光の都ヴィスパル
季節は冬へと近づいていっている。
そのせいで、日が落ちるのが早い。
夕方近くになると日の落ちた街道は光源がなく、馬車を走らせるのは危険だとシュラウド様はおっしゃった。
「火急の用でもあれば夜駆けをすることもあるが、今は王都への優雅な旅の最中だ。馬もあまり酷使すれば潰れてしまうからな。今までの補給拠点は小さな村ばかりだったが、ここ、ヴィスパルは王都の次ぐらいには大きな街だ」
「ヴィスパル……」
「あぁ。光の都と呼ばれている。近くに、蓄光石が豊富にとれる鉱山があり、街の至る所に蓄光石が使われていてな」
シュラウド様は、私の手を引いて、馬車から降ろしてくださった。
そこは街の中心街から少し外れた場所だ。
馬車用の広い石畳を通り抜けて、その先にある、大きな馬小屋の前に馬車は止まっている。
「シュラウド様、アミティ様、長旅お疲れ様です。アミティ様は、慣れない旅で疲れたのではないですか? 宿は手配してありますが、このまま少し街を見て回りますか?」
馬小屋の主人と御者の方に馬を任せて、アルフレードさんがやってきた。
「どうしようか、アミティ。疲れているのなら、少し休んで、夕方街を散策しても良い。それとも、このまま街で夕食を食べて、夕方の街を歩きながら宿に向かっても良いが」
「私……どちらでも――」
そう言いかけて、私は軽く唇を結んだ。
せっかく、シュラウド様が私のためにゆっくりと王都への旅をしてくださっているのに、どちらでも良いなんて答えは、良くないわよね。
私がどうしたいかを、シュラウド様は聞いて下さっているのだから。
「馬車では座っているだけでしたので、元気です、私。もしよければ、このまま街を見て、それからお夕食のあとに、夕方の街を歩きたいです」
「そうか! それは良い、そうしよう、アミティ」
私が答えると、シュラウド様はそれはもう嬉しそうに破顔した。
「シュラウド様、護衛は必要ですか?」
「俺一人で十分だ。オルテアもいるしな。アルフレード、他の者と共に自由にしていて良い。出立は明日の朝だ」
「心得ました。本来は主を一人にするなど従者失格でしょうが、アミティ様との時間を邪魔したくはありませんので。ですが、念のために声の届く場所で待機していますよ」
「必要ない。俺の方がお前より強いからな」
「それは知っていますけれどね。数の暴力というものもありますし、シュラウド様には今、アミティ様がいらっしゃるでしょう。女性を守りながら戦う経験はないのでは?」
「それはそうだな。では、お前の言うとおりに。何かあれば呼ぶが、何もなければ居ないものとして扱うぞ」
「心得ていますよ」
アルフレードさんはそう言って苦笑した。
シュラウド様が私の手を引いて「それでは行こうか、アミティ」とおっしゃるので、私はアルフレードさんに軽く会釈をすると、シュラウド様の隣を歩いた。
シュラウド様は私の歩調に合わせて、ゆったりと歩いてくださる。
石畳の道を歩くと大きな川にかけられた橋があり、橋を抜けると道行く人の数が増えていく。
道行く人々の視線が、私とシュラウド様に向けられているのが分かる。
きっと、珍しいのだろう。
私の色も、それから、シュラウド様の傷も。
けれど、あまり気にならない。視線も、人も。
「皆が、アミティを見ている。きっと君が、美しすぎるからだ。君の背中に、私のものだと文字を書いて貼りたいぐらいだ」
「私の体に、シュラウド様の名前を彫りますか? それも、素敵です」
「とんでもない。彫り物などはしないよ。痛いだろう。……それに、跡ならもうつけている」
シュラウド様は私の首筋を、軽く撫でた。
「……っ」
「見えるところにも、見えないところにも、俺のものだという跡がある」
「シュラウド様……ふふ、そうですね。私はあなたのものです。それに、視線は私ではなくシュラウド様に向けられてるのですよ。シュラウド様が素敵だからです」
「そうだとしたら、妬いてくれるか?」
「はい、勿論。シュラウド様は、私の旦那様ですから」
私は気恥ずかしく思いながらも、小さな声で答える。
シュラウド様は指を絡めるようにして、手を繋ぎなおした。
嬉しそうに細められた深紅の瞳が、私だけを見つめている。
周りの人々がどんな気持ちで、どんな視線を私たちに向けていたとしても、気にならない。
私にとって大切なのは、シュラウド様が嬉しそうに微笑んでいるということだけだ。
「シュラウド様、聞きそびれてしまったのですが、蓄光石というのは」
「あぁ、それは、日の光をためて、夜になると光る石のことだ。この街の至る所にその石が使われていて、この街は夜になると街全体が光る。暗い夜道で迷ったときは、この街を目指すと良いと、旅人たちはよく言っている」
「光る街が迷人の目印になるのですね。まるで、闇の中にいた私を救って下さった、シュラウド様のようです」
「それは俺にとっても同じだ、アミティ。君も……俺の、光だよ」
「はい……私も、そうで在りたいと思います」
私は微笑む。
私にできるのは、悲しい顔や暗い顔をしないで微笑むことだけだけれど、シュラウド様にはできるだけ、笑顔を向けたい。
あなたを愛しているという気持ちを、全部込めて。
シュラウド様は眩しそうに目を細めて、それから困ったように「君と居ると、いつでも君を抱きしめたくなってしまうな」と言った。
「……アミティ。この街だけは、夜も明るいせいか、いつも祭りをしているように賑やかでな。観光業が盛んで、街の警備も徹底している。だから、比較的治安が良い」
「安全な街なのですね」
「何事にも例外はあるがな。だから、俺の手を離さないようにな、アミティ」
「はい……! ずっと、繋いでいます」
シュラウド様が私の手を引いて、手の甲に軽く口づけたので、私は頷いた。
「アミティ、何か食べたいものは? 肉か、魚か……ヴィスパルの名物は、夜光羊の煮込み料理だな。蓄光石の表面を好んで舐める、岩山に住む羊で、これも光る」
「羊も光るのですね」
「あぁ。角が光る。味は、普通の羊と同じだ」
「光るけれど、味は同じ……」
「夜光羊の角は、旅のお守りとしてこの街の土産物として人気がある。あとで買おうか、アミティ。装飾品の類いに今まであまり興味がなかったが、君になにか、贈りたい。……だが、夜行羊の角というのはな、どうなのだろうな」
「私、欲しいです、シュラウド様……! この街に、シュラウド様とはじめて来た、お土産に」
私がお願いすると、シュラウド様は私を先に装飾品のお店に連れて行って下さった。
お土産に人気というだけあって、装飾品のお店には、宝石や貴金属と並んで羊の角のお守りが置かれている。
角そのままを使った壁掛けのようなものから、角を加工してペンダントにしたものまで、色々だ。
「どれが良いだろうか、アミティ。この、髑髏などは、強そうで良いと俺は思うが……」
「じゃあ、それで……!」
「お待ち下さい、お客様……!」
シュラウド様が選んで下さった、角のある動物の頭蓋骨のペンダントを購入しようとすると、店員の方に止められた。
遠くで誰かが転んだような音がした。視線を向けると、店の入り口で、アルフレードさんが転んでいた。大丈夫かしら。
「女性の方に贈るのでしたら、そうですね、薔薇など、いかがでしょうか……! 旦那様の眼帯と、同じ薔薇です。おそろいで素敵だと思います」
店員の女性が勧めて下さるペンダントは、ペンダントトップに、加工された夜光羊の角の薔薇がついている。
「シュラウド様とおそろい……」
「それも良いな。アミティ、薔薇にするか」
「はい、そうします。動物の頭蓋骨も素敵だと思ったのですが……シュラウド様が選んで下さったものなので……」
ちょっと残念だ。
「いや、よく考えたら、女性に髑髏を贈るのはな。アミティ、俺も薔薇が良いと思う」
「それなら、そうします……シュラウド様が選んで下さるものなら、私、どんなものでも嬉しいです」
購入した薔薇のペンダントを、シュラウド様は私につけてくださる。
心底ほっとしたような表情の店員さんに見送られて、私たちはお店を出た。
「夜になると、その薔薇が光る。君の肌の上で光る薔薇を見るのが楽しみだな」
「はい……」
私は胸のペンダントに手を当てると、微笑んだ。
言葉に含まれている艶に気づいて、胸が高鳴るのを感じた。
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