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翼ある蛇



 シュラウド様はご自分の体を確認するように、見下ろした。

 それから、逞しい胸に手を当てる。


「恐ろしいか、アミティ。……君は、自分の傷を恥じていたが、俺もこのように、な。背中の紋様も――君は、これが何かを知っているか?」


 ベッドに横たわっていた私は体を起こして、私の前に膝をついて座っているシュラウド様の手を握りしめる。

 私は――シュラウド様の明るさに、言葉に、仕草に、全てに救われた。

 だから、何を聞いても、何を知っても、驚いたりしない。


「恐ろしくなんて、ありません。……それは、……スレイ族の、崇める神の……」


「あぁ。蛇の紋様だ。君が白蛇といって嘲られていた、原因の一つ。スレイ族にとって神獣コルトアトルは、このような形をしている。……体の古傷も、背中の紋様も、俺が十五の頃に、刻まれた」


「……シュラウド様、つらいことなら、今はまだ、話さなくても大丈夫です。私……私が、あなたの癒しになるのなら、今は……」


「良いのか、アミティ。……君をこの手に抱く前に、見せなければと思っていた。俺を嫌悪してくれても、構わない。恥じているわけではないが、君の目には、醜悪な体だとうつるのではないか」


 私はシュラウド様の手から自分の手を離して、その首に腕を回して抱きついた。

 ぎゅっと力を入れて抱きつくと、その体はあたたかい。

 傷を受ける痛みも、苦しさも、私には馴染み深い感情だから。

 私とシュラウド様は同じではないとは思うけれど。

 少しでも、私があなたを大切だと思っていること――伝わって欲しい。


「シュラウド様の逞しい体も、精悍な顔立ちも、艶やかな黒髪も赤い瞳も、深く響くような声も、全て素敵です。けれど、たとえシュラウド様がどんな姿だったとしても、私はあなたに、恋をしました」


「……初夜の夜に、君に口説かれることになるとはな。ありがとう、アミティ。今の君なら、全ての男を虜にすることができるだろう」


「シュラウド様だけ、です。私を……あなたが、救ってくださった。深い暗闇の中で、ずっと、蹲っているようでした。……あなたが私を無理やり、暗闇の中から引きずりあげてくださるまでは」


「アミティ……愛している。俺を、受け入れてくれて、感謝する」


 シュラウド様は私の体を強く抱き返してくださった。

 とさりと、ベッドに倒されて、シュラウド様が私に覆いかぶさる。

 蝋燭に灯る炎に溶ける蜜蝋のように、とろけて揺らめく赤い瞳が私を熱心に見つめている。

 気恥ずかしさを感じて私は目を伏せて、けれど、今この瞬間を忘れたくなくて、シュラウド様をそっと見つめた。

 手を伸ばして、眼帯のしたに見えている、少し赤みをおびた爛れた皮膚に触れる。

 古い傷だけれど、生々しく残っているそれ。

 痛かっただろうと、思う。

 それでもシュラウド様は、私のように塞ぎ込むこともなく、何もかもに怯えることもなく、諦めることもなく――快活に、笑っている。


「シュラウド様……好き、です。あなたを、尊敬、します。私も、あなたのように強く在りたい」

 

 シュラウド様は愛し気に目を細めて、傷に触れる私の手を取ると、その手の平に口づけた。


「君は、十分強い。アミティ。誰も恨まず、憎まず、……消えることを望める人を、俺は弱いとは思わない」


「あなたの言葉は、いつも私を、救ってくださいます」


「俺もそれは同じだ。アミティ、君が欲しい。君は俺のものだが、もっと深く、強く、君と繋がりたい」


 赤い瞳に、炎が灯ったような気がした。

 その瞳で見つめられるだけで、私は――心臓が、おかしいぐらいに早く、鼓動を打っている。


「私も、シュラウド様……私も、あなたのものに……私の全部をあなたのものに、してください」


「それは、殺し文句だろう。……もう、待てはできない。だが、痛かったり嫌だったら、必ず言って欲しい。可能な限り、優しくする」


 シュラウド様の唇が、私の首筋に触れる。

 ぞわりとしたものが肌を粟立てた。

 それは嫌悪とは違う何か。

 体の中心に熱がともるような、恥ずかしくて落ち着かなくて、逃げ出したいような気もするけれど、もっと、触れて欲しいと思う。相反する感情がぐるぐると胸の中に渦巻いて、瞳に涙の膜が張った。

 私を――シュラウド様が欲しがってくださっている。

 唇が触れて、大きくて硬い手の感触が体に触れると、言葉よりも一層強くそれが感じられて、こんな私でも、あなたに欲して頂ける。あなたを、喜ばせることができるのが、嬉しい。


「シュラウド様、好きです、……好き、大好き、です……」


 言葉というのは不安定で、形のない揺らめく蜃気楼のような感情を、けれど春に咲いた裏庭の小さな花みたいな感情を、好き、という一言でしか表せないけれど。

 こうして、触れ合うと、互いの境界が曖昧になって本当に、一つに溶け合うことができる、みたいに。

 私があなたを求めていること、あなたが私を、求めてくださっていること。

 言葉がなくても、分かる、から。


「アミティ、愛している。俺のアミティ。……君のすべては、俺のものだ。他の誰にも渡したりしない」


 まだ花の咲かない蕾の花弁を、ゆっくりと丁寧に、優しく剥いていくようにして、シュラウド様は私の体を開いていく。

 私はシュラウド様の蛇の紋様のある背中に手を這わせて、その筋肉の隆起を確かめるように、幾度も撫でる。

 呼吸の音が聞こえるほど、近くて。

 心臓の音が重なるほどに、あなたが傍にあって。

 蜜蝋が、部屋を優しく照らしている。

 シーツに落ちる陰影が形を変えるたび、私は小さく吐息を漏らした。

 それはまるで、どこまでも甘く淫らな揺り籠の中で揺蕩っているようだった。


「アミティ……大丈夫か、辛くないか」


 シュラウド様は、何度も私にそう聞いてくださった。

 自分の体がどこにあるのか、どんな形をしているかさえ忘れそうになるほどの熱に翻弄されながら、私は頷く。

 シュラウド様の声は、言葉は、その全ては――私の、明るい灯のように、いつだって輝いている。

 今日のこと、私はきっと忘れたりしない。

 もし何かが私に起こって忘れてしまったとしても――必ず、思い出すことができる。

 きっと。



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