第51話 聖女のお披露目⑧
「待て、何をしている」
「何って着替えて――」
引き攣った顔になる王弟殿下に、ハタと我に返り「これは失礼」と衝立を作る。
いかんいかん。焦り過ぎた。
出した衝立にワンピースをひっかけて両手で後ろで縛っている紐をするすると外して(若いって身体が柔らかくていい。歳重ねると五十肩が辛くて……)ドレスをがばっと胸から外しパニエも一緒にセミの抜け殻のごとく脱いで、ビスチェはそのままにワンピースを素早く着た。咄嗟に作ったので襟のついたベージュ色の昭和風(=青春時代)なそれに内心苦笑。まあ着れれば何でもよいとヒールのある靴もポンポンと脱ぎ捨て、ヒールのないぺったんこな靴を出して素早く装着。
「出来ました!」
ものの一分程度でセミの脱皮のごとくドレスを脱ぎ捨て衝立から飛び出たら、唖然とした顔のアデリーナさんと苦笑いを浮かべて頭を掻いている辺境伯様が居た。
だがすぐに辺境伯様は表情を引き締めていくぞと部屋を出たので、慌てて衝立の向こうでまだ突っ立っていた王弟殿下を引っ張って後を追った。
廊下に出たところで執事らしき人物に指示を出し、足早に歩を進める辺境伯様に置いていかれてなるものかと大きく足を出し追いすがる。なにしろ歩幅が違う。向こうの早歩きは私の駆け足と同じだ。
向かった先は、階段を下りた地下と思われるところだった。
むきだしの石の壁は地下故か湿っており独特の黴臭さのようなものも感じる。
辺境伯様は途中看守らしき人から黒い布を受け取って王弟殿下に放り投げ、王弟殿下は無言のままそれを広げて上から被りフードを降ろした。どうやらマントのようだ。顔を隠して欲しいと言ったのでそれで隠すのだろう。
それから辺境伯様はこちらを見て「で?」と口を開いた。
看守の待機室のような狭い石壁の部屋で立ったまま三人顔を合わせた状態で聞かれ、首を傾げれば惚けるなと言われた。
「何を狙っている?」
そこまで言われて、あぁと手を打つ。
「いえいえ狙うというほどでは。ただ、もしあの御令嬢が利用されていただけの方ならどうにかこちらに引き込めないかなと、ちょっと思っただけです」
私の言葉に、辺境伯様は怪訝そうな顔をした。何故そんな事を、と言いそうな顔だ。
まぁ辺境伯様ならそういう反応するだろうと思ってたけど……彼女、伯爵家の御令嬢なんだよ。きっといろいろなしがらみの中で生きて来たんだと思う。蝶よ花よと育てられてきて……まだまだ若いのに利用されるだけ利用されたらこれで人生何もかも終わりだとか………
この国には良心的な裁判は無い。ここまで明確な事をしてしまってはまず間違いなくなんらかの厳罰が与えられる。情状酌量なんてものはないのだ。
それじゃあ、何も知らずに利用されていたとしたら……救いがないじゃないか。
私だって子供だからと庇うつもりはないのだが、それでも弱い立場の人間が使われて、本人の意志を曲げられて、捨てられてって。それが貴族社会の普通なんだとしても、やるせないじゃないか……
それに、もし私があの凹凸コンビともいえる楽しい両親の元に生まれていなかったら、もしそういう事をする親の元に生まれていたとしたら、そうなっていたのかもしれない。
と、そんな風に思ってしまったのだ。
「……引き込むね。許可をした覚えはないのだが?」
「あらせっかく娘になったのですから、記念に一つや二つ願いを叶えてくださってもよくありません?」
ここまで連れてきているのだから、おそらく許可してくれるだろうと半ば以上予想しながら図々しく言えば、一瞬虚を突かれたような顔をした辺境伯様は表情を緩めて呆れた顔で肩を竦めた。
「なかなか強かな娘だね」
いやいやそんな強かだなんて。基本的に父親似の能天気な人間と言われているんですよ。
「……本当に会うのか」
王弟殿下の方は辺境伯様とは打って変わって不安そうな顔でこちらを見ていた。
「はい。情報は必要でしょう。それに私も聞いてみて、利用されたわけではないとわかれば手を引きます。さすがに芯から敵意塗れの相手を懐柔出来る程弁が立つわけではありませんから」
心配してくれるのはありがたいが、試せることは試してみたいのだ。あちらにしてみればこれが最後のチャンスかもしれないので尚更に。
「こちらに協力するとはとても思えないが……」
「駄目ならすっぱり諦めます」
重ねて言えば、王弟殿下は難しい顔をして押し黙った。
そのままそこでしばらく待っていると、騎士服に身形を変えたレティーナとティルナ、そして見知らぬ黒い髪の騎士らしき青年と、白っぽい生成りの上着とロングスカートを履いた二十代前半ぐらいの赤毛の女性がやってきた。
黒い髪の騎士の青年が『繋ぐ』の加護持ちで、赤毛の女性が先生の元で訓練している『濾す』の加護持ちだと説明を受け、なるほどと理解する。
「ティルナ様、レティーナ様、あの方法をやりたいのですが出来そうですか?」
「話を聞いた時からそうだろうと思っていましたよ。大丈夫です。なんとかやりましょう」
ティルナが頼もしく頷き、控え目にレティーナも頷いてくれた。
いきなり呼ばれたらしい青年は目を白黒させていたが、既にティルナとレティーナの加護を繋げてほしいと説明されていたらしく、可能な限りやってみると前向きのお言葉をいただいた。
女性の方は自分が呼ばれた理由がいまいちわかっていないようだったが、私が薬物が使用されている場合、抜けるようなら抜いて欲しいと言ったところピンと来たのか、若干辺境伯様という大物に腰が引けていたが、自分の加護が役に立つのならと震えながら応じてくれた。
役者がそろったので捕らえている牢へと移動をすると、そちらへのドアを開けたところで金切声が聞こえてきた。
それが獣のようにも聞こえ、精神に影響を与える薬で固そうだなと考えながら行ってみると、牢の鉄格子に噛みつくような勢いで体当たりし、鉄格子の前に立っている騎士達に罵声を浴びせている御令嬢が見えた。
危険が無いようにだろう牢の中でも後ろ手で縛られているため、それで体当たりをしているようだ。
「アルノー、何かわかったか」
「父上。いえ、薬物を使用している以外は何も。それと残念ながら薬物の特定は難しいかと」
辺境伯様がアルノーと呼んだ騎士の一人。彼は以前王弟殿下が呼んだ『視る』の加護持ちの青年だった。
辺境伯様のご子息だったのか……なるほど、彼を見た時どうりでどこかで見た事があると思った。辺境伯様に似ていたのだ。
辺境伯様がちらっとこちらに視線を送ってきたので、私は了解ですと頷き王弟殿下に小声で囁いた。
「『濾す』の加護持ちの方の支援をお願いします」
王弟殿下は眉間に皺を寄せたまま何も言わず軽く頷いた。
「薬物を抜く作業をお願いします」
『濾す』加護持ちの女性にお願いすると、彼女は強張った顔で頷いて離れたその位置のまま、暴れる御令嬢に手を翳した。
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