ジャニス、栗のタルトを二十個食べる
サクサクとしたタルト生地の中に、栗のペーストと、ごろごろに砕いた栗が入っている。
口の中に広がるまったりとした優しい甘みに、私は口を押さえて、私の正面に座ってにこにこしながら私を見つめているシュラウド様に視線を向けた。
「美味しい……美味しいです、シュラウド様、美味しい……」
「そうか、よかったな。そんなに旨いか?」
「は、はい、美味しい……甘い、です。甘くて、美味しい。栗、はじめて食べました。ケーキも、はじめて食べました。美味しいです……」
「好きなだけ食べると良い。ジャニスなどは平気で二十は食うぞ。土産に、百個頼んであるから、アミティもジャニスに負けず、たくさん食べるんだぞ」
小さな子供に諭すような口調でシュラウド様がおっしゃるので、私はくすくす笑った。
私、笑うことができている。
シュラウド様が、好き。
そう思うだけで、胸の中にあった息が詰まるような閉塞感も、苦しさも、全部あたたかい何かに変わっていくみたいに思えた。
「栗だけでなく、胡桃のケーキも人気がある。春先にはイチゴのタルトや、チーズや、レモンクリーム、ブルーベリーのタルトなども旨い。楽しみだな、アミティ。これから同じ季節を、共に過ごすたび、君との思い出が増える」
「はい……シュラウド様が美味しいとおっしゃっているものや、楽しいと、感じること……私、知りたいです。たくさん、一緒に」
シュラウド様は早々にご自分の分の栗のタルトを食べ終えて、珈琲を口にしている。
珈琲にはふわふわしたクリームが乗っている。
すごく甘そうに見えたけれど、栗のタルトにあわせてくれているのか、すっきりとした味わいだった。
私も一口、珈琲を飲む。
まったりとしていて甘かった口の中が少しさっぱりする。
少し苦くて、でも、クリームのおかげで優しい甘味もあって、美味しい。
「俺の妖精は、愛らしいことを言ってくれるのだな。アミティ、口にクリームがついている」
シュラウド様はテーブルの上に身を乗り出すと、私に手を伸ばして指先で唇を拭ってくださった。
そのまま、ぺろりと指先を舐める。
なんだか恥ずかしくて、私は顔が熱くなるのを感じた。
胸が高鳴って、息が苦しいのに、嫌なことは何もなくて。
「甘いな、アミティ」
「は、はい……」
私は落ち着かない気持ちで、栗のタルトを食べた。
お店の店員の女性たちが「ハイルロジア様がでれでれしているわよ」「貴重なお姿だけれど、人前であんなことをするのはどうなのかしら」「あら、強引な男というのは悪くないわよ」などと、小さな声で噂している。
栗のタルトを食べ終わる頃には、お土産用の栗のタルトが百個、包み終わっていた。
店長さんと思しき男性が「今日はこれで店じまいですよ、ハイルロジア様。次からはもっと早めに注文してくれると助かります」と、苦笑まじりに言っていた。
シュラウド様は私とお土産の栗のタルトを抱えてオルテアさんの背中に乗って、ハイルロジアのお城へと戻った。
『甘い香りがするな』
空を飛びながら、オルテアさんが言う。
「オルテアさんは、栗のタルトを食べるのですか?」
「さぁ。よく知らんな。オルテアたち聖獣は、人を食うのではないか?」
シュラウド様の言葉に、オルテアさんは不機嫌そうに喉を鳴らした。
『無礼な小僧め。人など食わん』
「食べないそうです……」
「オルテアが食事をしているところなど見たことがないな」
「オルテアさんは何が好きなのですか……?」
『娘。アミティと言ったか。その甘いものを、食わせろ』
「オルテアさんも、栗のタルトが食べたいみたいです……」
「そうか。なんだ、食いたかったのなら早く言えば良いものを」
『その馬鹿者には俺の声は聞こえない。お前には、聞こえる。……アミティ。お前からは何か特別なものを感じる』
「私が、特別、ですか……?」
「オルテア。口説くな。アミティは俺のものだ」
『口説いてなどおらん、馬鹿者め』
オルテアさんはそう言って黙り込んでしまった。
シュラウド様は私を強く抱きしめながら「オルテアは見た目はうさぎのようで可愛いかもしれないが、駄目だぞ、アミティ。君は俺のものだからな」と、拗ねたようにおっしゃる。
私はシュラウド様の体に自分の体をぴったりくっつけて、頷いた。
「私は、シュラウド様のものです。私、で、よければ……ずっと、おそばにおいてください」
「もちろんだ。そうとなれば、ハイルロジアの城に戻ったら、すぐに挙式の準備をしよう。花嫁衣装を着た君も、とても美しいのだろうな。着飾った君を見られることが楽しみだ」
「は、はい……ありがとうございます。……シュラウド様も、素敵です。今も、素敵、です」
「嬉しいことを言ってくれるな。俺のような男を素敵だとは」
「本当に、そう、思っていて……」
「顔の半分が崩れているが、怖くはないか?」
「怖くなんて……! 逞しくて、精悍で、眩しくて……輝いて、見えます」
「そうか。それでは俺の二つ名も、死神などではなく、そうだな……太陽、などにして貰えば良いかな」
「太陽の、……騎士、でしょうか……? シュラウド様の黒い髪や、赤い瞳は、夜明けの空のようです。暁の騎士……私の、光です」
「アミティ、……なんだか、照れてしまうな。だが、ありがとう。俺は君の、光であり続けたい。この先ずっと、何があっても、君の世界を曇らせるようなことはしない」
「はい……!」
私は嬉しくなって、シュラウド様の胸に頬を押し付けた。
どくどくと響く心臓の音に安心して、目を伏せる。
たくさん迷惑をかけてしまったけれど、森の中で助けていただいて、よかった。
もう、消え去りたいとなんて思わない。
シュラウド様と一緒にいたい。ずっと、一緒に。
ハイルロジアのお城に戻ると、ジャニスさんや、侍女の方々が迎え入れてくれた。
ジャニスさんは私を抱きしめて声をあげて泣いた後、お土産の栗のタルトに目を輝かせていた。
侍女の方々がこぞって「ジャニス先輩は栗のタルトを二十個食べるのですよ」「本当に」「本当です、アミティ様」と、それはもう口々に教えてくれた。
ジャニスさんは「十個が限界です」と言っていたけれど、「アミティ様のために本気を出しますね」と言って、お茶の時間になると、本当に二十個食べてしまった。
私はその姿を見せていただきながら、感嘆のため息をついた。
美味しそうにケーキを食べる姿というのは、見ていて幸せな気持ちになるのね。
シュラウド様が私を見ながらにこにこしていた気持ちが、理解できた気がした。
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