第178話 聖女は姫の晴れ姿を見る
宣言の意味が判明したのはそれから二日後に開かれたお茶会だった。
私が主催する事になった初めてのお茶会だったのだが、最初から最後まで徹底的に和やかに進んで終わったのだ。
諍いのいの字もなければ、不穏な話が出る事も一つもない。実に優雅で穏やかな――穏やか過ぎるものだった。
派閥を超えて招待していたので例の側妃希望の御令嬢達も含まれていたのだが、彼女たちも私に突っかかったり変に取り入ろうとする動きを見せず、ひらすらお茶とお菓子に舌鼓を打ち最近流行りのドレスの型や髪飾りの話なんかをされていた。実に不自然である。
そして年長者(今回は十台後半から二十代前半までの参加者)の方々からは妙な迫力が滲み出ていた。まるで、お前らここでくだらねぇこと言ったらどうなるかわかってるよな?ああん?みたいな感じで。
観察を続ければ、彼女達が何か仕掛けようとする御令嬢を言葉巧みに押さえ込んでいるのがわかったので、こういう事かと理解したがやり過ぎだと内心乾いた笑いが出た。
後日、ラシェル様にはそこまでしなくともと遠回しに言ったのだが、高位貴族から下位貴族までの幅広い御夫人方が団結してしまったらしく、しばらくはぬるま湯対応が続くとまたしても宣言されてしまった。
なんであの話でそんな団結する事に?と思うのだが、ラシェル様は笑うばかりで答えてもらえなかった。十中八九何か仕掛けたのですねと思ったがその笑みの前に何も訊けなかった……
そういうわけで、そこからの社交は非常にスムーズにというか、波風が全く起こらず進んでいった。
時折、恋のロマンスが公衆の面前で繰り広げられたりという事はあったが、見る分には大変楽しかった。
デビューしたての少女の事がずっと好きだったと、顔を真っ赤にして告白する青年に、嬉しすぎて泣きそうな顔で精一杯淑女らしく返す少女とか見ていて大変微笑ましい。
少女の方が元ミルネスト派閥の家で、青年の方がアイリアル侯爵の派閥だから外野がとやかく言いそうだが、そこは甲斐性の見せ所だろう。
いやぁ、他人の恋愛に幼馴染だったのかなと想像したりしてニマニマできるようになるとは私も変わったものである。前世だったら、ほーへー若いねーぐらいだったろうが、それから考えれば大進歩ではないだろうか?
そんなこんなあって秋も深まる本日、ついにエリーゼ様がサイアス様に嫁がれる事になった。
式は王宮で行われる事になり、私も産月だったが短時間だけ参加させていただく事になった。まわりにはいろいろと気を使わせてしまうことになるが、大変嬉しい。
ちなみに私と同時期に出産予定だったドロシーさんは既に三日前に出産を終えている。産まれてきたのは男の子で、なんとなくだが全体的な印象は兄で、目元はドロシーさん似のかわいらしい子だ。まだ生まれたばかりで顔立ちはどんどん変わってくるだろうが、あの二人の子なら間違いなく格好良くなるだろう。
きっとこれから生まれる私達の子供とお互いにいい遊び相手、喧嘩相手になってくれるだろうなと、そんな想像が膨らんだ。
そんな幸せな想像はいつまでも浸っていたいが現実は準備の真っ最中だ。
立場的にそれなりの格好に見えるよう、そして主役より目立たないように配慮された柔らかなドレスを着付けてもらい軽く髪を結ってもらう。
貴族の結婚式というのは、前世でいうところの披露宴にあたる。誓約的なものは書面で交わして貴族院で承認されればそれで終わるからだ。
普通は親族縁者交友関係仕事関係の人間を招待してパーティーをして終わるのだが、サイアス様は私とシャルが刻んでいる婚姻の証に大層ご執心だったようでエリーゼ様の同意を得て大司祭様に許しをもらい、『結ぶ』加護持ちの司祭様を式に招いてその場で証を刻んでもらう事になっている。
刻めない場合もあるというのに、えらい度胸だなと少なからず周りは思っただろうが、何となく二人は大丈夫じゃないかなぁとシャルと一緒に会場入りしながらそう思う。
今回式が行われるのは一番格式の高い蒼麗の間と呼ばれる広間で、広さ的にはそこまで広くない。せいぜい百名程度が入るかどうかぐらいの場所なので、ここに入れたのは親類縁者以外では所縁が深い者に限られる。入りきらなかった者は残念ながら次に予定されている大広間での宴から参加予定である。合掌。
両陛下が最後に着席されて、それから本日主役の二人がシンと静まり返った厳かな空気の中登場された。
淡い青の礼装のサイアス様と、白い生地にオレンジの糸で炎のような刺繍が施された裾の長い、それこそ後ろに引き摺るようなAラインのドレスを纏ったエリーゼ様。
サイアス様は中身はあれだが外見はきっちり貴公子に見えるよう整えられており、そんなサイアス様にエスコートされるエリーゼ様も、文句無しに可憐で美しく感嘆の溜息があっちこっちで漏れた。
えー言わずもがな。このドレス、ネセリス様のところで作成されています。
基本形はAラインなのだが、若干マーメイドラインの印象もありデザイナーさんがこの国にあうようにアレンジを加えているのがよくわかる。そしてそれがまたエリーゼ様の清楚な美しさを際立たせているようでとてもグッドです。
また、装飾品に関しては私も協力させてもらった。こちらはサイアス様から直接相談され、例のカット技術を用いた宝石を準備したのだ。
いくつか出してみたのだが、サイアス様が手に取ったのは比較的ラメの入りが少ない透明なタイプのサンストーン。サイアス様の明るいオレンジの色にも近く、またその名前に太陽の名を冠している事を伝えると大変気に入られたようで無事にお買い上げいただいた。それらは首飾りとティアラになってエリーゼ様を彩っている。
壇上にあがったお二人の姿は完全に儚げな姫を守る騎士の図で、これは確かに民衆もノリノリになって騒ぎ立てるわと納得の光景だった。
しかも二人して婚姻の証を刻んでもらって互いに確かめ合った時の嬉し気な笑みが、どうぞお幸せに!という以外の何物でもなくって、本当に……本当に良かった。
今まで苦労されてきた分それ以上に幸せになっていただきたいと、浮かんでくる涙をまばたきで散らしながら鼻水垂らさないように必死に我慢していた。
隣のシャルには筒抜けなようで、ちらっと見られて苦笑されたがあなただってさっきから顔が崩れかけていますからねと言いたい。
そんな幸せな光景に浸っていたのだが、不意に違和感を感じた。
たぶんだが。栓が抜けたんじゃ無いかと。もしくは破水。
ブクマ、評価ありがとうございます。




