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そのおじさま、私が盗みます!

作者: 薄味メロン



──祝・退職!!



 って事で、腐った上司に辞表を叩き付けたその日。


 私は、びっくりするほど、ウキウキしていた。 



 んぐ、んぐ、くは──!!


「昼間っから飲むレモンサワー、しあわせ──!!」


 せっかくだから、ストロング様も行っちゃいますか!!



 って事で、プシュー。


 ゴクゴクゴク……。



「ぷはぁ──っ!!!!」



 なにこの解放感!

 充実感!!


 なんかもう、生きてるって感じ!!


 今なら巨大な隕石が降ってきても、片手で受け止めれる気がする!!!!



≪─田辺 里香(たなべ りか)様が、特殊スキル─盗む─を取得しました─≫



「ん? なにか、変な声が聞こえた……??」



 ……。


 まぁ、いっか!!


 どう考えても、気のせいだもんね。



 それにしても、ほんと、あんな会社 辞めて正解!!


 いま、すっごく幸せ!!



「あとは、隣にステキなおじさまがいれば最高なんだけどなぁ……」



 見ただけで包み込んでくれる感じで。



 なんて言うの?


 大人の色気?



「舘ひろ○とか、城島しげ○とか、麻生たろ○とか。そんな感じの20代、いないかなー」



 ……いないよね。


 知ってる、知ってる……。



──でもさ!



 夢見たっていいじゃない!!!!



 私だって女の子──、



 ……なんて言える年齢は、過ぎちゃったけど。



 ……。



「うん! やめやめ!! 祝、退職!!!!」


 無駄な事を考えるのは、やめよう!


 とりあえず、白ワインと赤ワインを飲んで――


「ぷふぅ……。うまぁ」


 お酒、いいわぁ。


 カーテンから差し込む日差しも、心地いいし。


「日本酒も、冷や で言っちゃいますかー!!」


 くふぅ! 効くぅ!!


 冷たさが喉を流れて、胃が、かぁぁああ、って!!


 うむ、すごく良い!!


「次は、ホットワイン行っちゃおう!!」


 おふぅ。


 これもいい!!



「次は……、──あれ?」



 地面、揺れてない?



──ちょっと待って!? 飲み過ぎた!?



 まって、前が、見え……──




「お嬢さん? いつからそちらに?」



「ぇ……?」



 男の人の声?


 私の部屋に、男の人……??



 と言うか、お腹に響くいい感じのこの声は、



「ステキなおじさまの……」


 声、なんだけど、


──え?


 ここ、どこ??



 知らない天井に、知らない壁。


 明かりも蛍光灯じゃなくて、壁にあるロウソク。



 檻が大量に並んでいて、沢山の人が閉じ込めている!?



 え?


 どこかの牢屋……??


「私の部屋は……?」


 飲み過ぎたせいで、幻覚でも見てる??


 夢……??


 素敵なおじさまを閉じ込めたい、って言う私の願望!?


──いえ、今はそんな事よりも、目の現実を見るべきよね。




「ロマンスグレーのオールバ───クっ!!!!」




 いい、すごくいい!!


 私の性癖に突き刺さる!!!!



「後ろに流れていく髪に、くたびれた感じがにじみ出てる。いいよ! すごくいいよ!!」



「お嬢さん……?」



 ズバーン、きちゃったわ!


 心が萌えてる!!

 熱く萌えちゃってる!!!!


 やっばい!

 すごく、やっばい!!



 このおじさまに似合うのって、やっぱり執事服よね!


 むしろ、他に選択肢なんてないから!!



「失礼ですが。わたくしの声は、聞こえておりますか?」



 名前は、絶対にセバスチャン!!


 異論は認めないわ!!!!



『セバス。準備をお願い』


『かしこまりました』



 って感じよね!!!!




 きゃは────────────!!!!




「神様! 夢を見せてくれる神様!! 次は、私が閉じ込められてるシチュで、お願いします! なんかこう、いい感じで!!」


 もちろん、素敵なおじさま限定で!!!!


「と言うか、相手のおじさまは、このおじさまのままが──」



「うるせぇぞ!! 静かにしやがれ!!」


「ぶっ殺されてぇのか!!」




「──ひゃっ!!」



 え?


 並んだ檻の中にも、いっぱい人がいる?


 私の夢なのに、ステキなおじさま以外に人が??



「……えっと、あの、ごめん、なさい」



──もしかして、夢じゃない、とか??



 ……あはは。

 そんなわけ、ない、よね?


 でも、なんか、こう。

 地面の手触りとか、周囲の臭いとか。


 あまりにも、リアルな気が……。 



「お嬢さん。わたくしの声は、聞こえてますか?」


「──ひゃっ、ひゃい!」



 おっ、おじさまが、話しかけてくれた?


 私なんかに??


「大丈夫ですよ。まずは、ゆっくり 息を吸ってみましょうか。大きく吸い込んで、静かにはいて……」


 すー、はぁー、すー、はぁー……。


「そうです。御上手ですよ」


「そっ、そうですか。ありがとうございます!!」


 ……えへへ。


 好き(しゅき)


 このおじさま、好き(しゅき)



「わたくしと会話をしていただけますか?」


「もっ、もちろんです……!!」


「そうですか。それは良かった」


 ふわりと微笑んでくれた、口元。


 手の掛かる子供を見守るような、優しい瞳。


 自然と落ち着く声。


 なんかこう、すべてがお腹に響いて、体が熱くなる。



──好き(しゅき)



「ぶしつけな質問をさせて貰いますね。お嬢さんは、お客様ですか? わたくしどもと同じ、奴隷ですか?」




「……ぇ?」



 奴隷……?


 わたくしどもって……。


 檻の中にいる人みんな、奴隷、って事!?


「なに、それ……。意味わかんない……」


 だって、日本に奴隷なんているはずないし……。


──やっぱりここは、私の欲望を反映した夢。


 ……ん?


 あれ? ちょっと待って。

 昨日までは、私も奴隷だったような??


 理不尽な罵倒。

 無理難題を押し付けられる日々。


 ……うん。

 奴隷よね?


「それってあれですか? 会社の奴隷。社会の歯車。社畜! みたいな?」



 なんて現実逃避をしてみたけど、どう考えても違うよね。


 私も、真っ黒な社畜だった自負はあるけど、さすがに檻に入れられた事なんてないし……。



「いえ、わたくしどもは--」


「だから、うるせぇって言ってんだろ!!」


「ひっ……!!」


「どこの誰だか知らねーがな! あの姉弟(きょうだい)が来る前に、とっととここから消えやがれ!!」



 ……きょうだい??


 だめ、頭が回らない。


 酔ってるとか関係なく、ここがどこなのかもわからない……。


「うるさいよ、あんたたち! 飯抜きにされたいのかい!?」


「……ちっ! 来やがった」



──え……?

 着物を着た綺麗な人が、こっちに来る?


 その手に持ってるのって、キセル、だよね?


 時代劇とかで、たまに見るやつ……。


 時代錯誤って言うか、なんて言うか。



──てか、後ろにいる人、デカ!!


 ムキムキ!!!!


 身長、2メートルくらいない!?


 それに、なんで上半身裸なの!???


「おや? お客様がいたのかい? 気付かずに失礼をしたね。私の奴隷商にようこそ」


「えっと……。奴隷商??」


「おや? なんだい? 知らずにここまで来ちまったのかい??」


 ふーん、なんてキセルをふかしながら眺めて来るけど、なんだろう。


 その目に、見覚えがあるような気がする。


 あれかな?


 手強かった取引先のセールスさんと、同じような目?


「上等な服だけど、見ない形状だね。おまえさん、長距離移動に失敗してここに飛ばされた。違うかい?」




 ……どう言うこと??


 長距離移動?


 飛ばされた????


 ぜんぜん、意味がわかんないんだけど!?



 でもあれだよね。


 この目の人を前に、黙り込むのは、絶対にダメ!

 私の中の何かが、そう叫んでる。


 何か言わなきゃ!!



「それは、どうでしょうか?」



「……ほぉ? 私を相手に、情報を隠すつもりかい??」


「いえいえ。そんな心積もりは、ありませんよ」



 隠すもなにも、情報なんて、何も持ち合わせてないし。



 でも、今の一言でわかった。


 この人の目は、自分に有利な条件を飲ませようとする人の目だ!


 無理やり行かされた出張先で見て来た人達と一緒。


 とにかく、状況がわからないとか言ってる場合じゃない!


 このまま雰囲気に飲まれてたら、きっと面倒な事になる。


 落ち着いて。


 いつもと同じように……。


「まずは、そちらの条件を伺いたいのですが。よろしいですか??」


「条件……? おまえさん、この死に損ないが欲しいのかい?」



 へ????



 一瞬だけど、ロマンスグレーの素敵なおじさまに視線を向けた?


 欲しいのかい、って??



「貰えるんですか?」


「そうさね。100万ルルで手を打とうじゃないか」



 ……100万。



「なるほど、悪くない条件だと思います。ですが、即答は出来かねますね」


 なんて言ってみたけど、100万ルルってなに!?


 雰囲気的に、お金だよね?


 ルル、ってそれ、どこのお金!???


「へぇ。私を相手に値切ろうってのかい」


「いぇ、そういう訳では。少しだけ考える時間が欲しいだけですので」



 とりあえず、わかったことは3つ。



 ここが奴隷商であること。


 素敵なおじさまが、奴隷、つまりは売り物であること。


 そして、早めにここを逃げ出したい、ってこと。



 どう考えても、歓迎されてないよね!?


 後ろのムキムキさんの圧力、半端ないんですけど!???


 あの姉弟が来る前に──、って言ってたし。弟さん??


「ほぉ? 貴族でもない女が、よくもまぁ、それだけ口が回るもんだ。50万ルルに割り引いてやるよ、その褒美だ」


「ありがとうございます」


 なんて、にっこりと笑ってみたけど、冷や汗たらたらですよ。


 貴族って、いつの時代!?


 私は、“独身貴族”ですけどなにか!?



 っと、違う違う。いまは、そんなこと、どうでもいい。


──突然の半額って、あきらかにおかしくない!?


 それに、聞き逃せない言葉もあった。


「──この死に損ない。確かにそう言われましたよね? つまりは、そう言うこと(・・・・・・)、ですか?」


「……。ふん。私とした事が余計な事を言っちまったようだね。お察しの通り、この男は、毒に侵されていてねぇ。医者の見立てじゃ、まともに動けて残り半年、って話だよ」


「……そう、ですか」


 ちょっとした鎌掛けだったんだけど。


 そこにいるおじさまの余命が、残り半年……。


「普通の人間なら一瞬で起き上がれなくなるような毒を飲まされたらしいんだがねぇ。運がいいのか、なんなのか。顔にも出さなねぇもんだから、騙されて仕入れちまったのさ」


「……起き上がれない?」


 そんな重傷なのに、檻の中に閉じ込められてるの……?


 なんで??


 どうしてこんなに、優しそうなおじさまが!?


「正直な話。この男は、このまま売れずに捨てるだけさ。もしおまえさんが引き取ってくれるのなら、登録料の10万ルルだけでいい」


「……」


「倉庫も無制限じゃないからね。邪魔な商品を引き取ってくれるのなら、こっちとしても大助かり──」



「──あなた。いま、なんと言いました?」



「あん?」



 このおじさまが、邪魔……?


 長い時間を苦労と共に生きてきたであろう、このおじさまが?


 残りの人生が半年しかない、このおじさまが邪魔!?



「──だったら、私が買います! 今すぐ、檻から出してください!!」



 私も経理の経験があるから、なにも分からない訳じゃない。


 倉庫の維持管理にもお金がかかるから、たとえ赤字でも、早めに売れてくれた方がいい。


 邪魔は言い過ぎにしても、彼女の言うことは間違ってないと思う。


 私としても、養豚などで生計を立てている人に向かって、『豚が可哀想』って言う人達は嫌いだからね。


 豚と人間が同じか? と聞かれると、議論の余地はあると思うけど……。



──もちろん、『おじさまが邪魔だ』、なんて言う奴は、議論の余地もなく極刑に決まってる!!



 でも、彼女は、その道のプロ。


 私の感情は別にして、彼女は間違ってはいないのだろう。


「……すみません、取り乱しました」


 私がおじさまを否定されて怒るのと一緒。


 彼女の商人としての矜持を踏みにじってはダメ。


 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと呼吸を整えて。



「そのおじさま、捨てるのであれば、私が貰ってもいいですか?」



 私は、静かに微笑みながら、そう言ってやった。



「……いや。欲しがる者を前に言う言葉じゃなかったね。訂正させて貰うよ。この優秀な奴隷、10万ルルでよければ譲渡しよう」


「ありがとうございます」


 ……うん。


 やっぱり、悪い人じゃないのかも。


 こんなステキなおじさまを私に譲ってくれる、って話だもんね!


 私なら、絶対手放そうと思わないのに!!



「それで? あんた、金はあるのかい?」



「……ぇ?」


 おかね……?




──!!!!!!



「私を相手に、ここまで啖呵を切ったんだ。冷やかしだった、なんて事はないだろうね?」


「いっ、いや、まさか。そそそそ、そんなことある訳ないじゃないですか! やだなぁ、もぉー。あははー……」



 どうしよう! 忘れてた!!



 お金ってあれだよね?


 ルルだよね??


 円じゃダメな雰囲気だよね!?


 そんなの、持ってる訳ないじゃない!!!!



──ひらめけ!! 元OLの知恵!!!!



 商談中もピンチなんて、これまでいっぱいあったでしょ!!



 ……。


 …………。



「えっと、今回の案件なのですが。一度、本社に持ち帰りまして。改めて御時間を──」



 ……ん?? 



「へ……????」



 あそこに落ちてるのって、私のカバン!!


 なんで地面の上に落ちちゃってるの!?



「ごめんなさい! ちょっと待っててください!!」



 そもそも、なんで私のカバンが、こんな牢屋みたいな場所に!???



──いや、まぁ。そんな事を言い出したら、『ここはどこ!?』 って話に戻るんだけど……。


 って、私のカバン、こんなに軽かった!???


「ぇ……? からっぽ……??」


 じゃないみたいだけど、なにこれ??


 金色のコイン??



──中に入ってた、財布とケータイは!?


 定期は!?


 ハンカチは!?



 おじさま俳優のサイン入り生写真は!???



「あ、リップと目薬はある……」



 え?


 どういうこと!?



 ……誰かに盗まれた!???



「ふん、持ってたのかい」


「ぇ……?」


「10万の話だよ」



 10万……??



 もしかして、10万ルル!?



 ……女性の視線を見る限りだと、この金色のコインがそれっぽいんだけど。


 言われてみれば。お金に見えなくもない。


 変な模様とか入ってるし。


 改めてカバンの中を見たけど、同じ物が2枚ある。



「なんだい?」


「いっ、いえ! なんでもないですよ! うん! はい!!」



 えーっと、あれだよね?


 この鞄は、私の鞄!


 で、その中に入ってる物は、私の物!!



──つまり私は、おじさまを買えてしまう!!!!



 人身売買? 法律違反??


 オール オッケー!

 ノープロブレム!!


 だって、夢の中だもん! ……たぶん。


 それに!


「私には、おじさまを檻から救い出すと言う、使命がある!!」


 だから、大丈夫!!!!


 無問題(モウマンタイ)無問題(モウマンタイ)



「それで、買う際の注意点などは?」


「奴隷になる前は、伯爵家に仕えていた執事長、って話だからね。下手に足を突っ込むと、大変だろうさ」


「え゛……」


 なにその、面倒そうなフラグ。


「おや? お気に召さなかったかい? 他の奴隷も見たい、ってんなら止めはしないよ」


「……いえ」


 それはさすがに……。


 と言うか、私の性癖ドストライクのおじさまですし!


 私は、このおじさまがいいんじゃい!!


 おじさまを買って──と言うか、飼って、あんなことや、こんなことを!!


「ぐへへ……」


 ん……??


 おじさまが、頭を下げた?


 私に飼われたい、ってこと? 


 

 状況だけで判断すると、そうなるんだけど。

 

 私のおじさまセンサーが『このおじさまは、そんなおじさまじゃないよ』って言ってるんだよね……。


 でも、檻から出たいのは間違いなさそう……。


 もしかして、


「なにか、したい事がある。そう言う事ですか?」


「…………」


 あれ? 違った??


 結構、自身あったんだけどな。


 私のおじさまセンサー、壊れた??


「そう言うのは、私のいない所でやんな。私の前じゃ喋れないようにしてあるからね」


「……なるほど」


 どうやって? って思わなくもないけど、嘘はついてないと思う。


 キセルを吹かしてる女性が来てからは、彼女と私以外、誰一人として声を漏らしてない。


 それどころか、その場から1歩も動いていないように見える。


 片足を上げたままの人もいるし、どう考えても異常だ。


「それで? 買うのかい? 別のにするかい??」


 誰も買わないと言う選択肢がないのが、さすがと言うか、なんと言うか……。


「わかりました。このおじさまを買います。──ですが、1つだけお願いが」



「……言ってみな」



 夢にしては、現実的過ぎるし。




 現実にしては、あまりにもぶっ飛んでる。





──だから、その辺を考えるのはやめました!!!!






「このおじさまに似合う執事服を、オプションで付けてください!!!!」






 夢のようなシチュエーションなんだもんね!


 楽しまなきゃもったいない!!


 夢の神様!

 叶えてくださいね!!


「ッハ! 毎度あり。執事服と契約の準備、して来てやるよ」



「あざーっず!!」




 ぐへへへ!!



「おい、だらしない顔してないで付いてこい」


「了解っす!」



 おっじさま! おっじさま!


 執事服の、おっじさま!!



 なんてテンションで、女性と向かい合う形で、ソファに腰掛ける。


 契約書に目を通して。


 持ち馴れない羽ペンでサインを書く。


 そうしていると、不意に女性が顔を上げた。



「ん? どうかしましたか??」


 なんて、つられて振り向いた先に見えたのは、ロマンスグレーのオールバック。



 白い手袋。


 スラリとしたズボン。


 燕尾のジャケット。



 見え隠れする淡い色のベスト。



「執事服の、おじさま……」



「なにを惚けてるんだい? オプションに服を付けろって言ったのはおまえさんだろ?」


「はっ、はひ。ありがとうございまふ!!」



 確かにそうだけど!

 突然、出てくるとは思わないでしょ!!


 執事らしいパリっとした衣装に、白い手袋。


 片手をお腹の前で水平に下ろして、静かな澄まし顔で目を伏せている立ち姿。



 しかも、首元が細身のクロスタイ!!





──細身のクロスタイぃいいい!!!!





 このお姉さん、わかってる!!

 ほんと、おねぇさま!!!!



 いえ、決してネクタイタイプの執事服が悪い訳ではないの。

 

 ないのだけれど、いま、私の目の前にいるおじさま──セバスチャンの優しい目や微笑み、醸し出すオーラ!


 その他もろもろを考えると、それこそが最善であり! 至高であり! 究極の逸品!

 そうとしか形容できないのよね!!!!



 ここにモノクルがあれば、完成なのだけど、その未完である部分もまた乙!


 永久に終わらない迷宮を、私がこの手で完成させるための余地を残している。


 そこに愛が産まれる!!


 つまりは──



「お待たせ致しました、お嬢様。そちらのお荷物は、いかが致しますか?」


「……ぇ? お嬢様……??」


 それって、もしかして、



──私の事!???



「申し訳ございません。(あるじ)様とお呼びした方が──」


「いっ、いえ! 大丈夫です!! お嬢様と呼んでください!!!!」



 そういうの、大好物です!!!!!!



「かしこまりました。お嬢様」




 ……。




 くふぅうううううううう!!!!!!!!



 なにこれ!?


 なんのご褒美!???


 こんなの、貰っちゃっていいの!???



──このおじさま!! まじ、おじさま!!!!



 死んじゃう!


 私、萌え死んじゃう!!!!



 ……っと、落ち着くのよ、私。



 おじさまは確かにかっこいいけど!



 すっごく格好いいけど!!



「はぁぁ……。やっぱり、格好いいなぁ……」



「お嬢様? いかがなさいましたか?」



──はっ!?



 もしかして、声に出てた!???



 すー、はぁー、すー、はぁー……。



「こほん。あー、あー、あー……。よし」



 落ち着くのよ、私。

 妄想の中で、何度も練習したでしょ?



 まずは、自分の後ろ髪をふぁさー、ってしてから。


 声の雰囲気も変えて。



「──何でもないわ。セバス、出口まで案内しなさい」



「かしこまりました、お嬢様」



 …………。




──くふぅぅぅぅうううう!!!!



 いい!!


 すごくいい!!!!




 人生で1回でいいから、やってみたかったのよね!!



 なんて言うの?


 お嬢様ごっこ!?


 しあわせ────!!


 くふふふ。ぐへへへ。




 ……と言うか、



「えっ、 えっと。あの。セバス、さん? お名前。本当にセバスさんなんですか??」


「いえ、元来の物とは違いますが、お嬢様にお仕えする前の呼び名など些細な物です。セバスとお呼びください」



「……ごほん。……そう。わかったわ」



 えーっと?


 これってあれよね!?



『わたくしを、あなたの色に染めていただきたく……』



 って事よね!?


 セバスさん、まじイケオジ!!




 そんなの、染めるに決まってるでしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!



 しゅきぃいいいいいいいい♥



 すーはーすーはー。


「出口は?」


「こちらでございます。足元が滑り易くなっておりますので、差し支えなければお手を」



 ……お手を!????



 え!? なに!?


 もしかしなくても、おじさまのひじに触れちゃっていいの!?



「……えぇ。ありがとう」



──触れちゃうよ!?



 いまさら止めても、ダメだからね!???



 ……どうしよう。


 すっごくドキドキしてきた……。



 本当に、触れちゃうよ……?




 ……すーはーすーはー。



 しっ、失礼、します!!






────────────────────


〈盗む〉レベル1の使用条件を達成しました。


 初使用のため、初回ボーナスが与えられます。


──目標を選択肢してください──


 ・瞳        100%

 ・心臓       100%

 ・腕        100%

 ・足        100%

 ・衣服       100%

 ・ヒュドラの猛毒  100%


────────────────────




「へ……?」



 なに、これ?



 文字が目の前に浮かんでる??



「瞳、心臓、……ヒュドラの毒?」



「お嬢様?」




────────────────────


目標は1つだけ選択してください。


最後に選択された『ヒュドラの毒』こちらでよろしいですか?


────────────────────




「え? え? え????」



「……そちらに何か見えるのですか?」



「えっと、あの、文字と言うか、えっと──」




────────────────────


規定の時間をオーバーしました。


『ヒュドラの毒』の〈盗む〉を開始します。



 成功率 100%



  ──成功しました。


────────────────────




「え……?」



 目の前から文字が消えた?


 手の中に、怪しい壷が出てきた!?



 リアルな蛇の絵が彫られてるし、蓋に“厳封”って書いてあるんだけど!?


 どう見ても、危険な雰囲気を醸し出してない!?



「!!!! ……お嬢様、それをこちらに」


「ぇ……?」



 ちょっと、セバスさん!?


 お体がくっ付いてません!???



 ちょっ、ちか、、近いですよ!?



 左手!

 セバスさんの左手!!


 もしかしなくても、私の肩に回っちゃってませんか!???



 それなんてご褒美──



「おや? なにか面白い事が、起きたようだね?」


「いえ、そのような事は御座いませんよ。どうやらお嬢様がお疲れのようでして。失礼致します」



「──ひゃぅ!???」



 ちょっ──、セバスさん!?



 ここここ、、これって、



──おおおおおお姫様抱っこじゃないですか!!



 全人類 憧れの!!!!!!



「お嬢様。どこか痛いところは御座いませんか?」


「いっ、いえ! ……大丈夫、よ」


「そうですか。それは良かった」



 顔が!


 すてきなお顔が近いです、セバスさん!!



──至近距離で微笑まないで!!



 死んじゃうから!


 私、萌え死んじゃうから!!



(このまま出口まで案内致します。御不便をお掛けしますが、その瓶をかの者に知られれば、面倒事になりますので)


(……そうね。全てをあなたにゆだねるわ、セバス)


(かしこまりました)



 ふぉぉぉおおおおお!



 ダンディな声が──、



 ダンディな声が、近いよぉぉおおお!!




 セバスさんの腕に揺られちゃってるぅううううううううう!!




(誠に申し訳ありませんが。わたくしに寄りかかるように、その瓶を隠して頂けますでしょうか?)


(……わかったわ)


 え? え? え?



 それってあれ??


 

 そのステキなお胸に、寄りかかっていいって事!?



──しっ、仕方ないよね!?



 お姫様抱っこって、揺れがひどく……、


 ……ないけど。


 安定感抜群で、寝ちゃいそうなほど心地いいけど。


 なんかこう。──仕方ないよね!


 うん、仕方ない、仕方ない!!


 ……だから、触れちゃいますね!?


 そのステキなお胸に、寄りかかっちゃいますね!!!!




「──ひゃぅ……!!」



「!! お嬢様? いかが致しましたか?」


「いっ、いえ、なんでもないの! うん! なんでもないのよ? おほほほほ」



──セバスさんの胸筋、パネェ!



 マジ、パネェ!!


 え? なに?


 なんで、細マッチョ!?



 (はかな)げな優しいおじさまが、細マッチョなんて……。





──── 美味しすぎるでしょぉおおおおおおおおおお!!!!




 頬を押し付けたら感じる、確かな弾力!


 雄の力!!


 チラリと見上げたら、優しい横顔!!



「はぁはぁはぁ……。じゅるり……」



「失礼致します。お嬢様、お顔を」



 うぉ!?


 片手を離した!?


 なのにこの安定感!???



 でもって、ハンカチで優しく口元を拭かれてしまった……。



「はい。よろしいですよ」


「……ありがと」


「いえ。それがわたくしの仕事ですので」



 セバスさんの目が、小さな子を見るような目なのは、なぜですが……??



 えっと、その。


 あの、ですね、


「テンション上げ過ぎて、すいませんでした」


「????」



 これはあれかなー。


 飲み過ぎた?


 いくらセバスさんが格好いいとは言っても、ハッスルし過ぎだよね……。



 ん?



「あれ?」


「お嬢様?」


「ごめんなさい。なんだか、急に眠気が……」


 さっきまでは何ともなかったのに、目が開けていられない……。



──はっ!!



 もしや、セバスさんの超一流なお姫様抱っこの効果か!!!!



 ……じゃないとしたら、この幸せな夢が終わるんだよね。


(私が御守り致します。ゆっくりお休みください)


 ありがとう。


 セバスさんのおかげで、本当に幸せな夢だったよ。




 本当に、幸せな夢……。




──そう思っていたんだけど。




「おはようございます、お嬢様。おかげんはいかがでしょうか?」


「……へ? ここ、どこ??」



 空には太陽が2つ。


 目の前には、セバスさん!!



 私の夢は、まだ始まったばかりみたい……。


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