異世界にて2
「これより開始します。転移者は目標の達成を目指してください」
抑揚のない声が、頭上から草原全体へ降り注いだ。
顔を上げると、全員が一様に空を見上げている。
「……なんだ? 今の……」
御法川が低く呟いた。
「人の声……だよね?」
四方田さんが辺りを見回しながら、手の甲をさすっている。
落ち着こうとする時の、いつもの癖だった。
「開始……転移者……目標……」
沢田石は反芻するように、ぽつぽつと単語を呟いている。
その目は何もない草原の一角へ向いたまま、焦点が合っていなかった。
無月が自分の右手を持ち上げ、目を細める。
「……これはいよいよゲームじみてきたね。みんな、自分の右手人差し指を見て」
促され、全員が自分の指へ目を向けた。
右手人差し指には、銀色のリングが嵌まっている。
紅い小粒の宝石が一つ、光を受けて不気味に煌めいていた。
もちろん、こんな指輪を着けた覚えはない。
誰もが指輪へ手をかける。
けれど、どれだけ引っ張っても、外れない。
「ひっ……!」
小さな呻き声が漏れた直後、
「もう嫌……いやぁああぁ、気持ち悪いよぉおおぉ! 四方ぉおぉお!」
嵯峨さんが四方田さんへしがみつき、膝から崩れ落ちた。
目には涙が浮かび、呼吸が急速に浅くなっていく。
その目が一瞬だけ周囲の様子を窺い、また固く閉じられた。
「だ、大丈夫、大丈夫だよ……結花」
四方田さんは同じ言葉を繰り返しながら、嵯峨さんを抱き寄せた。
「またかよ……うるせぇなぁ」
御法川の声に、嵯峨さんの肩がびくりと跳ねる。
喉を鳴らす呼吸が一段大きくなり、その場へしゃがみ込んで激しく息を荒らし始めた。
四方田さんの手が止まり、御法川へ顔を上げる。
「ちょっと実里! ……結花、ゆっくり深呼吸して。落ち着こう。大丈夫……そばにいるからね」
嵯峨さんの背をさすりながら、一つずつ息を合わせるように語りかける。
「ひっ、ひはっ、ひっ……」
四方田さんの声に合わせ、嵯峨さんの呼吸は次第に整っていった。
稀によく見る光景だった。
嵯峨さんの肩の上下が収まり始めた頃、無月がゆっくりと顔を上げる。
「……とりあえず場所を移そう。このまま草原のど真ん中で立ち尽くしていても埒が明かない。どこか、せめて屋根のある場所があれば……」
「……そうね」
嵯峨さんの背中を支えながら、四方田さんが不安げに答えた。
「ってもよぉ、こんな原っぱの真ん中で屋根なんてねぇだろ。おい沢田石、なんかこういう時に役立つ知識とかねーのかよ」
御法川が振り返る。
……だが、そこに沢田石の姿はなかった。
「あれ? あいつどこ行った?」
その言葉に、全員が一斉に辺りを見回す。
見渡す限りの草原に、人が隠れられる場所はない。
それでも、沢田石の姿はどこにもなかった。




