7 橙山華と「虹色棋士」
Commenterの検索で、橙山華と名前を入れてタップする。「HANA TOYAMA(橙山華)」と漢字とローマ字の両方で記された華のアカウントが見つかった。
アイコンは水色のユニを着た華のバストアップだが、虹子が驚いたのは背景の画像だ。小学校時代の城北ウイングの集合写真だった。中央には男子の仲間たちに囲まれて、虹色のヘアバンドを付けた虹子が、華と一緒に映っている。
「こんな写真SNSに載せるなら、あたしに許可ぐらい取れっての・・・」
そう独り言を呟きながらも、虹子は嬉しさを隠せなかった。フォロワー数は3000人ほど。星野夕輝とは比較にならないが、アンダー代表選手だけあって、すでにファンも多いのかもしれない。
投稿内容はサッカーのことばかり。「今日も練習がんばります」とか「もっとシュート練習しなくちゃ」とか、もう清々しいまでに、真面目で真っ直ぐな内容が書き連ねてある。
虹子はそれを眺めながら、ジュニアの頃から寝ても覚めてもサッカーのことばかり語っていた彼女の顔を浮かべた。
「あ、そうだ」
ちょっと思い立って、虹子はオンライン将棋の情報交換でしか使っていない「虹色天使」のアカウントで、華のアカウントをフォローしてみた。さらにダイレクトメッセージを送ろうとしたが、ダメだった。
Commenterは個人に直接メッセージを送れるが、華のアカウントはお互いにフォローしていなければ、個人あてにメッセージを送れない設定だった。
まさか他のフォロワーが閲覧できる場所で、華のコメントのリプに「華、あたしだよ。虹子だよ」とメッセージを書くわけにも行かない。虹子はちょっと考えて「よしっ」と頷く。
「虹色棋士」のアカウントで「明後日はセレクションの日。楽しむぞ」とコメントした。虹のペンダントをアイコンにした「虹色棋士」のフォロワーは5000人のフォロワーがいる。おそらく将棋ファンばかりで、すぐに何件か「いいね」が付いた。
いくつか「何のセレクションか分からないけど頑張って」とか「ついにリアルな棋士に挑戦か?」と言ったリプライが来ている。これで華が気付くこともないだろうけど・・・そう思いながらも、内心ちょっとだけ期待はしていた。
東京ヤングシスターズのセレクション前日、”自称”弟分の古賀凌駕が学校からまっすぐ飛鳥山に来てくれた。数日、雨続きだった空も晴れており、まだ日は高い。
「いつも暗いところで一緒にやってるから新鮮だなあ」
さりげなく口にする凌駕に、心の中で感謝しながらも虹子は「あんたの顔なんて別に見たくないけど、ボールが見やすいと有難いね」といつもの感じで返す。凌駕はあからさまに膨れっ面をした。
「ぶりっこ系のわがままプー女子か!」
1時間ほど、ひたすら1対1をやった。ボールを再び蹴り始めて、最初の頃は凌駕に全く歯が立たなかったが、練習を続けるうち5、6回に1回ぐらいはドリブルで逆を取ったり、守備ではボールを足にひっかけられるようになった。
凌駕も「ブラボー!」と叫んだり、虹子に向けてサムアップしたりして、虹子を調子に乗せてくれる。練習が一息つくと、公園内の自販でスポーツドリンクとミネラルウォーターを買い、半分に割る。
市販のスポーツドリンクは選手にとって濃すぎるので、水と半々でというのは城北ジュニアで覚えた二人の共有事項だった。
コップも無いので凌駕はスポーツドリンク、虹子は水の方をちょっと飲んでから交互に移して、なるべく均等にする。
世間的には間接キスというやつだが、凌駕は全く気にする様子もなく、半分に薄めた液体を飲む。虹子も全く気にしないふりをして、もう1本の方をグビグビと飲んだ。こんなの星野夕輝に見られたら、烈火の如く怒られないだろうか。
虹子はさらに吊り上がった彼女の両目を想像してビクッとしたが、そもそも二人がちゃんと付き合っているかどうかも知らない。
「ま、いっか」
凌駕「えっ?」
虹子「ああ・・・そう言えばさ、リョウちゃんってSNSのCommenterやってる?」
凌駕「うん。匿名で1つアカウント持ってるけど。虹ねえにも教えられないな」
虹子「さては、可愛いアイドルの女の子ばっかりフォローしてるとか」
凌駕「ちげ〜よ。e-スポーツって知ってる?」
虹子「オンラインゲームで点数とか競うやつだよね。サッカーもあったっけ」
凌駕「そうそう。あれ、サッカーの状況判断とか反射神経を高めるのに効果的なんだよ。サッカーゲームに限らずね。戦略性も養えるしさ」
虹子「へえ〜って、そんな最もらしい理由つけて、楽しんでるだけでしょ」
凌駕「それもある。楽しいよ。でも実名でやると何かと問題になりそうだからさ。SNSと同じハンドルネームで大会に参加したりしてるんだ」
虹子「ふ〜ん」
これまで聞いたこともない情報だった。e-スポーツとまでは行かないが、虹子もオンラインの将棋ゲームをやるし、専用のコミュニティーツールとして「虹色棋士」と言う匿名アカウントを持っている。さらに聞きたいところだが、今の虹子にとってもっと大事な話題に切り替えた。
虹子「あのさ、橙山華って覚えてる?」
凌駕「華ねえ。覚えてるも何も・・・」
虹子「たまたまCommenterで見かけたからさ」
凌駕「それは見たことない。UNITYはつながってるけど」
虹子「えっ!?」
凌駕「代表の合宿場所が女子とかぶることあってさ。その時に交換したから」
虹子「そうなんだ」
凌駕「んっ虹ねえ、もしかして華ねえとUNITYつながってないの?じゃあメッ」
虹子「いやいやいやいや・・・」
スマホを操作しかけた凌駕の手を両手で押さえつける。「あっ」虹子は驚く凌駕と目が合って、慌ててそらす。「ん?」と覗いてきた凌駕の顔を「近いわっ!」と手で押し除けた。
小学校の卒業とともに別れて以来、橙山華と一度も連絡を取り合っていないこと伝えると、凌駕はかなり驚いた顔をしていた。しかし、そこから話をさらに聞いてくる気配は無かった。凌駕はそういう奴だ。虹子の頭の中でホッとした気持ちと残念な気持ちが交錯していた。