし何か、シュラウド様に危険なことがあったら、シュラウド様を守ってくださいますか……?」


「あの馬鹿者は強い。我が守るべくもない。だが、そうさな、……その時は、守ろう。お前との約束だ」


「はい……!」


 私はオルテアさんの首にぎゅっと抱きついた。

 しばらくそのままふかふかの首に抱きついていると、眠気がじわりと忍び寄ってくる。

 緊張していた体から力が抜けて、暖炉の炎の暖かさも相まって、私はオルテアさんの体に寄りかかりながら、眠りについた。

 そのうち、誰かが私を抱き上げてくれたような気がしたけれど、その腕はとても安心するものだったので、目を開くことができなかった。


 目を覚ました時には、太陽は中天に差し掛かっていた。

 かなりの、寝坊をしてしまったみたいだ。

 私はあわててベッドから起きあがろうとして、シュラウド様に腕を引かれて抱き締められた。


「シュラウド様……ごめんなさい、私、眠ってしまったのですね……」


「眠ることは良いことだ、謝る必要はない。オルテアにくっついて眠っている君を見た時は少々妬いたが、……ずっと寝ずに、待っていてくれたのだな、昨日の夜は」


「シュラウド様が、心配で、でも、先に寝てしまって……」


「気にしなくて良い。オルテアがそばにいて、君が安心できたのならそれが一番だ。……アミティ、少し、落ち着いたか?」


「私は大丈夫です、シュラウド様」


「……昨日、この町の領主でもある知人の、ライドゥン侯爵……ロクトと話し合った。王都に君を連れて行くのは危険ではないのか、と。オルステット公爵との問題が落ち着くまで、君はここに留まった方が良いのではないかと」


 シュラウド様が私の頬を撫でながら、心配そうに言った。

 シュラウド様は私と二人きりで眠るときは、眼帯を外してくださっている。

 片方だけの赤い瞳が、私を見つめる。

 私は手を伸ばして、シュラウド様の赤く爛れた皮膚にそっと触れた。

 これ以上、シュラウド様の傷が増えないようにという祈りを込めて。


「私、お邪魔でないのなら、シュラウド様のそばに……」


「もちろん、俺もそうしたい。俺の側が、この世界の中で一番安全な場所なのだから。……だが、アミティ。王都に行けば、君は辛い思いをするかもしれない。辛い光景を、見ることになるかもしれない」


 シュラウド様は昨日、アルフレード様が捕縛したという刺客と話をするために出かけていった。

 何か、聞いたのだろう。

 お父様についての、重大な何かを。


「私は大丈夫です。シュラウド様、私は、死神の妻なのですよ。怖いことなど、悲しいことなど、ありません。あなたを失うこと以外に」


「アミティ……」


「それに、もし……離れてしまって、シュラウド様に何かが起こったら。私は、一生……後悔します」


「それは俺も同じだ。ロクトは信用できる男だが、やはり、何かあったらと思うとな……共にいよう、アミティ。俺が、君を守る。何があってもだ」


 返事をしようとした私の唇に、シュラウド様のそれが触れる。

 それから「出立は明日の朝にしよう」と言って、艶やかに微笑んだ。




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