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栗のタルトと空飛ぶ獣



 オルテアさんは、獣のように見える。

 けれど──。


『馬鹿者は、コルトアトル様に会わせろと神域に怒鳴り込んできた。聖獣たちと戦い半死半生になりながらな。我は呆れ果てて、だがその胆力に感服して、馬鹿者を背に乗せて人の里に返した。それ以来、我は馬鹿者の守護者として存在している』


「シュラウド様、大変なお怪我をなさったのですか……?」


 オルテアさんの言葉にびっくりして、私はシュラウド様を見つめる。

 先ほどの口ぶりでは、何事もなく行って帰ってきたように聞こえたのだけれど。


「怪我などしていないぞ。いや、したか。俺は生きているのだから、大した問題ではない。アミティ、心配か?」


「心配です……」


「ありがとう、アミティ。今後は極力無謀なことはしないように気をつける。君に心配をかけるのはいけないな。あれは、何年前だったか。十年ほど前か? オルテアとはそれ以来の腐れ縁だ」


「シュラウド様、今もとてもお若いのに、もっとお若い頃に聖峰に……?」


「あぁ。若いが故の無謀だっただろうか。そもそも、スレイ族がハイルロジアの領土を侵そうとするのは、神獣コルトアトルなどがいるからだ。お前がどうにかしろと言いたくもなるだろう。人間たちが争うのを知って、高みの見物とはな」


『人間どもが土地を巡り争うことは、我らには関係のないことだ。コルトアトル様の御心は、我らにもわからん。その姿を見ることさえできん。我らはただ聖地を守りし存在。それ以上でも、以下でもない』


「そうなのですね……」


 神獣と呼ばれる存在が、国にとってどのようなものなのか私にはよくわからない。

 けれど、オルテアさんの言葉の意味は理解できるような気がした。

 コルトアトル様を人々は神だと思い込んでいるけれど──直接その姿を見た人はいないのだから。コルトアトル様が人々にとってどんな存在なのかなんて、わからない。


「ところで、アミティ。オルテアはなんと言っているんだ?」


「シュラウド様には、オルテアさんの声が聞こえないのですか?」


「あぁ。わからないな。何か言いたげに俺を見ていることはあるが、声が聞こえたことはない。まぁ、知能は高いのだろうとは、なんとなく思っていたのだが。ただの猫ではないのだろうなと」


『猫だと。馬鹿者め。娘、その男に伝えろ。猫ではない。誇り高き獅子であるとな』


 オルテアさんが吠えるように言った。

 怒っているみたいだけれど、シュラウド様のことは多分、好きなのだと思う。

 そうじゃなければ、背中に乗せたりはしてくれないのだろうから。


「シュラウド様、猫ではなくて、獅子だそうです」


「そうか、そうか。獅子か。顔立ちは猫かうさぎのように愛らしいのだがな。毛並みも良い。どういうわけかオルテアは俺のそばを離れないのだ。だが、他の人間が現れると姿を消すのでな。笛の合図で姿を現すようにと伝えてある。俺が空を飛びたい時、呼び出せないと不自由だろう」


「……オルテアさんは、普段どこにいるのですか」


『姿を消している。我は聖なる獣。その辺りの人間に撫でられるのは辛抱ならんが、食い殺してはならんと馬鹿者が言うのでな』


「撫でてはいけないのですね……気をつけます」


『娘。……お前は、良い。そんな気がする』


「あ……ありがとうございます……!」


 オルテアさんはふわふわだから、触りたくなってしまう気持ちも分かる。

 ふわふわの動物というものを私は触ったことがない。

 一人きりで、裏庭で座っていたりすると、小鳥や野良猫が寄ってくることはあったけれど。

 動物は不浄のものと言われているから、公爵家の庭に入り込んでいることに気づかれたら、酷い目に遭ってしまう。

 だから、触ったりしたことはなかった。私が動物たちを招いていると思われれば、余計に、酷いことが起きてしまうだろうから。

 でも、オルテアさんは撫でて良いのね。

 ふわふわした毛並みに手を伸ばして、そっと撫でる。

 私が今まで触ったどの生地よりも、ふわふわしている。


「……オルテア。アミティは俺のものだ。口説くな」


『口説いてなどおらん。馬鹿者め』


 シュラウド様にはオルテアさんの声が聞こえないのに、まるで会話をしているみたいなのがおかしくて。

 私は、シュラウド様の腕の中でくすくす笑った。

 ごく自然に笑うことができているのがすごく不思議で、胸の奥がほんのりと温かい。

 シュラウド様は私を力強く抱き寄せて言った。


「アミティ、街だ。首都ヴィーゼル。ハイルロジアの屋敷……城と呼んだ方が良いかな。城から、一番近い街だ。ハイルロジア領の中では一番大きい」


「わぁ……!」


 空から見る街は、とても大きい。

 ぐるりと周囲を高い壁で囲っていて、白い建物が並んでいる。

 公爵家の屋敷もハイルロジアのお城もみんな大きいけれど、街はもっと大きい。

 オルテアさんは街の中心に降り立った。

 道ゆく人たちは、私たちの姿を見ると嬉しそうに近づいてくる。


「ハイルロジア様!」

「今日は街に来られたのですか!」

「そちらの綺麗な方はどなたです?」


 口々に人々がシュラウド様に話しかける。

 たくさんの人に囲まれて圧倒されるばかりの私を抱き上げたまま、シュラウド様はオルテアさんの背中から軽々と降りた。


「この女性は、俺のアウルムフェアリー。幸運を呼ぶ愛しい妖精だ。今日はお忍びでデートに来たのだから、あまり騒ぎ立てるな」


 シュラウド様に言われて、人々は「聖獣様に乗りご登場されて、何がお忍びですか」「しかし、美しい……本当に妖精を攫ってきたようですね」と、声を立てて笑っている。

 いつの間にか、オルテアさんは姿を消していた。

 シュラウド様は楽しそうに「まずは着る物と履き物を買おう。一番上等なドレスにしようか。それから、朝食を食べて、栗のタルトを百個ばかり買って帰ろう!」と言った。

 


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