シュラウド様の着せ替え
私が作った眼帯は三種類。
一つは、薔薇の花の飾りがついたもの。
二つ目は、黒いリボンとフリルで飾り付けたもの。
三つ目は、蝶の飾りがついたもの。
縫い物が得意で良かった。
どれも全部可愛くできたと思う。
「シュラウド様、どれが良いでしょうか……もしよければ、着けてみてくださいますか?」
「俺のために作ってくれたのか、アミティ! 嬉しいよ、ありがとう」
ハイルロジアのお城の応接間には、シュラウド様と私、それから仕立て屋のコニーさん、私の侍女のジャニスさんと、シュラウド様の側近のアルフレードさんがいる。
私のドレスについての相談が終わったところで、私はいそいそと、作っておいた眼帯を取り出してシュラウド様に見せたというわけである。
シュラウド様は案の定嬉しそうに、笑みを浮かべてくださった。
眼帯を一つ一つ手にすると、しげしげと眺める。
「これを、アミティが?」
「まぁ! 素晴らしい縫製ですね、奥様! お世辞ではありませんよ、そのような不敬なことはいたしません。本当に、綺麗に縫われています。それにこのフリル、リボンも、薔薇の飾りも……! 蝶も布で作られているのですか? 素敵、素敵です、奥様、眼帯界に革命が起こりますよ、これは……!」
やや興奮気味に、コニーさんが身を乗り出してきて言った。
コニーさんはハイルロジア家のお抱えの仕立て屋さんで、シュラウド様のお洋服から、使用人の方々のお仕着せから、全てコニーさんのお店で作られているのだという。
私のドレスについても、熱心に相談に乗ってくれた。
私の婚礼の衣装もコニーさんが仕立ててくれたものだ。
念のために新しいドレスのための採寸をし直すと、婚礼の衣装を仕立てた時よりも少し肉付きが良くなっていて、とても良いことだと言われたので、貧弱な体を気にしていた私は、ちょっと嬉しかった。
「ありがとうございます、コニーさん。シュラウド様、顔立ちがとても華やかですから、眼帯も負けないぐらいに華やかなものが良いかなと思ったのですけれど」
「大変良いと思います! ハイルロジア様は着飾ることにあまり興味がない方ですから、眼帯も古めかしいでしょう? 作り直そうと何度も言ったのですけれどね、いらないの一点張りで」
「眼帯、格好良いと思います、私」
「ええ、ええ、そうですよね、目が隠れていることによる魅力というものも、この世の中には存在すると思うのですよ。身に纏う装飾品の一つですからね、眼帯も。奥様、わかっていらっしゃる……!」
「はい! ありがとうございます、コニーさん。もちろん、今のシュラウド様も素敵ですけれど、晩餐会には晩餐会用の眼帯が、良いかなと思うのです」
「どれもこれも素敵です、ハイルロジア様。その時々ハサミで切っているだけの伸ばしっぱなしの髪を縛って、華やかな眼帯を目立たせましょう」
「でも、……シュラウド様。お嫌でしたら、普通の眼帯でも、良いと思います。私、どんなシュラウド様でも素敵だと思っていますので……!」
コニーさんと二人で盛り上がってしまった。
シュラウド様、派手な眼帯がお嫌かもしれないのに。薔薇も、リボンも蝶々も、私は可愛いと思うのだけれど。
でも、シュラウド様は男性だから、もっと猛々しいものが良かったかもしれない。
例えば、何かしら。
虎、とか。
虎は、作れないわよね、多分。猫みたいになる気がする。
「嬉しいよ、アミティ。君が作ってくれたものを、嫌がるわけがないだろう。俺のために、縫ってくれたんだな。手は、大丈夫か? 怪我などしていないか?」
私の手から眼帯を受け取って、シュラウド様は丁寧に一つ一つテーブルの上においた。
それから、ソファの隣同士に座っている私の手をとって、確認するように視線を落とした。
「毎日君が健やかかどうか確認をしているからな、手に怪我などしていたらすぐに気づいているとは思うが」
「大丈夫です、私、お裁縫は……刺繍も、縫い物も、得意です。手先が、器用なんです」
「そうか。それならば良かった。縫い針が刺さって君の手に傷がついたらと思うと、心配になってしまうな」
「縫い物中に軽く手を刺すことはよくありますから、小さな傷ぐらい、なんでもありません。心配しなくても大丈夫ですよ」
「アミティ、だが、あまり無理はしないようにな。針が刺さったらすぐに俺に言ってほしい。然るべき治療をしよう」
「はい……ありがとうございます」
縫い物の時の怪我はほんの小さなものだから、治療するほどでもないのだけれど。
シュラウド様が私の手を握って真剣におっしゃるので、私は頷いた。
「……シュラウド様、コニーが困っていますよ。目の前でそう熱く見つめあわれては、私たちは邪魔なのかな、と、退室の必要性を確認したくなるのですが」
アルフレードさんに言われて、私は顔が赤くなるのを感じた。
シュラウド様は特に恥ずかしがる様子もなく、私の手を握り続けている。
「愛する妻が俺のために贈り物を用意してくれていたんだぞ、喜びを伝えるのは当然だろう。アミティ、嬉しい。今までもらったどの贈り物よりも嬉しい。いや、贈り物などもらったことはないのだがな」
「渡しているじゃないですか、シュラウド様。年末に必ず、一年のご挨拶で、使用人一同から粗品を。騎士団一同からも、粗品を」
やれやれと、アルフレードさんが肩をすくめた。
「使用人一同からは、去年は寂しい新年を迎える旦那様のために、ハイルロジア酒とおつまみ用のクッキーの詰め合わせでしたね」
「ジャニスたちは新年は旦那や子供と過ごしますからね。シュラウド様だけが一人きりですから、騎士団からは寂しくないように、ヒグマの置物を渡しましたね」
ジャニスさんとアルフレードさんに言われて、シュラウド様は深いため息をついた。
「お前たちからの毎年の粗品もありがたく受け取ってはいる。だが、愛する女性の手作りの眼帯だぞ……? アミティ、ありがとう。どれも素晴らしいな。迷ってしまうな」
「気に入ったものがあると良いのですけれど」
「どれも気に入っている。だから迷っている。アミティは、どれが良いと思う?」
「そうですね、私は……やっぱり、お祝いなので、薔薇でしょうか。薔薇の騎士様、格好良いです」
「そうか、薔薇の騎士か」
「はい……!」
シュラウド様はするりと、今つけている眼帯を解いた。
眼帯の下には、赤く焼け爛れて引きつれた皮膚と、虚になっている眼窩がある。
眼帯をしていなくても、片顔が焼け爛れていても、シュラウド様は美しい。
片面の欠損が、より一層シュラウド様の美しさを引き立てている気がする。
けれど、王都の貴族たちは、シュラウド様のお顔が怖いと思うのよね。
私を、蛇だと蔑んだように。
見た目の差異というのは、それだけで差別の対象になるものだと、シュラウド様は言っていた。
同じ形の人なんて、一人もいないのに。
私は貧弱で、ジャニスさんはふくよか。シュラウド様は逞しくて、アルフレードさんは細身。
みんな違う。
ここでは私を蔑む人はいなくて、どうして私は、今まで罪悪感を抱えて生きてきたのか、忘れてしまいそうになる。
「それでは、薔薇にしようか」
シュラウド様は薔薇が縫い付けてある眼帯を嵌めた。
眼帯の端から爛れた皮膚はどうしても見え隠れしてしまうけれど、眼帯の薔薇に先に目がいくので、むしろ目立たないような気がする。
それに。
「シュラウド様、素敵です……! 格好良い、シュラウド様、似合います……!」
「そうか、自分ではよくわからないが、それなら良かった」
シュラウド様は照れたように笑った。
想像以上に、シュラウド様の美しいお顔立ちに、黒い薔薇が似合う。
片顔から、花が咲いているみたい。
私は両手を握りしめて、興奮した。
すごい、格好良い、素敵、素敵。
いつも素敵だけれど、シュラウド様、素敵。
「旦那様、本当によく似合っていますよ!」
「シュラウド様、コニーに、その眼帯に合わせて衣装を考えてもらうのが良いかと思います。薔薇の騎士の名に相応しい服を仕立ててもらいましょう」
ジャニスさんとアルフレードさんも、シュラウド様の姿を見てやる気に漲っている。
コニーさんは両手を叩いて、「もちろん! 最高の黒薔薇の騎士を作り上げます!」と言った。
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