婚礼の衣装と最初の夜と
ハイルロジアのお城の一角にある教会の、聖堂の奥には翼のある女性の絵が描かれている。
両手を広げた女性は、片手に天秤を、片手に剣を持っている。
この姿もまた、神獣コルトアトル様の姿なのだという。
コルトアトル様を描くことや彫刻を造ることは自由であり、その姿形を創造することも自由。
神獣コルトアトル様の横には、白い髪と白い服を着た少女の姿が描かれている。
その少女が、シュラウド様がおっしゃっていた、幸運の妖精である、アウルムフェアリー。
アウルムフェアリーが幸運を呼ぶと言われているのは、聖地への導き手という言い伝えがあるからだと、シュラウド様は教えてくださった。
それはただの言い伝えなので、おとぎ話のようなものらしいのだけれど。
聖峰から程近い場所にあるハイルロジアの街の人々は、神獣コルトアトル様への信仰心があつい。そのため、その言い伝えも生まれたのだろう。アウルムフェアリーを手に入れたものは聖地へのぼることができる。
それは神獣コルトアトル様に会えるということ。
──俺のように文句を言いに行くわけではなく、皆、信仰しているからこそ、神獣コルトアトルに会えることを至上の喜びだと思っているわけだ。
シュラウド様は苦笑まじりにそう言っていた。
私は立派な聖堂の、祭壇の前に立って、そんなことを思い出していた。
「健やかなる時も、病める時も、アミティ・オルステットを愛し、共に手を取り合って歩んでいくことを誓いますか?」
「誓います」
私の隣で、婚礼の煌びやかな衣装に身を包んだシュラウド様が神父様に問われて、厳かに言った。
黒衣に、赤いマントを羽織って、金の飾りを身につけたシュラウド様は、輝くほどに素敵。
立派な体躯と、堂々とした振る舞いで、元々大きいのに、もっと大きく見える。
「アミティ・オルステットは、シュラウド・ハイルロジアの妻になり、生涯愛し続けることを誓いますか?」
「はい……」
緊張から、声が小さくなってしまう。
この日のために準備していただいたドレスはとても豪華なもので、光沢のある白い生地がたっぷりと使われていて、スカートの裾を持ってもらわないと転んでしまいそうなほどだ。
腕や首や肩はレースでできた透け感のある生地で、背中から蝶の羽のように、レースがふわりと床に伸びている。
頭には金飾りにシュラウド様の瞳の色の、ガーネットの宝石があしらわれている。
やっぱりまだ、慣れない。
綺麗な格好をすると気後れしてしまうし、どうしても緊張してしまう。
それでもシュラウド様とこの日を迎えられたことが嬉しい。
「アミティ、愛している。君を、私は守ると誓う。ハイルロジアの名にかけて」
私の左手の薬指に、シュラウド様の名前の彫られた金の指輪が嵌められる。
私の名前が彫られた指輪を、私は慎重に、シュラウド様の左手の薬指に嵌めた。
そっと手が引かれて、手の甲へと口付けられる。
参列の方々から拍手があがる。
アルフレードさんや、側近の方々。
ジャニスさんや、侍女の方々。
シュラウド様には家族が誰もいらっしゃらなくて、私にも──家族はいるけれどいないようなものだから。
誰を呼びたいと問われたから、いつも優しくしてくださるジャニスさんや、侍女の方々をお願いした。
シュラウド様はそれだけでは寂しいなと、アルフレードさんや側近の方々を呼んでくださった。
ずっと一人きりだった私にとっては、勿体無いぐらいに立派なお祝いをしていただいて、唇が手の甲に触れると、自然と涙がはらりとこぼれた。
私は、これで──シュラウド様と、家族になる。
シュラウド様は何度も言葉で伝えてくださったし、疑うことなんて少しもないのだけれど。
でも、こうして儀式を行うと、本当に特別な関係になれた気がして、嬉しい。
シュラウド様は私を軽々と抱き上げた。
「アミティはすでに俺のものだが、これで正式に俺のものになった。今日からオルステットの名を捨て、アミティ・ハイルロジアとなる。皆、俺の大切な妻だ。丁重に扱うようにな」
シュラウド様がどこか得意げに、いつもの調子でおっしゃったので、みんな緊張が解けたようにして、笑い声が広がる。
拍手と歓声と笑顔に見送られながら、私はシュラウド様に抱き上げられて、お城の最上階にある寝室へと向かった。
ハイルロジアのお城は三階建てで、最上階にある主寝室はこの日のために飾り付けられていた。
中央にある天蓋のある大きなベッドには、白い花が散らされていて、花瓶にも色とりどりの花が生けられている。
テーブルにはお酒とお祝いのお菓子が用意してあって、お酒のほかにも水差しや、紅茶や、果実水の瓶など、いろいろな飲み物が準備されている。
燭台には蜜蝋が灯っていて、夕暮れの部屋を優しく照らしていた。
香炉からは甘い香りが漂っている。
シュラウド様とはこのお部屋で夜を共にしたけれど、シュラウド様は私の手を握ってくださったり、抱きしめてくださったりするだけで、それ以上のことはしようとはしなかった。
でも、今日は。
夫婦になることが、できる。
それはすごく、嬉しい。シュラウド様のものに、していただきたい。
私の全てを、シュラウド様に差し上げたい。
「アミティ、君はいつも美しいが、今日も美しい。純白のドレスに身を包んだ幸運の妖精をこの手に抱けるとは。俺は幸せ者だ」
シュラウド様は私をベッドに降ろすと、マントを外して床に雑に放り投げて、私の隣に座った。
手をとって指先に口付けられると、くすぐったさを感じる。
「シュラウド様、好き、です。あなたが、好き。……幸せ、です」
「俺も君を愛している。口付けても良いか、俺の、妖精」
「は、はい……」
低い声で囁くように問われて、私は頷いた。
唇が重なる。
何度か離れては重なる唇が、深く合わさる。
唇を割って中に入ってきた舌が、私の舌を絡めとった。
触れ合う粘膜が、そこから体が蕩けていくみたいで、頭の奥がじんと痺れて、私は小さく震えた。
シュラウド様に抱き寄せられて、髪やドレスが乱れる。
「ん……」
はしたない音が、静かな部屋にやけにうるさく響く。
深い口づけは初めてではないけれど、呼吸をどうすれば良いのか、まだ慣れない。
それでも幸せで、もっとしていただきたくて、けれどやっぱり恥ずかしくて。
口づけられると、すぐに、何も考えられなくなってしまう。
「アミティ、今から君を抱く。だが、もし怖かったり、嫌だったりしたら、すぐに言ってくれ。傷つけたくはない」
「大丈夫です、私、シュラウド様のこと、怖くないです。嫌なことも、何も、ありません」
「健気な言葉はもちろん嬉しい。だが、本当に無理はしないで欲しい。心の準備もあるだろうしな」
「準備なら、いつでも、できています。……シュラウド様、私……あなたのものに、なりたい」
私はシュラウド様に手を伸ばした。
ドレスが汚れてしまうとか、整えてもらった髪型が崩れてしまうとか。
そんなことは、今は、気にしなくて良いように思えた。
甘えるように手を伸ばすと、すぐに、抱きしめ返してくださる。
太い腕が、硬い体が、体に触れる。
シュラウド様はしばらく私を抱きしめていたけれど、そっと体を離すと、上着とシャツを脱いで、床に投げ捨てた。
シュラウド様の鍛え抜かれた体には、傷跡が多く残っている。
そしてその背中には、背中一面に広がるほど大きく、翼のある蛇の紋様が描かれていた。
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