フレデリク・ラッセルからの手紙
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アミティに、笑顔が増えた。
今日はジャニスや侍女たちと共に、胡桃の殻を剥いて、キャラメルを絡めた菓子を作るのだという。
ワインのおつまみにきっと合うと言って、嬉しそうに笑っていた。
侍女たちに混じり、エプロンを身につけて菓子を作ると張り切っているアミティは、とても可愛い。
どうやら、菓子をたくさん作って、オルテアに食べさせたいらしい。
最近のオルテアはアミティから菓子をもらうのを日課のようにしている。
少々調子に乗っている気がする。
「シュラウド様、国王陛下より手紙の返事が来ましたよ」
政務室の椅子に座って、珈琲を口にしながら、あまり好きではない書類仕事の合間に一息ついていると、アルフレードが扉を叩いて入ってきた。
アルフレードは、ラッセル王家の刻印の入った手紙を手にしている。
フレデリク・ラッセル、国王陛下は、オルステット公爵、アミティの父親の甥にあたる男である。
フレデリクの父親がオルステット公爵の兄。
つまり、アミティとフレデリクは、従兄妹の関係になる。
「そうか、やはり王都とハイルロジアは遠いな。手紙のやりとりをするだけで、二週間以上かかる。オルテアに乗れば一日もあればフレデリクに会いにいけるのだろうが、わざわざ出向いて会いたい相手でもないしな」
「シュラウド様は、あえて手紙を送ったのでしょう? 手紙を送るだけなのに、騎士団の中でも手練れの者を護衛につけて。案の定でしたよ」
「襲われたか?」
「ええ。二度、襲撃があったようです。野盗のように偽装されていたようですが、訓練された兵だという報告がありました。皆、ハイルロジア家の紋章を大きく刺繍した服をきていきましたからね。ハイルロジアからの使者だと目立つようにしていたせいか、行きに一度、帰りに一度、かなりの人数に襲われた、とのことです」
「我が騎士団の兵が、人数差のせいで負けることなどはないだろう。心配はしていなかったが、無事に戻って何よりだ。アルフレード、お前から労っておけ。特別に報奨もな」
「それなら、休みでもあげましょうか。金よりも休暇が欲しいと、兵士たちは口揃えて言いますからね」
アルフレードはそう言いながら、俺の机にそっと手紙を置いた。
ペーパーナイフで、蜜蝋の刻印で封をされている手紙を切って、開封する。
「襲撃者は、捕まえたか?」
「もちろん。数人捕縛して、連行してきていますよ。けれど、口を割りませんね。尋問は、続けてみますが」
「オルステット公の手のものだろうな。手放した娘のことが気になって仕方ないらしい」
王都へ向かわせた使者が襲撃されたとなれば、俺の予想は大方正しいと言える。
俺は手紙の文面に目を通した。
几帳面な文字で、手紙の返事は書かれている。
『シュラウド、君から手紙をもらうのは初めてだ』
そんな言葉から、手紙ははじまっていた。
オルステット家の娘を娶れと君に命じたのは、大方君の想像通りだ。
エドアルド・オルステット、私の叔父であり、私の父の弟であるオルステット公は、父とは対立関係にあったようだ。
といっても、オルステット公が一方的に父を嫌っていただけで、父はオルステット公についてはどうとも思っていなかったようだが。
そのような関係であったので、オルステット公は王家からの命を、聞くような者ではない。
まして、まだ若い私の命令などは、余計に。
アミティ・オルステットの境遇について、私はずっと気に病んでいた。
何が起こっているのかまではわからなかったが、一度も社交界に顔を出すこともなく、妹の話では、姉は体が弱いのだという一点張りだった。
オルステット公に尋ねてみたこともあるが、他人の家庭の事情に口を出すなと言われてしまってはな。
だが、どうにも妙だと思い、オルステット家を辞めたという使用人を探し出して話を聞き出したところ、オルステット家には娘はシェイリスしかいないのだという。
アミティという名前のものは知らない。
そういえば、白蛇と呼ばれる不気味な若い女の使用人が、そのような名前だった気がすると。
オルステット家に入り込むことはできず、もし、私の息のかかったものがアミティについて調べようとしていることが知られたら、アミティに何か危害が及ばないとも限らない。
それに、ただ、私の考えすぎかもしれない。
それ故、シュラウドに頼むことにした。
娘を娶りたいといえば、次女のシェイリスを寄越すのが順当だろう。
まして、体が弱く家から出ることができないというアミティを、嫁がせるようなことは、普通はしない。
オルステット家には娘はアミティしかいなくなり、長女であるアミティは婿を娶ることになる。
それならば良いと考えた。
だが、他の形になるのならば。ともかく、あの家からアミティを救いたいと考えたのだ。
一枚目の手紙を読み終えて、俺は口を笑みの形に歪めた。
予想通りではあるが、それなら先に言えとも思う。
アミティの置かれている立場を知らされていたなら、はじめてあった日に、アミティを傷つけることもなかっただろうに。
あの時のことを思い出すと、苦いものを噛み潰したような気持ちになる。
寒かっただろうし、怖かっただろう。
狼に襲われて、怪我もさせてしまった。
アミティを傷つけない方法が、他にもたくさんあったはずなのに。
「食えない男だ。フレデリクめ、オルステット公が死神にアミティを嫁がせることを予想して、俺に嫁を娶れと言ってきたのだろうな」
「まぁ、それはそうでしょうね。貴族の者たちからの、シュラウド様の評判は、最低も良いところですから。人殺しの死神。冷酷な軍人。片面の化け物です。色々と呼び名はありますよ」
「どれもこれも、悪くない。俺の強さをよく表している。だが、今の俺はアミティの暁の騎士だ。死神よりも、良い名だと思わないか?」
「黒薔薇の騎士もなかなか良いと思いますよ。……ともかく、そんなシュラウド様に大切なシェイリスを嫁がせるようなことは、公はしないでしょう。だとしたら、アミティ様を……というのは、予想はつきます」
「予想がついていたら言え、という話だがな」
「フレデリク様は慎重な方ですからね。確証がないことはあまり口にしないように思います」
「八割当たっていれば、それは正解と同義だろう。全く、人に物を頼むのなら、きちんと説明しろという話だ」
「シュラウド様も似た部分がありますからね。同類嫌悪というやつでしょうか」
アルフレードはそう言うと、肩をすくめた。
俺は手紙を折りたたんで、封筒の中に戻した。
「後は、建国の式典で会えるのを待っている、とかなんとか、そんなことしか書いていない。やはり、文字にするのは問題があるのだな」
「シュラウド様の予想が正しいのならば、そうでしょうね」
「神獣コルトアトルの愛し子。その体には、神獣の証が刻まれる。全ての聖獣を従え、神獣の声を聞くという」
それは、この国に伝わる伝承である。
ハイルロジア領に残されている、幸運を運ぶアウルムフェアリーの伝承も、神獣の愛し子の伝承から派生したものの一つだ。
神獣に愛されて生まれてくる人間。
その者は神獣の声を聞き、この国に平和と豊穣を齎すのだという。
神獣コルトアトルは、聖峰の頂で、愛し子が生まれるのを待っているのだと。
「まさしく、アミティ様です。アミティ様はオルテア様と話ができるのですよね」
「あぁ。……それに、アミティは幼い頃に、オルステット公に、背中の皮を剥がされている。……証があったのだろうな、おそらくは」
「ひどいことをなさる」
「余程、気に入らなかったのだろう。自分の娘とは思えない見た目をした娘に、その証があることが」
アミティの話では、オルステット公の奥方は、アミティをうんだ後に不義を疑われて、公にひどい目にあわされているらしい。
オルステット公はアミティを、奥方の不義の子だと思い込んでいるのかもしれない。
そうではなかったとわかっても、疑いは晴れず。
それならいっそ、化け物だと罵った方が、気が楽だったのかもしれない。
公の気持ちなどわからないが、己の娘を傷つけるなど、愚かなことだ。
「……動物でさえ、我が子を愛するというのにな」
俺の両親も、幼い弟妹を守るために、俺を売った。
子を愛さない親というのは、この世には存在するものだ。
だが、それはもう過去の話だ。
俺にはアミティがいる。
アミティには、俺が。
両親がどんな人間であれ、今はそれで、十分だ。
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