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6 東京ヤングシスターズ

 「フラワージャパン」ことサッカーの日本女子代表が、ワールドカップで世界一に輝いたのは2011年の7月。虹子が生まれるほぼ1年前のことだ。


 八木沢純やぎさわじゅんは当時のキャプテンで、大会のベストイレブンにも選ばれている。サッカーを始めたばかりの頃に、虹子も母から聞かされたような気もするが、ほとんど記憶がなかった。


 凌駕「ヤングシスターズの監督は永石早苗ながいしさなえさんだけど、セレクションの合否に影響力があるのは八木沢監督だと思う」

 虹子「じゃあ、彼女にアピールできればいいってこと?」

 凌駕「セレクションを視察するって聞いてるよ。あ、そうそう・・・」

 虹子「ん?」

 凌駕「城北が全国優勝した年。東京都大会の準決勝で、東京リトルブラザーズと対戦したの覚えてる?あれ、西が丘だったよね」

 虹子「えっと、何となく」

 凌駕「あの時、一人だけ女子の選手がいたでしょ」

 虹子「そうだっけ・・・」

 凌駕「星野夕輝ほしのゆき

 虹子「ほしの・・・あっ!試合後にめちゃくちゃ泣いてた子」

 凌駕「そう。彼女がヤングシスターズの10番だよ」


 虹子の中で、被った落ち葉が放棄で払われるように、当時の記憶が蘇ってきた。試合内容はよく覚えてない。ただ、関東大会の本命と言われていた東京リトルブラザーズを伏兵と見られていた城北ウイングが2−0で破った。


 そこで後半に華による先制ゴールをアシストし、さらに2点目を決めた虹子に対して、中盤でマッチアップしていた女の子が試合後、泣き顔で何かを言ってきた。


 虹子「あの子、何て言ってたかな・・・」

 凌駕「次は絶対に負けないわ!だったかな」

 虹子「なんで覚えてるの?言い方もキモいわ」

 凌駕「だって、すぐ横で聞いてたもん♪」

 虹子「あんた、あたしの助手か」

 凌駕「子分です」

 虹子「子分にした覚えはないわっ!」


 凌駕によると星野夕輝は同世代屈指のアタッカーで、アンダー世代の代表にも選ばれているらしい。U−17W杯には怪我で出られなかったようだが。つまりは「リトルフラワー」で橙山華のチームメイトだったということだ。


 ひょっとして凌駕も華とつながっているのだろうか・・・


 実は凌駕の近況も詳しくは知らない。正確には知らなくなった。虹子がサッカーを辞めたあの頃からだ。凌駕はUNITYを通じて何かと駄文を送ってくる割に、サッカーの話題をほとんどしてこなかった。


 ヤングブラザースのU−18チームに昇格した時やU−16代表に選ばれた時にはさすがに自慢のメッセージを送って来たが、彼なりに気をつかってくれていたと虹子は思っていた。


 虹子「あれって小学校の頃のことだし、さすがに彼女も覚えてないんじゃ」

 凌駕「それがユキ、えっと星野さん、俺があの時いたことを知った途端、朝丘虹子はどうしたって。すごい勢いで聞いてきて」

 虹子「ユキ?」

 凌駕「あ、いや・・・」

 虹子「もしかして、リョウちゃんの彼女?」

 凌駕「そんな関係じゃないよ。あはは」

 虹子「あやし〜なあ。いつの話?」

 凌駕「2年前かな。虹ねえがウイング辞めた後だったから、知らないって答えたけど」

 虹子「余計な気をつかわせちゃったね。それで?」

 凌駕「一瞬ムッとしてから、もう興味なくしたみたいな態度で、それっきり」


 それを聞いて、さすがの虹子もちょっとばつが悪い気持ちになった。凌駕を王子の駅前まで送ろうとしたが、女の子を夜道一人で帰らせるのも悪いと断ってきた。


「この優男め・・・」


 虹子は玄関で靴を履く凌駕の背中を見ながら、少しニヤついている自分に気付いて我に返った。

 玄関から戻って台所で食器を片付けようとしたが、すでに流しは空になって、洗い終わった食器が並べられていた。


 帰宅部の娘には出来すぎた母さんだ。1階にある陽子の寝室の扉に向かって「ありがとう」と言って、すぐ二階に上がる。


 東京シスターズのことは全く知らなかったわけではない。王子駅前のポスターもそうだが、自宅には『北区ニュース』という冊子がたまに送られてくる。


 シスターズの選手がその表紙になっていたことがあった。虹子がサッカーを辞めた翌年の新年号だったかで、虹子は見向きもしなかったが、陽子が読んでいたのかテーブルにしばらく置かれていた記憶がある。


「西が丘か・・・」


 もっとも東京シスターズはブラザーズと同じ西東京のグラウンドで練習しており、ヤングシスターズは東京都のリーグ戦なども向こうのグラウンドで行っている。王子からグラウンドの最寄り駅までは乗り換えも入れると60分ちょっとかかる。


 凌駕の自宅の最寄駅は王子の隣の上中里だ。しかし、高校が世田谷にあると言っていたから、学校からのアクセスは悪くないのだろう。虹子は都電荒川線で高校に通っているので、もし合格したら、毎日のように通うのはなかなか面倒そうだと思った。


「まっ、スマホで将棋ゲームでもやっていれば時間を潰せるか」


 ソファーベッドに寝っ転がって、東京シスターズの公式ホームページをチェックしてみる。今回はセレクションの案内ではなく、ヤングシスターズの情報ページだ。ページには活動記録と選手リストのリンクがある。


 東京ヤングシスターズが中学と高校の合同チームというのは凌駕から聞いた。リストを見ると、中学生の人数に比べて高校生がかなり少ない。その理由は虹子でも何となく想像できた。


 高校2年生のところに星野夕輝の名前を見つけた。前線と中盤の両方でプレーできるのだろう。ポジションは「FW/MF」と表示されている。


 顔写真を見ると、ツインテールで高身長を連想させる端正な顔立ちだ。アーモンド型の瞳がいかにもな気の強さを物語っている。写真の部分をスクショして、UNITYで凌駕との会話履歴のページに貼った。


「随分と可愛い彼女だね」


 嫌味っぽくメッセージを送り付けてやる。少しして凌駕から無駄な反論とともに、何かのURLが送られてきた。からかった仕返しに、変なサイトにでも飛ばされるのだろうかと思ったが、URLを見ると人気SNSであるCommenterのページであるようだ。


 虹子はちょっと安心してURLをクリックする。「YUKI HOSHINO」という表示と見たばかりの顔があった。アカウントのフォロワーは・・・10000人。まだプロ選手でもないのに、かなりの知名度であるようだ。理由はすぐ理解できた。


 アイコンはユニ姿のバストアップだが、背景画像ではガーリーなファッションでポーズを取っている。コンビで雑誌の表紙になっているモデルも顔負けのルックスだった。虹子はもし自分が同じような立場になったことを想像して「おえ〜っ」と声が出てしまった。


 さらにUNITYのプロフィール欄にあったMomentaglamのリンクを開くと、なんと2万人。どこのファッションモデルかと見紛うような、私服の写真ばかり貼り付けられている。虹子は写真投稿がメインのMomentaglamにいたってはアカウントすら持っていなかった。


「こりゃ、あたしには無理だわ」


 せいぜいジャージ姿で引きつった作り笑いしか思い浮かばない。それはさておき、もしかしたら橙山華もCommenterのアカウントがあるかもしれないと思い立ち、虹子はさっそくCommenterの検索欄で橙山華と名前を入れてタップした。


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