第117話 聖女は目が覚める⑥
微妙そうな顔をして私を見るシャルに、うんうんと頷く。
むしろ衝撃と恐怖を理解してくれる方がありがたいです。
レティーナは、はぁと溜息をついてもうお似合いという事で宜しいですよと呟きドロシーさんを連れて出て行ってしまった。
……なんか、呆れられた?……あの、ちょっと悲しいのだが。
まぁ……レティーナの反応も理解出来る。普通は綺麗な顔で嬉しいと思うところだろうとは思うんだよ。そこはわかるんだけど、でも長年慣れ親しんだ顔が変わるとなると結構アイデンティティが崩れるっていうか……私の場合、そもそも前世を思い出した段階で今世の銀髪に一度衝撃を受けていたりしてですね……今回はその上をいく衝撃を受けてしまって……
「心配するな。慣れればどうという事はない」
「……演技をしていた時にしゃべるなと言った人の言葉とは思えないのですが」
シャルは目を逸らした。
忘れてないからな。あれでドライアイになるかと思ったんだから。
「……リーンはリーンだ。顔がどうであろうとそこは変わらない」
目を逸らしたまま言われましてもね。
……でも、その気遣いは有り難く受け取ります。
「そうですね。外側だけ良くなっても中身は変わりませんし……」
溜息をつけば、シャルはレティーナの座っていた椅子に腰かけて妙に畏まった態度で真面目な顔をこちらに向けた。
「リーン、体調が大丈夫なら少し話しておきたい事がある」
「あ、はい。大丈夫です」
動けないだけで体調の方は問題ない。
眩暈も吐き気もないしな。そう考えると以前、シャルの腕を生やした時ほど大変な状況ではない。
何か大事な話なのだろうと、こちらも頭を切り替えて真面目に聞く。
「今後の事だ。
私は今、陛下から政務について引継ぎを受けている所だ。問題なく進めば一年後には陛下が王位から退かれ私が立つ予定だ」
「はい。大変だと思いますが……まだ移行期間がある分ましでしょうか。その間に出来るだけ問題を洗い出せるといいですね」
問題を潰すのは無理でも、認識していれば対策を検討するぐらいは出来るだろう。
シャルも完璧さは求めていないのか同意するように頷いた。
「そうだな。そこは力不足が否めないだろうからアイリアル侯爵の助けを借りる事になるだろう。ディートハルトも、助力してくれる」
「お二方が着いてくださるならなんとか出来そうですね」
今やこのレリレウス王国のツートップだもんな。恐ろしいまでの逆転劇だ。
「あぁ。問題は……既に議題に上がっているのだが、世継ぎ問題なんだ」
あぁ……あの王子が王子じゃなかったという話か。
まぁ仮に王子だとしてもミルネスト侯爵家の血を引いた王太子を立てるというのは状況的に難しいし、最初からそれは無しという前提で動いてたもんな。そりゃどうするんだって話になるか。
「実は兄上は……ここだけの話にして欲しいのだが、子をもうけられないお身体だったのだ」
あ、うん。はい、存じております。が、初耳な振りして神妙な顔で頷いておく。
「私も知らなかったのだが、幼い頃に父上が招いた者に視てもらった結果そうだったらしい」
って事は、陛下はご存知だったのか……
だけどそれじゃあどうしてラウレンスを王子と認めたのだろう……?
そう思った私の疑問を察したのか、それとも皆思う事は同じなのか続けてシャルは説明してくれた。
「ラウレンスを王子として扱っていたのは、そうしなければ私や姉上が巻き込まれると思われたそうだ……子が出来なければ王妃、ひいてはミルネストの地位は盤石ではなく、さらには次世代も確実にミルネストの天下だと知らしめる事は出来ないからな。そうなれば残る私や姉上に目が向くと」
「なるほど……」
優しげな風貌の陛下の顔が思い出され、自由にならない中でなんとか妹と弟を守ろうとしていたのだと想像出来た。
「なので兄上には子が望めない。兄上が子を作る気はないと宣言され、それで次の王となる私にと矛先が来てだな……状況的にバタついているこの時期にする話ではないと言ってはいるのだが、不安だと言う者が半数以上いるのが現状なのだ」
「気持ちはわかります。王家は貴族の柱ですからね。跡継ぎを求めるのは自然な流れでしょう」
シャルはそうだなと頷いた。
「だからリーン、落ち着いたら頼めるか」
「……」
何を? ……何をか!
物凄く真剣な顔をして言うから一瞬わからなかった。
「えーと……宜しいのですか?」
「何がだ?」
「いや、私男爵家の出身ですけど……」
レティーナはいろいろと羅列していたし押そうとしていたが、貴族の感性としてそこは譲れないものがあるのは間違いないと思うのだ。
真剣な顔をしていたシャルは、なんだそんな事かという顔で苦笑した。
「問題ない理由はいくらでも上げる事は出来るが……私としてはリーン以外とは考えていない。
今までこちらが望む役目を押し付けてきただけに、無理にとは言いたくないがな……」
後半、段々声から張りがなくなりしょんぼりした顔で言われ、何故かその頭に垂れた犬耳を幻視してしまった。
三十にもなる相手に犬耳。しかもグサリとこう罪悪感みたいなものが刺さった。何故だ。
「え、ええと……シャルがいいのなら、私の方からは異論は――」
ちょっと胸のあたりが詰まるような、息苦しくなるような変な感覚を覚えながら言おうとした時、目の前で蛍のようにチカチカと何かが光った。
「異論は?」
「え? あ、え…あの、今何か光りませんでした?」
「大丈夫だ。何でもない。それより答えは?」
何でもなくないでしょ、だってほら目の前でさっきからちらついてますって。
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