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海堂組

海堂が撃たれ、崩れるように前のめりに倒れた。

その直後、周囲に控えていた海堂組の末端構成員たちにも容赦なく銃弾が浴びせられる。


「っ……!」


硝煙の匂いが一気に充満し、肌に刺さるような静寂が場を包んだ。

響くのは、倒れた身体が床を打つ鈍い音と、空薬莢が転がる金属音だけ。

誰も叫ばない。誰も動かない。


時間にすれば、わずか数秒のことだった。

だがその数秒の間に、確かに“信頼”という概念が丸ごと破壊された。


「……まったく」


龍次が海堂の死体を足元に見下ろしながら、肩をすくめるように言った。

声には哀れみも、苛立ちも、何もない。ただ“面倒なモノが片付いた”という色だけがあった。


「なんでそんな簡単に人を信じるんだろうな?」


ゆっくりと屈み、死体を転がして表情を覗き込む。

瞳孔の開いたその顔は、死んだ後ですら裏切られたことを理解していないようだった。


「結局な、人間ってのはどれだけ身近で裏切りが起きてようが、自分だけは大丈夫だって思い込む。そうやって“信じた自分”を守りたがる。──バカな話だ」


吐き捨てるように言ってから、興味を失ったように視線を逸らす。

血だまりの中に倒れた男に、これ以上かける言葉はない。


龍次は立ち上がると、右手をすっと掲げた。



その合図を受けて数人の組員が静かに動き出し、御法川へと一斉に駆け寄った。


「くそっ! 何しやがる! 離せっ!!」


怒声が上がるが、もはやそこにかつての威圧感はない。

彼自身、すでに龍次の言葉がすべて事実だと悟っていた。


反撃すれば人質ごと爆破される。

その理不尽な現実の中で、彼の拳は宙を切ることもなく、無様に地へと組み伏せられた。


龍次を見上げるその瞳には怒りと絶望が滲む。


「……てめぇの能力には随分苦い思いをさせられたからな」

龍次が冷ややかに告げる。

「異世界だかなにか知らねぇが、過ぎたおもちゃを振り回した罰だ」


その瞬間、組員が御法川の右腕を地面に押しつけるように伸ばし、

もう一人が控えていた金属バットを構えた。


鈍い破裂音がロビーに響いた。


「ぁあぐっあああぁああ!!」


関節の骨が砕け、紫色の痣が瞬く間に浮かび上がる。

それだけで十分に凄惨だったが──地獄は、まだ終わらなかった。


「ぐぅ! ああぁあ!! あああぁああああ!!!!」


右腕の肘、肩、手首、指先……

バットは容赦なく振り下ろされ、そのたびに肉と骨が悲鳴を上げた。


金属製のバットは、御法川の返り血と皮膚の欠片で黒ずみ、歪み、

それでもなお、何度も何度もその腕を砕き続けた。


「やめて!!」

「誰か止めてくれ……っ」


見るに堪えない光景に、周囲から悲鳴が漏れた。

だが、誰一人動けない。動けば、爆弾の起爆という地獄が待っている。


「反対もだ」


無慈悲な命令が、場の空気をさらに沈ませた。

御法川は、もはや声を出すこともできなかった。

ぐったりと伏せた顔からは血が流れ、歯の隙間から唾液と嗚咽が混ざって滴り落ちていた。


左腕も引き伸ばされ、同じように……いや、それ以上に無慈悲に叩き折られる。


「……けっ、ガキが調子に乗るからだ」


組員のひとりがへこんだバットを投げ捨て、唾を吐くように言った。

抑え込んでいた組員たちが手を離しても、御法川はぴくりとも動けなかった。


床に転がるその姿は、かつて無敵だった男のなれの果てだった。


「なかなか良いみせもんだったぞ。……だが、まだまだ序の口だ」

龍次が軽くあくびでもするかのように、言葉を落とす。


「おらクソガキども! 並べ!! 暴れたらわかってんだろうな!?」


その言葉を合図に、組員たちが動き出す。

一斉に銃を構え、ロビー内にいたN.Oの面々へと迫っていった。


「きゃっ!!」

「な、何すんだよ!!」

「触んじゃねぇっ!!」


悲鳴と怒声が飛び交う中、フロント前へと整列させられていく。

座り込んでいた灰児も無理やり列へと加えられた。


「……ふんっ。やっぱりガキってのは並ばされてる姿がよく似合う」

龍次の声には、あざけりと軽蔑がにじんでいた。


「平和な世ならいざしらず、不条理が支配する世界でガキのわがままを通そうとしたツケだ」


整列した彼らの前に数人の組員が近づき、手にした結束バンドを使って全員の両手を拘束していく。


どこかで抑えた嗚咽が聞こえた。

崩れていく希望。

一度は掴みかけた勝利が、まるで最初から幻だったかのように消え失せていく。



全員の拘束が済んだところで龍次がおもむろに起爆スイッチを取り出す。


「お利口さんだな。褒美にひとつ、いい話をしてやろう」


その一挙手一投足に、場の空気が張り詰める。


龍次は何かを確かめるようにそれを一瞥し、指先で弄んだ。


空気ごと時間が固まったような沈黙の中で、龍次の親指がゆっくりとスイッチの上に置かれる。


「はっ……? おい、まさか……やめろっ!!」


静馬が弾かれたように叫ぶ。

声が裏返るほどの焦りが滲んでいた。


しかし龍次はその叫びをまるで楽しむように一瞥しただけで、何のためらいもなく、親指でそのスイッチを押し込んだ。


……!!


その瞬間、ロビー全体が凍りつく。

誰もが耳を澄ませ、次の瞬間に訪れるであろう爆音と破滅の衝撃に備えた。


だが――


……何も起こらなかった。


沈黙が、かえって爆発音よりも恐ろしい圧を空間に残した。


「……ハッハッハ! いいツラしやがって。……本当に優秀なおもちゃだな、お前らは」


龍次がスイッチを弄ぶように片手でくるくると回す。

その顔には愉悦と嘲りが同時に浮かんでいた。


「こいつはフェイクだ。だが、安心しろ――フェイクなのは起爆方法だけだ。爆弾そのものは、ちゃんと本物だよ」


その言葉に静馬の顔が歪む。

怒りと絶望が綯い交ぜになった視線が龍次に突き刺さる。


「爆弾は遠隔式じゃねぇ。センサー式だ。搬入が済んだら、海堂組はその場を離れる――それがトリガーだ。奴らはビルを崩すために精密に爆弾を配置し、撤退すると同時にその爆発に巻き込まれる。墓穴を掘るとはこのことだな」


淡々と語る龍次の声が、かえって残酷だった。


「撤退予定時刻はちょうど7時だ。今6:45だから、大勢の蛆虫がビルごと吹き飛ぶのを一緒に見守ろうじゃねぇか」


鷹揚な態度で両手を広げる龍次に静馬が罵声を浴びせる。


「くそが……! どこまでも人の命を弄びやがって……! 地獄に堕ちろ……っ!!」


「……心地いいな」

龍次は嬉しそうに目を細める。


「負け犬の遠吠えほど、癖になるもんはねぇ」


一鬼が一歩前に出た。

目は決して逸らさず、龍次の狂気を射抜くように見据える。


「……てめぇ、何がしてぇんだ。奥羽会の他の組が消えんのは、お前にとっちゃ都合がいいんだろう。だが避難民まで殺しちまったら、この避難所はもう成り立たねぇじゃねぇか」


その言葉に、龍次の口元がゆっくりと歪む。


「誰が避難所を“今のまま”維持してぇって言ったよ?」


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