第174話 聖女と父①
これがどこでも〇アか!
と、感慨にふける暇もなくすぐにベッドに横にされたが、姿勢が変わっても伸びは続いてて――
「いだだだだ、ちょ、肋骨! 痛い! ほんと勘弁して! 骨、骨刺さってる!」
「なんだ意外と元気だな。腹の子も」
「団長、痛いは痛いんですから呑気にそんな事をおっしゃらないでください」
「ほんとだよ! 元気だけど痛いの! わかる!? 内側から肋骨ぐりぐりされてる痛み!」
拷問に近いんだぞ!
必死で手で肋骨の下あたりを押さえるが止めてくれない。
「いやわかんねぇけど」
「でしょうね! っ……あぁもう! 大人しかったのに反動か?! シャルの手が欲しい!」
「手?」
「触ると大人しくなるの!」
言ったら兄がお腹を触ってきた。そしたら肋骨への攻撃が止んだ。あ、兄でもいいのかと思った瞬間、ドスっと膀胱に衝撃を感じた。
「うっ!」
兄の手は嫌いなのか……ちーちゃん……叔父さんだぞ……
「団長、さすがに御兄妹でも無遠慮に過ぎるかと」
悶えている私の横で冷静に突っ込んでいるレティーナと、あぁすまんすまんと軽い調子の兄。
はーーと息を吐いて痛みの衝撃をやり過ごし、なんとか平素に戻る事が出来たがトイレに行きたい。ただでさえ子宮で圧迫されて頻尿になってるところにあんな衝撃をうけたらね……
よろよろと起き上がるとレティーナがすぐに気が付いて支えてくれた。
「今までで一番痛かったかも……」
トイレに一人座って呟く。それからお腹に手を当てて手加減してくれよ~と呟く。でもまぁ元気でいいけどとも呟いてしまう自分に喉元過ぎればだなとちょっと笑う。
寝室に戻ると、兄が隣に来れるか?と聞くので問題ないと居室の方に移動する。
と、父がいた。
「…………」
「…………」
思わず固まる私に、父の方も感情の読めない顔で無言でいた。
「何見合ってんだよ。リーンももうわかってんだろ」
兄の呆れた声で我に返る。
「あ……あぁ、うん。たぶん、そうだとは思ってるけど。えーと……父さん、だよね?」
問いかけると、父の顔が困ったような弱ったようなどうにも頼りなさげなものに揺らいだ。それを見て確信する。
「ええと、痩せたとか、髪生やしたとか、そういう事じゃないんだよね?」
確認しようとするとぶっと兄が吹き出し、父はさらに弱ったような顔をした。
「いや。あれはそう見せていただけだ」
「あぁやっぱり。こっちが本当の姿なんだ?」
「そうなる」
「なんであんな恰好にしてたの? そう見せた方が余計な厄介ごとに巻き込まれないってのはわかるんだけど、私にまでってちょっと徹底してない?」
母や兄は普通に綺麗だったのだ。父だけそうと見せる意味が分からず尋ねれば、父は言い淀んだ。
「……家族で、お前だけあの姿でいたら不安に思うかと思ったんだ」
「あの姿って平凡なって事?」
言いながら――父も母も兄も全員美形で自分一人だけ平凡顔だったら、確かになんで自分だけと思うだろうなとは思った。
実際私は完全に自分の事を父似だと思っていたわけだしな。こうして見れば本当は私は母似で兄が父似だったわけだけど。
「それにしたって太ったふりして髪も薄くして、やり過ぎでしょ」
「やり過ぎ? 貴族の平均がああいう姿だったからそれに合わせたんだが……」
平均に合わせたって……父って杓子定規なタイプだったのか?
「しかも、あれでしょ。剣の師匠も父さんでしょ」
「ほれみろ。目の前で剣を揮えばバレるに決まってる」
「……かなり昔の事だから忘れていると思ったんだがな」
兄の突っ込みに、居心地悪そうにする父の姿は新鮮で……なんだかそれを見ていると若干複雑な気持ちになってくる……
兄の様子を見る限り、兄は前から気づいていたのだろうと思う。母は絶対最初から知っていただろうと確信できるので構わないのだが……兄と比べるとこの歳になるまで気づかなかった私とは一体……
前世がある事を隠しているつもりで隠せておらず、逆に隠されていた事に全く気づかなかったのがなんとももう情けないというか……人生二度目の優位性というかなんというか、そういうものがなんもないんだなぁというか……まぁ兄の場合加護の力もあるだろうしそういう意味では私が気づくのは難しかったのではないかと自己弁護出来る気もするようなしないような……
ぼんやり見ているとぺしんとおでこを叩かれた。瞬きをすれば兄がまた呆れた顔をしていた。
「お前除け者にされたとか思ってるだろ」
「え? あ、いや」
さすがにそんな事を思う程子供のつもりではない。父の顔を見れば本意で無かった事はわかる。大人って色々しがらみがあるからな、そういうのは理解出来るつもりだ。
「そうは思ってないよ。全然」
「ほんとか~? ちなみに父上殿があの盆暗を演じてたのは――」
「ドミニク」
「…なんだよ」
静かな声だったが、ずしっと肩に来るような重い声に兄は不満そうに言葉を止めた。
「それはまだだ」
「もういいと思うんだけどな」
「決めるのはお前ではない」
「………はいはい、わかったよ」
頼りないあの性格も作られたものというのは察していたが、理由はなんだろう。まだって事は話す気はあるって事なんだろうが。
しかし父ってここまで強く兄に言えたんだな。いつもにこにこ笑って眺めてるだけだったから、新しく見る顔はどうにも不思議な気持ちになる。
「全て話せず、すまない」
父は私に向き直ると頭を下げてきた。
「え? あぁ、うん。大丈夫」
問題ないよと言えば、顔を上げた父はどこか寂しそうな顔をしていた。
えぇ……なんでそんな顔をするのか……この場合、兄の言葉ではないが除け者状態の私の方が寂しがるところではないだろうか?
ブクマ、評価ありがとうございます。




