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五十嵐記念病院13

「僕たちがいる間だけでよければ」


そう答えると、伊豆子さんは両手を合わせたまま、にかっと笑った。


話が終わったあと、伊豆子さんの案内で院内の保管庫をいくつか回った。


止血帯の束に包帯、消毒綿、薬。

メスや金づちなどの工具も選んでくれた。


金属が袋の中で擦れるたび、乾いた音が鳴る。


保管庫を回っているうちに、窓の外はすっかり暗くなっていた。


明かりの消えた病室が並び、非常灯の赤い光だけが廊下を細く照らしている。


「……依代兄ちゃん、ちょっと待って」


深夜が僕の袖を掴んだ。

指先に、僅かに力が入っている。


昼間とは違い、夜の病院は人の気配まで薄く感じられた。


閉じた扉の向こうで何かが動くたび、衣擦れの音だけが妙に近く聞こえる。


「ゆっくり行くから大丈夫だよ。そこ、段差があるから気をつけて」


声を落とし、借りた懐中電灯の光を深夜の足元へ向ける。


廊下へ出たところで、先を歩いていた伊豆子さんが急に懐中電灯を消した。


「わっ」


同時に、深夜が振り返りざまに拳を打ち込む。


短く伸びた拳が、伊豆子さんの脇腹へ入った。


「ちょ! グーはあかんて!」


「次やったら、これ使うからね……!?」


深夜は物資の袋から金づちの柄を少しだけ覗かせ、真っ赤な顔で睨みつけた。


「怖い怖い。最近の中学生は物騒やなぁ」


伊豆子さんは大げさに腰を押さえながらも、笑いをこらえきれていない。


深夜の抗議と伊豆子さんの笑い声は、203号室へ着くまで途切れなかった。


部屋へ戻り、伊豆子さんから頼まれたことをハルエちゃんへ伝える。


「しばらく、僕たちもこの部屋で暮らすことになったんだけど、一緒でも大丈夫?」


「わかった」


ハルエちゃんは迷わず頷いた。


しかし、問題はそこからだった。


この部屋にはベッドが一台しかない。


子ども二人ならともかく、三人で眠れる幅ではなかった。


工藤さんに確認したものの、空いているベッドはなく、借りられたのは予備の毛布だけだった。


仕方なく僕が床へ寝ると伝えた瞬間、深夜が口を挟む。


「ぼ、僕が床で寝る。だから……依代兄ちゃんがベッド使って」


顔が赤い。

言い切ったあと、目だけがハルエちゃんの方へ動いた。


「いや、さすがに子どもを差し置いてベッドで寝るなんてできないよ。僕がとんでもない鬼畜みたいじゃないか」


「大丈夫だよ! 僕だって中学生なんだから! 子ども扱いしないでよ!」


「子ども扱いってわけじゃないけど……この床、冷えるからさ」


床へ掌をつくと、冷たさが皮膚へ張りついた。


「でも……!」


どうにも引き下がれないらしい。


深夜が何を気にしているのか、分からないほど鈍くはない。


「ハルエが床に寝る?」


やり取りを見ていたハルエちゃんが、淡々と提案した。


「その選択肢だけはないかな」


少女を床で寝かせて自分がベッド。


どんな事情があろうと、そんなことをする奴は大体ろくな最後を迎えない。


「じゃあ、僕が──」


「深夜は、ハルエと寝るの嫌?」


ハルエちゃんが小首を傾げる。


「えっ」


深夜の言葉が止まった。


「ハルエのこと、嫌い?」


「ち、違う! 嫌いじゃないけど……!」


「じゃあ、大丈夫?」


無表情のまま重ねられ、深夜は逃げ場を失ったように口を閉じた。


耳まで赤く染まっている。


「……分かったよ」


ようやく深夜が頷く。


「決まりだね。深夜とハルエちゃんがベッド。僕は床で寝る」


「大丈夫」


ハルエちゃんはいつもの調子で答えた。


深夜だけが、まだ落ち着かない様子で毛布の端をいじっている。


ようやく場が落ち着いた頃、二度、間隔の揃ったノックが響いた。


「失礼いたします」


扉を開け、静かに顔を覗かせたのは御子神さんだった。


彼女は敷居の外に立ったまま、室内へは入らない。


廊下の非常灯が白い頬へ赤い影を落としていた。


「依代さん。深夜さん。祈りの時間です」


御子神さんは僕と深夜の名前だけを呼び、ハルエちゃんには目を向けなかった。


「多目的ホールにて、今宵の信託が授けられます」


そう告げると、身体を廊下へ向ける。


「ご案内いたします」

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