王都への旅路
馬車に荷物を詰め込んで、王都にあるハイルロジア別邸へと、シュラウド様と共に向かった。
護衛として馬で共に併走してくれているアルフレードさんは「シュラウド様には、護衛なんて本当はいらないのですけれどね」と、苦笑交じりに言っていた。
御者は腕に覚えのある兵士の方々が務めてくれていて――そもそも、ハイルロジア家の男性の使用人は、兵士としても訓練されている方しかいないらしいのだけれど、長い道行きだけれど必ず私を守ると、皆口をそろえて言ってくださる。
とてもありがたいことだと思う。
オルステット家からハイルロジア家への道行きの馬車の中は、まるで、罪人の護送のようだと思ったものだけれど。
私は、立派な馬車のベロアの張られたふかふかの座席の上に座って、窓の外を見つめている。
街道を、馬車はゆっくりと進んでいく。
私たちは、建国の式典に出席するために王都に向かっている。
けれど、建国の式典までまだ一ヶ月以上の余裕がある。
急ぐ旅にしたくないと、シュラウド様が出立をはやめてくださった。
せっかく王都に行くのだから、途中の街や、タウンハウスでゆっくり過ごそうと。
「オルテアに乗れば、王都に行くまでにさほど時間はかからないのだがな。といっても、オルテアのことを知っているのは、ハイルロジア領の者たちと、国王陛下ぐらいだ。知られても困るわけではないが、聖地を穢した者として罪に問われては厄介だと、フレデリクには口外しないように言われていてな」
「聖地を……? でも、シュラウド様とオルテアさんは仲良しなのですから、むしろ、聖獣と親しくなれた者として、尊敬をされるのではないでしょうか」
「皆がアミティのように考えてくれると良いのだが、そういうわけにもいかない。俺は嫌われているからな、ハイルロジア家から引きずり下ろす口実として、何か目立つことをすれば、あら探しをされる」
「そうなのですね……オルテアさんのことは、秘密なのですね」
「あぁ。秘密だ。俺と、アミティと、領地の者たちだけの秘密。……領民たちが誰かに話すこともあるだろうがな。とはいえ、俺については真偽の定かでない噂が多く出回っているからな、その中の一つ、程度に思われるだけだろうが……」
「シュラウド様の噂、ですか……」
「あぁ。もしかしたら王都で、嫌なことを聞くかもしれない。たとえば、出会った者を誰彼構わず切り裂く、とか。例えば、夜な夜な人間を襲っては食らっている、とかな」
「ひどい。シュラウド様はそのような方ではないのに……」
私はドレスのスカートを握りしめる。
それから身を乗り出して、私の正面に座っているシュラウド様の手を握った。
「シュラウド様が優しい方ということ、私がわかっています。……誰が何を言ったとしても、シュラウド様は私の暁の騎士……今は、黒薔薇の騎士様です」
シュラウド様は私の差し上げた眼帯をはめてくださっている。
顔の半分を薔薇の飾りが覆っていて、黒いお召し物と相俟って、夢のように美しい姿だ。
「俺は幸運の妖精、君だけの騎士だ、アミティ。次の街まではまだかかる。こちらにおいで」
シュラウド様は私の手を引くと、軽々と私を膝の上へと横抱きに抱き上げた。
揺れる馬車の中で少し不安定な姿勢になった私は、膝の上から落ちないようにシュラウド様の外套を掴んだ。
「今までは、馬車での移動は退屈で好きではなかった。馬に乗っている方が、ずっと良い。そう思っていた。……だが、君と二人きりでゆっくりできるというのは、良いな」
「は、はい……」
先程まで穏やかに会話をしていたのに、今は、シュラウド様の熱を体に感じて、少し緊張した。
触れる熱も、体に響く低い声も、私の腰を引き寄せる大きな手も、恥ずかしくて、けれど、嬉しい。
「数日、こうして二人きりで、誰にも邪魔をされることもなく、過ごすことができる。俺が何をしても、君は逃げることができない」
「シュラウド様から逃げたりなんて、しません」
「アミティ、先程の俺の噂は、半分はあっている気がするな。夜な夜な人を食べることはないが、いつでも、君を食べたいと思っている。獣のように」
「シュラウド様、私、シュラウド様のものですから、……シュラウド様の、好きに」
「アミティ、愛しているよ、俺の妖精。今すぐにでも獣のように君を食べてしまいたいが、ここではな。タウンハウスにつくまでは、――これだけで我慢しよう」
シュラウド様はそう言うと、私の唇に啄むような口付けを落とした。
軽く音を立てて唇が離れて、もう一度重なる。
私は体を震わせながらそれを受け入れる。
シュラウド様の長い前髪が私の頬に触れるのがくすぐったい。
やがて、唇を舌が割って入ってきて、私のそれと重なった。
「ん……」
シュラウド様の味がする。
砂糖を入れた珈琲のように、甘くて、少し苦い。
「……っ、ん、ん」
舌が絡み合う水音と、吐息と、零れる甘い声。
逞しい体に抱きしめられていると、ここがどこなのかも忘れてしまいそうになる。
不埒な指先が、スカートの下の大腿に触れて、私は切なく眉を寄せた。
ゆっくり景色を眺める時間は――もしかしたら、あまりないかもしれない。
でも、それでも別に構わない。
ずっと、こうしていたいと、思ってしまう。
私はシュラウド様の首に、甘えるように抱きついた。
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