第37話 聖女(軟禁)に軟禁仲間が出来る⑧
「君はもう少し危機感を覚えた方がいい」
別々に着替えを済ませ、朝食を一緒にいただく段階になってじっとりとした視線を寄こしながら、そんな事を言う王弟殿下。
危機感は一応備わっていると思う。だが、その危機感を働かせたところでどうにもならない状況ではないか。
と、言えたらいいがそんな事を言うわけにもいかない。
曖昧に笑って躱してアデリーナさんから今日の予定を聞いた。
本日は午後に私の訓練に付き合ってくれる方の来訪があるようだ。
なら午前中は時間があるなと思ったら、午前中は十日後——すでに九日後になってしまったが――のスケジュール確認と、マナー等の確認作業をするらしい。
マナーなぁ……学園で一通り習ったが……あれほど身に入らない勉強は無かった……。特に茶会とかダンスとか、全く身に入らない。他の上下関係上の決まりだとかは仕事に関わると思ったのでなんとか頭に入ったが、茶会とかそっちは絶対関わらない類の世界だと思っていたのだ。
朝食を終えると早速寝室へとアデリーナさんに連行され(いつの間にか出現していた簡易ベッドに一瞬アデリーナさんは固まったがプロはすぐに復帰した)、お披露目で身に着けるものと同じ型のドレスが準備されあの胸腹部一体型で胸の形などお構いなしの板としか言いようのないコルセットで絞められ、吐くかと思った瞬間に思いついた。
「アデリーナさん、少し待ってもらえませんか」
私の言葉に手の緩んだアデリーナさんから素早く離れ、着る予定のドレスと下に履くクリノリン(腰下のスカート部分をふわっとさせるための木枠)を確認する。
ものすごい重量になりそうなそれにぞっとしながら(学園ではここまで重いドレスではなく簡易ドレスだった。無論のことクリノリンなどない。重ければ重い程財力をうかがわせるものになるので仕方がないのか?)素早く記憶を漁る。
ここにあるクリノリンは同心円上に広がっていくのではなく、前身ごろ部分は人物に沿う形で、後ろに向かって大きく広がっていく形だ。横から見ると直角三角形に近い形。絵画にあるマリーアントワネットのようにとんでもなく膨らんでいる感じでもない。パニエで代用できる範囲ではないだろうか。ドレスの型もベルラインのものに近いので、記憶にある職場の子が結婚式で来たお色直しのカラードレスあたりでいけるのではないか、というかいけてほしい。あんな重たいものを着て動く自信が無い。
イメージを固めてすぐさまビスチェを生み出し、続いてパニエ、用意されていた重厚そうなドレスと色味を合わせての深緑色のカラードレスを出してアデリーナさんに見せる。
「これではだめでしょうか?」
突然現れたそれらにアデリーナさんは一瞬目を丸くしたが、すぐに顔を引き締めビスチェを手に取った。
「こちらは……伸びるのですね」
後ろをフックで上から下まで止めるタイプのビスチェだ。カップももちろん立体裁断で、胴の部分は強い伸縮性があって引き締める。
「ですがこれでは型崩れするのではないでしょうか……それにこちらは……?」
「これはその下に履く木枠の代わりです。とりあえず着てみるので手伝っていただけますか?」
肌着を脱いでビスチェを背中から当てて前でホックを合わせぐいぐいと回して乳を引っ張ってカップに合わせる。それからパニエをカラードレスの中に入れるように合わせ、広がる裾をよいしょと跨いで中心に立ちパニエをまず履いて、その次にカラードレスを持ち上げて胸の位置を確認する。張りのある生地で後ろを紐で締めるタイプなのできっちり縛ればずれる事はまずない。
アデリーナさんに目を向けらばそれだけで察したようで、すぐに後ろを慣れた手つきで締めて貰った。こちらのドレスは基本的に紐系で調整したり締めたりするものが多いのでお手の物なのだろう。
「どうでしょうか?」
「少し髪を上げさせてもらってもよろしいでしょうか?」
どうぞと腰を屈めると、アデリーナさんはドレスの裾を避けて素早く私の髪を纏めて紐のようなもので縛り、何やら回転させてもう一度縛った。
ゴムが無いのでそういえばこういう止め方だったな。
アデリーナさんは腰を伸ばした私の周りをじっくりと査定するように回った。
「思ったよりもしっかりして見えますし、シンプルですが生地の質感と色合いが美しいので刺繍が無くとも見劣りはしないように見受けられます。……ですが袖がないのはやはり難しいかと。それと裾があまり長いのも動くのに障りが出ると思われます」
袖に裾。
なるほど、胸元は結構出してても袖が無いのは見た事がなかったような?
裾はウエディング用で基本引きずるタイプしかないのでそりゃダンス込みのお披露目では使えないなと納得。
ならばと今度は五分丈の袖あり裾短めカラードレスを出す。アデリーナさんももう慣れたのか視線を向ける前に私の後ろに回って紐を解くと、脱ぐのを手伝ってくれて新しく出したカラードレスを着直した。
そうしてもう一度ぐるりと周りを回って見ていたアデリーナさんは一つ頷いた。
「こちらでしたら問題ないかと思われます」
良し!
思わずガッツポーズ取りそうになるのを寸前で堪える。
「当日もこちらを?」
「出来ればお願いしたいです」
「承知致しました。確認いたします」
あ、そうだ。
「アデリーナさん、これも見てもらっていいですか?」
と言いながら簡易ベッドの上にナイトブラと普通のブラを出して見せる。
「どちらも胸当てで、こちらが夜につけるもので胸を保持して型崩れするのを防いで、こちらは日中用でコルセットがなくても綺麗な形に見えると思うのですが再現できないでしょうか」
辺境伯様に突っ込まれたので、乳当てではなく胸当てに変更しておいたのだが、アデリーナさんは「型崩れ――」の部分でピクリと反応していた。やはり女性であれば気になるようだ。
「……少々、お預かりしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
下着事情も改善すればいいなと思いながら、居室へ戻ろうとすると止められた。
……化粧がまだだったようだ。
明日から少しの間更新できるかどうか不明です。
ちょっと予定が不確実でして。




