4 サッカーやりたい!
「受けてみない?東京ヤングシスターズ」
古賀凌駕による突然の提案に、虹子は「えっ」と声を発した後、言葉が続かなかった。スマホを脇に置いて深呼吸し、気持ちを落ち着かせてから、事情を詳しく聞いてみる。
凌駕は東京ブラザーズの下部組織である東京ヤングブラザーズに所属している。その兄妹クラブである東京ヤングシスターズが臨時でセレクションをするらしい。
トップチームが成績不振により監督を解任。ヤングシスターズの女性監督が昇格した時に、教え子である現役の高校生3年生を一気に5人、トップチームに引き上げたそうだ。
虹子「それで、ユースの人員が足りなくなったというわけ?」
凌駕「うん。だから高校1、2年生を対象に若干名、募集するんだって。すごくイレギュラーなんだけど」
虹子「イレギュラーって・・・どういうこと?」
凌駕「ヤングシスターズが中学と高校の合同のチームだから」
虹子「つまり、ほとんどの選手が、中学からそのまま高校に上がると」
凌駕「簡単に言えばそういうこと」
サッカークラブの育成年代はU−12(ジュニア)、U−15 (ジュニアユース)、Uー18(ユース)と学校の6・3・3制度に合わせて分けられている。しかし、凌駕によるとヤングシスターズは6年間同じチームで活動しているという。
もともと中学生は多めに取り、そこから人数が絞られていくので、高校生向けのセレクションなんて滅多にやらない。だから今回はイレギュラーどころかレアケースなのだという。
虹子「それで、セレクションを受けろと・・・」
凌駕「他に何があるんだよ。そういう相談じゃなかったの?」
虹子「勝手に決めるな。ボールが蹴りたいだけで、チームに入りたいなんてw一言も・・・」
凌駕「虹ねえの顔にサッカーやりたいって書いてあるよ」
え・・・虹子は思わずスマホのカメラがオンになってないか確認してしまった。
「顔なんて出してないわよっ!」
まさかの展開に戸惑いながらも、虹子は「じゃあね!」と言って通話を切った。さっそく凌駕から教えられた通りに、東京シスターズの公式HPで情報を確認してみる。セレクションのエントリー期限はあと2日だった。けっこうギリギリだ。これはサッカーの神様の導きというものか。
虹子はタブレットで同じページを開いた。指定の申請フォームに必要事項を記入し、いそいそと学生証のコピーや自撮りの写真をアップロードしたが、記入欄に推薦者と言う蘭が目に入った。
「これってかなり重要事項じゃないのかな」
虹子は改めて凌駕にUNITYのメッセージを送ると「俺の名前入れといて。部長に伝えとくから」と軽いノリで返事がきた。
普通は推薦者って、所属クラブの監督とかトレセンのコーチとかじゃないのか・・・と虹子は考えながらも「まあいっか」と名前に”古賀凌駕/KOGA RYOGA”、職業・所属に”東京ヤングブラザーズ選手”と書き入れた。
全て記入し、書類を添付した虹子だったが、スマホの送信ボタンを押そうとしたところで指が止まってしまった。
「あたし、ほんとに女子サッカーでやって行けるんだろうか・・・」
審査の不安よりも、また途中で投げ出してしまわないか。心の中ではそうした不安が漂っていた。ボールを蹴るだけなら、それこそ凌駕と1対1やパス交換をしたり、地元の草サッカーに入れてもらえば。
いや、そうじゃない・・・
「ライバル!」
橙山華の言葉が虹子の胸の奥を突いてくる。現在の自分が情けないとか、惨めとか、そう言った負の感情とも違う何かが、虹子を揺り動かしていた。
あたし、サッカーやりたい・・・試合に出て、活躍して。また華とつながって。そして、もっと、もっと・・・
一人しかいない部屋の天井に向けて、虹子は手を伸ばす。全国大会の決勝でゴールをした、あの時のように。目を閉じて、1つ深呼吸する。そしてタブレットのスイッチをタッチした。
画面が明るくなると、右の人差し指でデータの送信ボタンを強めに押す。
--タイムオーバーになりました。もう一度やり直してください--
「やり直しかい!」






