恋人の口づけと空飛ぶ獣
シュラウド様は私を抱きしめたまま体をぐるりと反転させた。
私の体の上にシュラウド様がいて、私に重みをかけないようにだろう、両手を私の顔の横に突いて体を少し浮かせてくれている。
両膝を突いてはいるけれど、僅かな圧迫感を感じた。
その重みさえ、今は愛しいような、気がする。
シュラウド様は熱心に、私のこぼれた涙に唇をつけて、啜った。
まるで、大きな動物に顔をなめられているみたいで、くすぐったい。
それから、恥ずかしい。
「シュラウド様……っ、だめ、です、こんな……」
「何がいけない?」
「私、恥ずかしくて……こんなこと、されたのは初めて、で……」
「アミティ、初めてで良かった。もし他の男が君に同じように触れていたとしたら、今すぐ締め上げて雑巾のように絞ってやるところだった」
「雑巾のように……?」
「あぁ。雑巾のように」
「……私に触れたいと思う方なんて、いません。シュラウド様だけです」
「最高だな。俺は最高に運が良い。君の側に、君の魅力に気づくことのできる色男がいなくてよかった。アミティ、泣き顔があまりにも愛らしくて、流れる涙さえ惜しかった。愛らしい俺の妖精。寂しかったな、辛かったな、よく耐えた」
「シュラウド様……」
「もう、大丈夫だ、アミティ。君の辛さは、全て俺が肩代わりしよう。寂しい夜はもう来ない。悪夢を見る夜は、夢の中に俺は必ず君を助けにいく。だから、寂しい時は寂しいと、悲しい時は悲しいと言って、思い切り俺に甘えると良い。無論、押し倒してくれても構わないぞ。嬉しいだけだからな」
「はい……っ、ありがとう、ございます……なんだか、シュラウド様と一緒にいると、もう大丈夫って、思えるのです」
私は小さな声で、そう言った。
それは、本当。
ひとしきり泣いたら、涙も止まったみたいだ。
「そうか。それは良い! それでは、もっと元気になるように、街に朝食を食べに行こう。アミティ、君の服も買おう。これは、自慢なのだが、ハイルロジア領の首都ヴィーゼルは、王都と同じぐらい栄えている。アミティ、王都には行ったことがあるか?」
「ありません、私、家から出たのは、これが初めてで……」
「君の目にする初めての街が俺の領地の街とは……! 素晴らしいな」
「は、はい……」
「アミティ、早速行こう。……と、言いたいところだが」
シュラウド様は何かを考え直したように、一度言葉を区切ると、私をじっと見つめた。
「おはよう、アミティ。出かける前に、口づけがしたいが、良いか?」
シュラウド様に尋ねられて、私は、昨日よりもずっと羞恥心を感じていることに気づいた。
胸が、高鳴る。
顔が燃えるように熱くて、息が苦しいぐらいに。
「……っ、はい……」
「愛らしいな、俺の妖精は。口づけだけで、これほど恥じらってくれるとは。……だが、俺は遠慮はしないぞ。君は俺のものだからな。もし、俺が恐ろしければすぐに言ってくれ。その時は、……場合によっては、譲歩する」
「え、ええ、あ、あの……っ、ふ、……ぁ、ん、……ん……」
唇が重なったと思ったら、角度を変えて幾度も口付けられる。
きつく閉じた唇の間をつつくように、ぬるりと舐められる。
思わず開いた唇の狭間から、シュラウド様のあつくて大きな舌が、私の口の中に入ってくる。
あまりのことに目を白黒させていると、そのまま舌は私の口の中を全て満たした。
すぐにいっぱいになって、息苦しさを感じる。
私はシュラウド様の服をぎゅっと掴んだ。
これ、なに。
こんなのは、知らない。
知らないし、すごく、恥ずかしくて、淫らで、どうにかなってしまいそう。
「……ん、んっ、……ぁ、ん……っ」
甘い水音が、耳に直接響いているみたいだ。
嫌悪感は何もないけれど、ただただ、恥ずかしくて、体が甘く切ない。
荒波に呑まれているように苦しくて、でも、やめてほしくなくて、どうしたら良いのかわからなくて。
(これは、口づけ……? こんなに、激しいの……?)
頭の中が疑問と戸惑いでいっぱいで、でも、愛しくて、幸せで。
触れ合った粘膜から、体がとろりと蕩けてしまいそうな気がした。
「……っ、は、ぁ……ぁ……」
呼吸ができなくて、私はシュラウド様の服を引っ張る。
息が苦しい。
唇が離れると、舌先に繋がる銀糸を私は、ぼんやりと眺めていた。
はあはあと荒い息をつく私の目尻や唇や額に、シュラウド様は何度も唇を落とした。
「俺の妖精は、本当に愛らしい。怖くはなかったか?」
私は首を振った。
怖くはない。けれど、体に力が入らなくて、話すことはできそうにない。
「それはよかった。アミティ、これは、恋人や夫婦の口づけだ。君から俺にしてくれても良い。俺はいつでも大歓迎だ」
「……わ、私、初めて、で……何か粗相は、しませんでしたでしょうか……」
「そのように気遣う必要はない。君は俺を感じて、俺に溺れていれば良い。さぁ、行こうか、アミティ。朝食だ」
シュラウド様は私の上から退くと、私に手を伸ばした。
私は困り果ててその手を見つめる。
どうしよう。動けそうにない。どうしたら、良いのかしら。
「もしかして、腰が抜けて、動けないのか?」
「……は、はい」
私が頷くと、シュラウド様はそれはそれは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「なんて可愛らしいんだろうな、君は。……もしかして、男心を鷲掴みにする天然の才能があるのではないか。そのような顔は、俺以外に見せてはいけない。約束だ」
「……シュラウド様が、私を、こんなふうにしたので、……だから、その、シュラウド様にしか、見せません、から……」
「……なんだか、出かけるのが嫌になってしまったな。もう一度、したい。……したいが、今は我慢しよう。雷獣が、俺の帰りを待っている」
「らいじゅう……?」
「あぁ。空飛ぶ獣だ」
私は聞きなれない言葉に、目をぱちくりさせた。
シュラウド様はベッドから降りて身支度を整えると靴を履いて、私を抱き上げた。
それから、私を抱き上げたまま悠々と部屋を出た。
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