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ハゲの女神の紆余曲折(仮  作者: うまうま
プロローグ
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第4話 吾輩はハゲの女神(笑)である④

 髪を生やしてもいい。だけど、あなた以外の人に素性を知られたくないから、全てあなたを通して希望者をよこして欲しい。実際に髪を生やす時も私は変装するので、希望者に絶対に私を詮索するような真似をしないよう徹底して欲しい、と。


 直談判の相手はこの国の宰相、ミルネスト侯爵だった。まさかの相手に私がハゲるかと思った。


 幸いにもミルネスト侯爵側にとってもその話は願ったり叶ったりのようなものだったらしく、体形狸で顔が狐の侯爵は怖いぐらい細い目でニコニコ笑い、とんとん拍子に話は進んだ。


 そうして私は仕事の合間にミルネスト侯爵から連絡を受けた同僚の合図を受けて、用意された密会現場で変装してハゲコミュニティの方々に慈悲を授ける聖人のごとくその光り輝く頭部を触って不毛な大地に忘れ去れた息吹を芽吹かせているのだ。

 ……どんなに言い繕ったところであれだな。


 しかしハゲの女神というネーミングは酷い。

 この国は精霊信仰の国なので、仮に髪が生えたとしても思いつきやすいのは「髪の精霊」とか「ハゲの精霊」とかの方なのだ。それがよりにもよって「女神」。

 この女神、精霊信仰では特別な存在になる。もともとこの世界に精霊は存在していなかったのだが、全てを生み出した女神なる存在が精霊を生み出したというのだ。

 だからなんというか、一般の感覚からすると全知全能=女神という感じなのだ。


 おまっ、ハゲが改善されたからって女神とまで言うか……

 

 と、普通の者なら思うだろう。私も思う。


「はぁ……」


 何にしても自分で蒔いた種とはいえ辛い。


 同僚は洗髪する習慣をつけていたので、汗で蒸れていたがましだった。

 だがハゲコミュニティはハゲを改善する根本的な努力をせず来るので、香油でぎっとりしたそれに触るのがまぁ大変。拒絶しようとする本能をヘッドロックして抑えつけ、なんとかやっている。誰か私のズタボロの精神を労わって欲しい。


「あーあ。この匂い地獄とトイレの地獄が改善されるのはいつになるんだろ」


 変装を解き、再び防臭の守り(風魔法)で顔付近の空気を操作して漂う匂いを誤魔化しながら思わずぼやいてしまう。

 私がなんの記憶も持たない、ごく一般的な男爵家の娘であればこんな悩みを持つ事もなかっただろう。ついでに、こんなハゲコミュニティの女神に祭り上げられる事も。


***


 私はこの世界に生まれる前、日本という国で生きた記憶があった。

 それを思い出したのは五歳の時だ。


 二つ上の兄と両親の帰りを田舎のおんぼろ屋敷で待っていた。

 その日は丁度私の誕生日で、両親が帰ってくるのを待ちわびていた。

 いつもは領地を回っている両親だったが、その日は隣領の昼食会に呼ばれていたのでいつもよりは早く帰ってくるだろうと思っていた。


 実際その通りで、夕方ごろに父親が御者台に座って年季の入った馬車で帰ってきた。

 悲しいかな我が家には執事が一人とメイドが一人しかいないのだ。執事はぽやんとしている父親に代わって家の事をほとんどやってくれているし、メイドは掃除に洗濯に料理とフル回転で頑張ってくれている。そのため、どちらかが御者になるという事は出来ず往々にして当主である父親がそれを担っているというなんとも恥ずかしい状況だった。


 まあ五歳の私はそんな事知らないわけで、両親が帰ってきた事が嬉しくて玄関に入ってきた正装姿の父親に飛びついた。


 後から考えると、貴族としての出で立ちをした父親に飛びついたのはそれが初めてだった。

 何を言いたいのかと言うと、父親の体臭に免疫のあった私であるが、社交の嗜みとしてつけられたどぎつい香油と体臭の華麗なるフュージョンにより完成されたスーパーな悪臭に白目を剥いて失神したのだ。


 で、走馬灯が駆け巡って気が付いたら前世を思い出していた。


 一般的な一男二女の真ん中として関東圏に生まれ、結婚はしなかったが定年まであくせく働き、そこそこの資金を蓄えてさあ老後を楽しもうかと思った先から記憶が切れていたので、おそらくそこら辺で病か事故か寿命かわからないが生を終えたのだろう人生。

 嫌な上司は居たし、理屈の通じない親族も居たりしたが、気心の知れた友人も居たし、結婚した妹の甥っ子姪っ子を可愛がらせてもらったりもした。総合してみて可も不可もない実に平凡でフラットな人生だったのではないだろうか。


 と思い出してしまった私は、不意に新しく生まれ出てしまったらしいこの世界へと意識を向けて、スプリングも何もない粗末なベッドの上でガタガタと震えた。

 既に何十年と生きた前世の感覚がわずか五歳だった私の感覚を凌駕してしまっていたので、ほとんど日本人としての感性でこの世界を見てしまったのだ。


 例の、水に絶対触りたくないでござるという事もさることながら、私を震えさせたのはトイレ事情だ。

 この世界、というかこの国周辺限定だろうが、下水に相当するものが無いのである。


 じゃあトイレはどこに流すの?という問題。

 答えは道端に捨てる。だ。


 え? 聞こえなかった?


 ならばもう一度言おう。道端に、捨てる。だ。

 より具体的に言うと、おまる的なものに用を足したあと、窓的なところからポーイと適当に放り捨てるのだ。下に人がいようがお構いなし。街歩きをするときは傘が必須だねーあはは。ではない。


 狂気である。


 もう一度言おう。現代の人間からすると、狂気である。


 親方、空から女の子が! じゃないのである。


 親方、空から糞尿が! なのである。どこの戦国時代の防衛戦だとつっこみたい。


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