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1 ライバルの言葉

 また雨か。もう6月だもんな・・・


 自宅の二階にある部屋でゴロゴロしながら、虹子は愛用のタブレットで、何気なく将棋の番組を見ていた。虹子はリアルな盤面で、将棋をさしたことがない。それでもオンライン将棋では「七色天使」の名前でそこそこ知られており、先日のウェブ大会ではベスト8まで勝ち上がった。


 つまり帰宅部の虹子はそれぐらい暇を持て余していたのだ。かと言って、女流棋士として顔と名前が晒される世界で勝負する自信も無いし、何より喪失状態から救ってくれたものをまた失うのが怖かった。


 オンライン将棋の他に趣味と言えば、旅行雑誌で観光名所とかグルメを眺めること。たまに「MOOGLE MAP」の3Dモードで”なんちゃって旅行”を楽しむぐらいだ。


 学校の制服以外ほとんどパジャマ兼用の部屋着で過ごし、最寄りのコンビニで大好きなメロンパンを買う際に、ジャージの上着を羽織はおる。虹子という名前にあやかって、七色のジャージを曜日や気分で着る色を変えるのが、ささやかなこだわりだった。


 外出する時もメイクなんてほとんどしないし、保湿のクリームをベタっとったらおしまい。クラスで馬鹿を言い合う男友達は何人かいても、学校の外でつるむ女友達はいない。


 高校に入って最初の頃は虹子なりに、学園ライフを楽しもうとしていた。母親に無理やり勧められた、いわゆるガーリーな服を着て、同級生に誘われればカラオケに行ったりもしていたのだ。


 走力と持久力に自信があった虹子は入学と同時に陸上部に入り、800メートルと1500メートルの選手を目指した。それなりに結果が出ていたし、顧問の先生からも期待をかけられた。しかし、ひたすら走る練習がしんどくなり、全力で取り組めなくなっていた。


 このまま何となく選抜メンバーに入ったら、真剣に陸上競技に向き合っている同期のライバルに申し訳ないという気持ちが虹子の中で強まっていき、夏の大会を前にした記録会を無断欠席してしまった。


「真剣に向き合えないのなら、陸上部なんて辞めてしまえ!」


 3年生の部長に呼び出されて、言われた言葉だ。それが期待と優しさの裏返しであることは虹子も分かっていた。それまで誰よりも気にかけて、接してくれていたのが彼女だったからだ。


 それでも虹子は陸上部を退部した。本当はただ続けるのが苦しかっただけ。これぞ天の助けとばかりに、部長の言葉を利用したのだ。


 部長に2年の教室まで来て謝られたが、虹子は意地を張って陸上部には戻らず、そのまま帰宅部となった。当時は仲良かったクラスメートのバスケ部員から「うちに来ない?虹子ならきっとエースになれるよ」と誘われたけど、球技に興味は無かった。いや、持てなかった。


 虹子につれなく断られたことが気まずかったのか、次第によそよそしくなり、気付くと朝の挨拶しか言葉をかわさなくなっていた。彼女はカラオケ仲間でもあったが、グループの友達は虹子ではなく彼女に付き、虹子は独りになった。


 それでも彼女たちから、あからさまに無視されていた訳ではない。虹子から入っていこうと思えば入れたかもしれない。しかし、ここでも虹子の意地っ張りな性格が邪魔した。


 こうして高校生活の1年目が終わった。帰宅部のまま2年生となり、5月も終わりを迎えようとしていた雨の日のことだった。


「ふわぁ〜っ」


 だらしなく欠伸あくびしながら、虹子はお腹の肉を右手の指先でつまんでみる。ううっ、またちょっと太ってきたかな・・・しばらく運動らしい運動してないツケが回ったのか。


 そろそろ王子のダンス教室でも通うかと思い立ち、ソファーベッドに横になりながら「アン・ドゥー・トロワッ!」と伸ばした右足を上げ下げする。


「あたたたっ、つぅううう!!!」


 虹子はぎっくりした右足の付け根あたりをさする。余計なことを思い出して集中力も切れたので、将棋の配信番組を停止して、何となくWAHOOのニュースをスクロールした。


 政治家の失言問題やどこどこで変死体が見つかったという物騒な記事、芸能人の熱愛報道が目に入ってくる。


「そうえいば最近クラスの奴らも、周りも誰と誰が付き合ったとか、どこ部の何先輩が好きだとか、そんな話ばっかりだな。くっだらな・・・」


 かくいう虹子も恋愛に全く興味がない訳ではないが、男子と教室で馬鹿話はできても、うまく向き合うことができない。その理由は何となく虹子にも分かっていたが、分からないふりをしていた。


 思い出したくない記憶・・・


「ああ〜何かむしゃくしゃする」


 側頭部を掻きむしった虹子は気分転換に、タブレットを手に取ると普段あまり見ないスポーツのタブをクリックし、タイトルを読み飛ばして行く。


 当たり前のように目に飛び込むサッカー記事のタイトルに、嫌でも目が行ってしまう。そんな虹子はタイトルの中に、見覚えるのある名前を目にした。


 橙山華、”リトルフラワー”司令塔の肖像


「とうやま・・・はな」


 虹子は恐る恐るタイトルをクリックした。記事の冒頭を読んで、リトルフラワーが17歳以下の日本女子代表のニックネームだと理解した。


 先日行われたU-17女子ワールドカップで準優勝。次は来年のU-20W杯に向けて、1つ上のカテゴリーでも代表に入っていくことが期待されると書いてあった。


 へえ〜あいつ、そんな活躍してるんだ・・・


 記事の後半は本人のインタビューになっていた。虹子はいつになく夢中になって記事を読み進めていく。そして、意外な一言に虹子は目を奪われた。


「私には負けたくないライバルがいます。ニジちゃんと言うんですけど」


 ニジちゃん・・・小学校のサッカーチームで一緒だった橙山華は虹子のことを「虹ちゃん」と呼んでいた。ライバル・・・虹子の目の奥が止めどなく熱くなっていく。目頭を右手で押さえても、あふれる涙がほほを流れ落ちていく。


「あたし、何やってるんだろ・・・」

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