ロックンロール!
作戦はこうだ。
まずは多摩モノレールの線路を使い、地上ではなく頭上から避難所を強襲する。
その後、隊を三つに分ける。
モノレール出入口の警備を倒し、退路を確保する〈脱出班〉。
一般人を伊世丹へ避難させ、建物ごと封鎖する〈救助班〉。
そして如月組を壊滅させるために龍次を討つ〈強襲班〉だ。
どの班に所属しても戦闘は不可避なため、メインの戦力は分散された。
脱出班には笑麻さんと灰児さん。
救助班には僕。
そして強襲班には御法川と一鬼さん。
最も多くの戦力が割かれたのは、当然ながら龍次を直接討つ〈強襲班〉だった。
深夜も今回の作戦に参加したがっていたが、ホームには戦えない女性や子ども、老人たちが残っている。
彼はその守り手として配置された。
これは排除ではない。信頼だ。
それを理解したのか、深夜も頷くだけで食い下がらなかった。
……とはいえ、僕も多少は割を食った側だ。
本当は強襲班に加わりたかったのに、“ある事情”から救助班にまわされたのだから。
「てめぇら何してやがるっ!」
如月組の組員が一人、銃を構えて走ってきた。
大勢を連れて移動する僕らを見つけ、警戒の色をあらわにしている。
その刹那。
「アブねぇもん振り回すんじゃねぇよ、シャバ憎が!」
脇から飛び出した影が、構えた拳銃ごと男を蹴り飛ばす。
男は悲鳴とともに欄干を越え、地上へと吸い込まれていった。
「へっ、時間通りだな! こっからは共闘だ!」
ドロップキックの主が立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。
その後ろでは喧嘩慣れした連中がすでに如月組と殴り合いを始めていた。
「……あ、はい。よろしくお願いします」
「おまっ、俺のこと覚えてねぇのか!? 田口だよ! ……って、名乗ってなかったか」
「ああ。初日に雀さんからボコボコにされてた人ですね。お久しぶりです」
「ぐぬぅ……もうちょい言い方あるだろ!?」
バキッ。
次の瞬間、殴り合いの流れ弾のように飛んできた靴が田口の後頭部に命中した。
「てめぇかああああああ!!」
怒鳴りながら田口が戦場へ突入していく。
伊世丹方面からも人が駆け寄ってきた。その中には雀走さんの姿もあった。
これこそが僕が救助班に回された理由だ。
――本庄組とN.Oの共闘。
雀走さんにはあらかじめ、奥羽銀の死に僕らが関与していないことを伝えていた。
そもそも、彼は最初からそれを疑っていなかったようだ。
実際、銀の死で最も得をしたのは如月龍次だ。
証拠はなくとも、彼が犯人であるという認識は、N.Oと本庄組で一致していた。
互いの目的――如月龍次の排除――が合致した時、敵対関係は“共闘”へと変わる。
とはいえ、いきなり全員が信頼できるはずもない。
そのため、雀走さんと個人的に縁のある僕が、連携の仲介役となったのだった。
「みなさ〜ん! これはゾンビからの避難訓練であると同時に、人間組織の襲撃を想定した“終末シミュレーション”です! ぼーっとしてっと骨の2、3本はすぐ折れちゃうよ!」
ライフルを肩に担いだ雀走さんが叫ぶ。
冗談まじりの調子で叫ぶその姿に、立ち尽くしていた避難民の顔が次第に驚きに変わっていく。
――極道の男が、今、一般人が死なないように避難誘導をしている。
誰もが知る顔、誰もが恐れていた存在。
その男が、まるで教師のように人々を先導している光景は、まるで現実離れして見えた。
それでも、動揺は一瞬だった。
「避難は伊世丹側! 係員の指示に従って! 各自、押さずに、走って!」
矢継ぎ早の指示に誘導されるように、避難民たちは一斉に足を動かし始める。
たとえ過去に何があったとしても、いまこの場で“助けようとしている”存在を、拒絶する理由はなかった。
雀走さんはそんな様子を見ながら、肩越しに線路沿いの建物を振り返る。
「……本丸に手ぇ貸せるのは避難が終わってからだな。まだ他の建物にも避難者が残ってる。鷹巣や海堂の連中も協力してくれてはいるが全部避難させるのは骨だぜ」
目を細めて避難の列を見守る雀走。
その声は真剣だった。
だがその表情には、どこか誇らしげなものがあった。
恐れられ、敬遠され続けたこの手で、今、誰かを“守る”ということ。
それがたとえ、過去の罪を帳消しにはできなくても。
今、この瞬間だけは、自分にも“正しい場所”があると、信じられる気がした。
「……本当は真っ先に殴り込みたいって顔してますよ。新時代の極道はスマートなはずでしょう」
皮肉混じりに言うと、雀走さんはライフルを僕に押し付け、両腕を大きく伸ばした。
「ははっ! そりゃ秩序があった頃の話だ。時代が逆行するならそれに適応してこそスマートだろ? だったら──」
彼はニヤリと笑い、
「ロックンロールだ馬鹿野郎っ!!」
と叫んで、戦場へ駆けていった。




