第42話 聖女(軟禁)に軟禁仲間が出来る⑬
訓練が終了して部屋を颯爽と後にするご老体を見送り、私はふーと息を吐いて椅子に座った。
「気にする必要はない。君は十分良くやっている」
斜め向かいに座った王弟殿下の言葉に内心何のことかと首を傾げ、あぁご老体の「殿下をお守りください」に対しての言葉かと繋がった。
「いえ、大丈夫です。さすがに人体を生じさせるという事で緊張していたのが解けただけです」
王弟殿下を死守しなければならないのは辺境伯家サイドからすれば当然の事だ。何しろ、旗印。これが無くては動くに動けない重要人物である。守れと言いたくなるのは自然な事だろう。
「殿下、私に気を使う必要などありませんよ。
経緯はどうあれ既に納得して協力すると自分で決めました。何かあったとしてもそれは全て自己責任。殿下や辺境伯様にどうのこうのと言うつもりはございませんから」
ずっとこちらを心配しているような言動をしているのでハッキリと言えば、何故か王弟殿下は遠い目をして「あいつの言う通りだな」と呟いた。
それからはーーーと長い溜息をついたかと思うといきなり立ち上がり私の横に座った。
なんだどうしたと見上げれば、実に複雑そうな顔でこちらを見下ろしている。
「ディートハルトからいくつか言われている事がある」
「……はぁ」
「愛称で呼び合う事。口説けるようになる事。抱擁出来るようになる事」
「……はぁ」
「君には最初から話して協力を仰いだ方が良いと判断した」
「……はぁ」
いちいちこちらの返答を待っているようなので、生返事を返してしまったが……
まさか、本当に私に慣れる為にここに軟禁されているのかこのお人。
「私の愛称はシャルだ。君はリーンか?」
「あ、はい。そうです」
「ではリーンと呼んでも?」
「どうぞ」
「私の事はシャルと」
「シャル様と。はい。承知致しました」
「口説いても?」
そこ許可いるのか?
「どうぞ?」
「……リーンはいつも一生懸命で頑張っていると思う。小柄なのに誰にも出来ないような事をやって、それすらも何でもない事のように振舞って奢る事もない。それに――」
王弟殿下は実に複雑そうな顔のまま、実に辺りざわりのない事を吐き始めた。というか小柄とか関係あるのか?
誰かこれに台本渡して演技指導してやってくれ。と言いたくなるぐらいに酷い。これはあれだ。口説く、ではなく読書感想文を読み上げる、だ。演技もくそも何もあったもんじゃない。私のダンス並みに酷いじゃないか。部屋の隅で存在感を消している筈のアデリーナさんが吹き出しかけたぞ。
思わず私が助けを求めてアデリーナさんに視線を送ると、そっと逸らされた。
ちょっ、プロ! 視線合ったらいつも用があるのかと前に出て聞いてくれるじゃないか! 何で今逸らした!?
「聞いているのか」
アデリーナさんの対応に目を剝いていると横から不機嫌な声がして、慌てて応える。
「き、きいてますよ?」
「じゃあどうなんだ」
何が『どうなんだ』なのか。私に駄目だししろとでも?
ひくつく口元で必死に思考を巡らし、ハッと気づいて視線をがっつりアデリーナさんへと向ける。
「当事者より第三者の方が冷静に判断出来ます。アデリーナさん。どうなのでしょう」
アデリーナさんがギョッとしたような顔で私を見た。
何故こちらに振るのか。と、その顔が言っていた。
ははは。残念だったな。この部屋にいる限り一蓮托生だ。
「……わ、私は臣下の立場ですので」
「ならば猶更、殿下の助けとなるべく客観的な意見を教えていただきたいですね」
くっと一瞬顔を歪めるアデリーナさんに、にやりと笑う。逃がしはしない。
「そうだな。忌憚のない意見を聞きたい」
無意識に追い打ちをかける王弟殿下に、アデリーナさんはいつになく視線を彷徨わせた。
「……その、少し表情が硬いように思われました」
少し。ではないが、それがアデリーナさんの限界なのだろう。
わかる。王弟殿下に向かってハッキリとあんたのそれ読書感想文の朗読会(やる気なし)だからとは言えない。
「そうですね。私もそのように感じました」
さすがにそれ以上を求めるのは酷だと思って私が引きとると、アデリーナさんは明らかにほっとしたような顔をしていた。
「硬い……」
眉間に皺を寄せる王弟殿下に、余計に硬くしてどうすると突っ込みたくなる。
このお人、口説いた事とかないんじゃないだろうか。これだけの顔をしているので口説く必要もなく入れ食い状態という感じで……あり得そうだ。
「ええと、こういう感じで表情筋を緩めてですね」
と言って微笑んで見せると、ビクッとされた。
……。私の笑顔はそこまで駄目なのか?
思わず別の意味でアデリーナさんを見れば、アデリーナさんは首を傾げていた。どうやら王弟殿下がビクッとなった理由はアデリーナさんもわからないようだ。
「一つ確認させてくれ」
「はぁ」
なんでしょう?と首を傾げれば、王弟殿下は大分迷ってから口を開いた。
「ディートハルトの前でやった時、何かしたか?」
「辺境伯様の前? で、やった時というと?」
何かしたかも何も、いろいろと物を出して見せたと思うが……
「だから、私に君が言った時の事だ。ディートハルトが私達にそうは見えないと言ってやってみせるように」
「あぁ、お慕い申し上げていますと――」
——言った時の事ですか。と、続けられなかった。
いきなり王弟殿下が飛びのいたのだ。不意の一撃を避ける凄腕の騎士とでもいうべき俊敏さで。
「それだ! それ!」
警戒感も顕わに叫ばれた。
「……それ?」
「今何をしたんだ!」
…何をって。
わけが分からずアデリーナさんを見れば、彼女も無表情ながら戸惑った様子で王弟殿下を見ていた。
「君が恐ろしく綺麗に見えるんだ!」
………は?
視界の端でアデリーナさんが『まぁ』とでも言うような顔をしているが、たぶん違うぞ。このお人の反応はお花が咲いてる方面の反応ではない。むしろもっとこう、見えないはずのものを見てしまったというか、お化けを見た時の反応に近い。
よく見てくださいアデリーナさん、このお人、慄いてますよ。
「殿下、誓って言いますが何もしておりません」
「だったら何故そうも姿が変わる!?」
「変わっておりません。……よね?」
断言してから、ですよねとアデリーナさんに確認を取ると頷かれた。
「は、はい。特に何も」
「何故私だけ……」
よろよろと斜め向かいの椅子に座り込み、顔を覆う王弟殿下。
何もしてないのに加害者にされている模様。
「……君は私の事など好きでもなんでもないだろ」
そりゃそうだが。
ここ、はいって言っていいとこ?
「なのに何故……」
「ですから殿下、本当に何もしておりません。お疑いになるなら加護の力で確認してみてはどうですか?」
『整える』ならば何かしら魔力の動きは感じ取れるのではないかと聞けば、王弟殿下はハッとして顔から手を離した。
「なるほど」
一つ頷いて、私の顔をじっと見る王弟殿下。
「………戻っているな。もう一度やってみてくれ」
だから何をだ。無茶を言わないでくれ。
「……ですからですね、何もしたつもりが無いのでやってみてくれと言われましてもわからないのです」
私がため息交じりに言えば、再び王弟殿下は顔を覆った。
「……本当に心臓に悪いからやめて欲しいというのに」
一体なんなんだと言いたいのはこっちなのに、完全に加害者に仕立て上げられている。立腹してもいいだろうか。
「殿下の方になんらかの魔法が掛けられている可能性はないのですか?
『視る』の加護持ちの方に確認していただいては?」
そんな魔法があるのか知らないが投げやりに言えば、顔を手から引き剥がして天啓を得たという顔をする王弟殿下。
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