3 リョウガの提案
「虹ねえ最近、返事ないけど元気?」
メッセージの主は古賀凌駕だった。虹子は「オス!」と何日かぶりの返事を送る。すぐに「虹ねえメスじゃん」と来たので、虹子は巨大な拳のスタンプを貼り付けてやった。するとゲームの格闘キャラがノックアウトされたスタンプが返って来た。
虹子:リョウちゃん、ちょっといいかな?
凌駕:なになに、もしかしてデートの誘い?❤️
虹子:ば〜か、そんなわけないでしょ!
高校1年生の凌駕は東京ブラザーズのユースチームでプレーしている。U−16の日本代表にも選ばれ、サッカー記事で取り上げられることもある期待のMFだ。
城北ウイングの元チームメートでは唯一、虹子が現在も連絡を取り合っている。取り合っているというより、凌駕から勝手にUNITYのメッセージが来るので、虹子も5回に1回ぐらいは適当に返してやっていた。
凌駕は城北ウイングの中心だった虹子より学年が1つ下で、五年生の時は、たまに途中から投入されるリザーブ選手の一人に過ぎなかった。虹子の卒業後、6年生になった凌駕はチームの中盤でレギュラーを掴むと、みるみる成長してエース的な存在になったのだ。
虹子は城北ウイングのジュニアユースに所属していたので、たまに練習参加に来る凌駕のことをかまってやっていた。凌駕の方からペットか何かのようにやたらと懐いてくるから、適当に相手をしてやっていたというのが正直なところだった。
そんな凌駕に、虹子から珍しく相談があるとメッセージを送る。
凌駕:それ、通話のが早いよね。かけていい?
虹子:そうね。だけど要件が住んだらさっさと切るぞ。
凌駕:【シュンとした仔犬のスタンプ】
プルルルル・・・凌駕からUNITYの着信が来たので虹子はスマホの通話ボタンをタップした。
虹子「はい」
凌駕「虹ねえの声だ。可愛いなあ、性格と真逆」
虹子「おいこらっ!」
確かに虹子は口調が男っぽいと言われる割に声が高く、凌駕に何度もからかわれた経験がある。虹子も凌駕も一人っ子だったせいもあってか、姉と弟のような関係だ。表向きにはうざがっていたが、すっかり帰宅部になった虹子は、凌駕からの連絡を心待ちにしていたところもあった。
それにしてもムカつくのは、ちょっとカッコよくなってきたことだ・・・身長も175センチになったと、凌駕は今年の4月頃に言っていた。虹子は163センチ。高校1年の時から0.5センチしか伸びていない。
元旦の初詣に誘われて、JR上中里駅の坂上にある平塚神社に行った時、隣に並んだ時の凌駕の目線はかなり上になっていた。ポンポンと頭を叩かれたので、ボディブローを食らわせてやった。
結局、通話を始めてから凌駕の無駄話に15分ぐらい付き合うことになったが、ようやくサッカーの話に移ると凌駕が気の利いた提案をしてきた。
凌駕「俺だったらいつでも相手になるよ」
虹子「おお、サンキュー」
凌駕「それにしてもボール捨てちゃったって・・・ボールは友達って昔から言うだろ」
虹子「お前も蹴ってるじゃん、友達」
凌駕「いやいや、蹴られるのがボールの本望だから」
虹子「それはそうか」
凌駕「まあ、俺の古いボールで良ければ1個あげるよ」
凌駕と話していると、コミュ障気味の虹子も不思議とストレスを感じない。無駄話は多いが、要所をわきまえているというか、虹子が嫌なことには一切干渉してこない。そして、さらりと気の利いたことを言ってくれたりするのだ。
こいつ、結構モテるんだろうな・・・
虹子は頭に浮かんだイメージを慌てて打ち消す。思い返せば、凌駕が東京ブラザーズのジュニアユースであるリトルブラザーズにスカウトされて、中学では城北ウイングに残らなかったことも、他の元チームメイトより接しやすかった理由かもしれない。
城北ウイングを辞めたことも、陸上部を辞めたことも凌駕には伝えたが、凌駕は残念そうにはしても、特に理由は聞いてこなかった。ただ、何度か「虹ねえとまたボール蹴りたいな」と言われても断っていたので、今回の虹子の相談は凌駕にとっても渡りに船だったのかもしれない。
凌駕「そうだ!虹ねえさあ」
虹子「ん?」
凌駕「東京シスターズ、知ってる?」
虹子「知ってるけど。王子駅のあたりにもポスター貼ってあるから」
凌駕「そうそれ。東京ブラザーズの兄弟クラブで、トップチームの試合は西が丘でやってるから」
虹子「そうみたいね。観に行ったことないけど」
凌駕「そのユースチームが東京ヤングシスターズだよ」
虹子「なるほど。それで?」
凌駕がは少し間を開けてから少しトーンを上げて、虹子に提案した。
「受けてみない?東京ヤングシスターズ」






