第21話 聖女(軟禁)は三者面談をする①
辺境伯様との圧迫面接を終えた翌日。
いつも通り軟禁状態で至れり尽くせりに過ごした夜半過ぎ、唐突に左手に熱を感じて目が覚めた。
寝ぼけ眼で暗闇の中、光量を押さえた明かりを右手の指先に生み、熱を感じる左手を照らしてみると何か痣のようなものが見えた。
「んん……?」
何やら左手の中指に模様が浮かび上がっている。唐草模様とは少し違うがそんな感じのやつ。
「なにこれ」
瞬時に頭が覚醒して明かりを消しベッドから飛び降り、紗のカーテンを捲って窓際に駆け寄り地球よりも明るい月明りに指を照らすとハッキリと見えた。
中指の付け根から第一関節の部分まで鮮やかな翠の蔓草と桜色の花びらを合わせたような模様で覆われている。
「……何かの魔法? 魔力の気配みたいなのは少しあったけど」
だがこの世界で言われている魔法にこんな呪術のようなものがあるなど聞いた事がなかった。
やろうと思えば出来るのかもしれないが……こちらの世界の人はあまり魔法の仕組みに関して興味を抱かないので、何となくその線は薄い気がする。
それより考えられるのは加護の方だ。
「呪い系の加護? そんなものが? というか、その前にこれどういうものなのか……」
前世の知識から呪術というと呪い殺すというイメージがあるので、さっき程から軽く心臓が早く脈打ち、危険じゃないのか?と主張してくる。
どうする? 早めに辺境伯様に知らせるべきか? アデリーナさんを呼ぶ? 警護についてくれている騎士に? いやだが夜中だ。いやいや本当に呪術だったら一刻を争うのでは??
ぐるぐると思考が頭を巡っていた時、ドアがノックされて肩が跳ねた。
「申し訳ありませんリーンスノー様。アデリーナでございます」
「は、はい」
アデリーナさんだった。
慌てて薄い寝衣の上にガウンを羽織っていると「失礼いたします」と寝室にアデリーナさんが私と似たようなガウン姿で入ってきた。いつも纏めている髪も緩く編んで肩に垂らしているから新鮮だ。
「このような時刻に申し訳ありません。王弟殿下がどうしてもいますぐ確認したい事があるとおっしゃられて」
油につけた芯に火をつけたランプを片手に、困惑気味の顔のアデリーナさん。
男性がこんな時間に女性の部屋を訪れるのはあり得ないからだろう。だが私は願ったり叶ったりだ。この呪いの事を話すチャンスだ。王弟殿下に話せばすぐに辺境伯様にも伝わるだろう。
「大丈夫です」
食い気味に平気だと頷いて、左手を握りしめて急いで続きの間へとドアを潜った。
普段私が居室として使っている部屋には、既に明かりが灯され王弟殿下が待機していた。そして私を見るなり速足で近づいてきた。
こちらはいつも見る緑のカッチリした騎士服のような姿で、夜遅くまで仕事をしていたのだろうと思われた。ただ、いつになく慌てた様子でどことなく表情も硬いような気がするがこちらもあまり構ってられない。
「このような時刻に申し訳ない」
「いえ、私も都合が良かったので大丈夫です」
私が首を横に振って言ったのを見て、王弟殿下は「やはりか」と呟き眉を寄せた。
「すまないが左手を見せてほしい」
「ご存知、なのですか?」
まさか先に言われるとは思わず左手を見せれば、王弟殿下は顔を片手に埋めてうめき声を上げた。
その横で、アデリーナさんが私の指の模様に気づいて大きく目を見開いて固まった。ってそういう反応をするって事はこれが何か知ってるって事か!?
「あの、これは何なのでしょう。呪いなのでしょうか」
アデリーナさんの襟首引っ掴んで聞き出したい気持ちを堪えて聞けば、王弟殿下が何故か白い手袋を外して(いつもはそんな手袋していなかった筈だ)自分の左手を私に見せた。
一瞬意味がわからなかったが、その左手の中指に私と全く同じ模様が浮かんでいるのを見て息を呑む。
まさか、一緒に呪われた?
「これは呪いではない。いや、貴女からすればそうなのかもしれないが」
「殿下! 呪いなどと!」
咎めるようにアデリーナさんが王弟殿下の言葉を遮った。らしからぬアデリーナさんの様子に私は何が何やら訳が分からない。
王弟殿下は顔を覆っていた手を降ろすと、覚悟を決めたような顔を私に向けた。
「落ち着いて聞いて欲しい。これは、婚姻の証だ」
……こんいん。
……婚姻。
あぁ……なるほど。
辺境伯様。何をどうやったのか知りませんが、仕事早過ぎやないですか?
「婚姻とは本来は貴族院の承認が下りて成立するものだが、『許す』加護持ちの大司祭殿が婚姻の是非を精霊に問うて許しを得た場合、『結ぶ』の加護持ちの司祭殿が男女を結び付け特例的に婚姻が成立するのだ。そしてその証がこれだ」
早口で説明する王弟殿下。
初耳だ。
ちなみにその制度とは本人達の意志は不要という事だろうか?―—という事だな。明らかに殿下は戸惑っている。
しかし、私は殿下が頷けばという条件を出したつもりだったのだが……
「おそらく貴女の髪と私の髪を使って辺境伯がやったのだろう。身体の一部があれば許しを得るために必要な条件が揃う」
髪。
思わずアデリーナさんを見ると、慌てたようにアデリーナさんは首を横に振った。アデリーナさんが私の髪をとって辺境伯様に渡したわけではないのか。
「いくら旦那様のご命令でも淑女のものを無断でお渡しするわけには参りません」
思ったよりアデリーナさんが堅物だった。
辺境伯様第一主義みたいな人だったら何も考えず渡してると思うが。
「確かに王都の返還要求を突っぱね続けるのが難しい事は確かなのだが、貴女に何も知らせずこのような手段を取った事、誠に申し訳ない」
様子からして王弟殿下は知らなかったのだとわかる。だから謝る必要などないし、そもそもこちらは事前に仄めかされていた。
問題は王弟殿下に全くその手の話が成されていないという事だ。
「いえ、殿下が謝罪なさるような事ではございません。
問題は辺境伯様です。実は事前に辺境伯様から通告は受けておりまして」
「なに?」
ぱっと頭を上げた王弟殿下のいささか鋭い視線を受け止め、私はため息をこっそりとついた。
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