立て直し
「十中八九、今回の件は奥羽会の仕業だ」
ゾンビの掃討が終わり、負傷者の手当てや物資の回収が進む中、IKEA内の一角で一鬼が幹部や生き残った警備を集め、簡易の会議が開かれた。
場に集った面々は、傷だらけで肩を寄せ合いながらも、皆それぞれの怒りを胸に抱えていた。
「……生き残った警備の証言では、覆面を被った男たちが出入り口に向けて何かを投げたとのことだった。爆発の規模から見て、まず間違いなく手榴弾。それに、延焼の広がりから火炎瓶も使用されていたと見ていい」
静馬が資料も何も見ずに、事実を一つずつ噛みしめるように語った。
その拳は膝の上で震えていた。
「……このあたりでそれだけの物資を扱えるのは奥羽会くらいしかいない。恐らく、何らかの方法でホームの存在を嗅ぎつけたうえで、計画的に排除に動いたんだ」
言葉を終えると、場にじわじわと怒気が満ちていくのがわかった。
沈黙の中で、誰かがぽつりと呟いた。
「許せねぇ……! こんなの許せねぇよ!!」
「そうよ! 一鬼さん達の配慮で向こうには被害が出ないようにしてたっていうのに! 奥羽会には血も涙もないの!?」
「奥羽会には人の心がねぇのか!!」
誰かが声を上げるたび、別の誰かの怒りに火がついた。
会場がまるごと熱を帯びていく。
一鬼は一度、まっすぐ天井を仰いでから、静かに地面を見下ろした。
「……落ち着け」
低くもはっきりとしたその声が、怒号をぴたりと止めた。
「襲撃で被害を出さないようにしてたってのは俺らの理屈だ。物資不足を加速させてた以上、あいつらが実力行使にでることは考えてた」
静まり返った中で、一鬼は深く、深く頭を下げた。
「……気づけなかったのは、俺の落ち度だ。すまない」
誰かが息を呑む音が聞こえた。
あの一鬼が、声を震わせて頭を下げている。
「……一鬼さんだけの責任じゃありません。警備だって、手を抜いてたわけじゃなかった。ただ……奴らのやり方が、あまりにも苛烈だっただけです」
歯を噛みしめながら、静馬が続けた。
誰もが同じように地面を睨んでいた。
怒りも悔しさもある。でも、それをどう処理すればいいかわからない。
「でもよ……どうして場所がバレたんだ?」
一人がぽつりと呟いた言葉が、空気を一変させた。
「尾行や調査にはずっと気をつけていたし、これまでは上手くいってたんだ。……変わったことといえば──」
その視線が、僕と深夜に突き刺さる。
「……そうだ。こいつらが来てからだ! こいつらが連れてきたんだよ、奥羽会を!」
包帯を巻いた青年の怒声に、ざわめきが起きる。
まるで波紋のように、疑いと怒りが広がっていった。
その声は間違っていない。
ホームに潜り込んだ際僕自身に対しての尾行は気にしていなかった。
あの時二重尾行され、如月組に反旗を翻したことでN.O共々攻撃されたと言われれば筋が通る。
深夜がぎゅっと僕の袖を握った。手が冷たく震えていた。
「やめろ」
その声が、空気を断ち切った。
「やめろ。谷々達のことは俺が保証したんだ。これ以上2人を責めるなら俺も同罪だ」
静かに、けれど確実にその場を制するように、一鬼が告げる。
その声には怒りも恨みもない。
ただ、仲間を責める仲間に対しての悲しさが滲んでいた。
「……一鬼さん……」
「誰かのせいにしなきゃやってられねぇのは、わかる。俺だって、ぶち壊したくなるほどムカついてる。でもよ、それを仲間に向けてどうすんだ。そんなの悲しいだけだろ」
唇を噛んだ青年が、ゆっくりとうつむいた。
「一鬼の言う通りだ。相手が誰だかもうわかってる。だったら、次は俺たちがやり返す番だろ! ……全面戦争しかねぇよ!」
御法川の声に、半数が一斉に賛同の声を上げる。
が、一鬼はそれを遮った。
「……御法川の気持ちは、俺もわかる。けどな……仮に戦争になれば、向こうの一般人に被害が出るかもしれねぇ。今も家族が向こうに残ってる奴もいるはずだ。復讐は復讐を呼ぶぞ」
言葉の熱が冷まされていく。
御法川もすぐには言葉を返さなかった。
握りしめた拳が、小さく震えていた。
「けどよ! だったらこの怒りはどこに向けりゃいい!? ダチを殺された悲しみは! 親を失ったガキの寂しさは! どうやって埋めてやりゃいいんだ!」
誰もが言葉を失う中で、一鬼は一歩だけ前に出た。
「……納得してくれなんて言わねぇ。でも、俺は今ここにいる人間を守りてぇんだ。今度こそ。だから……今だけ、黙って俺に力を貸してくれねぇか」
その頭が、もう一度深く下げられた。
誰よりも悔しく、怒りに燃える人間が下げる頭は重い。
この人が飲み込むというのに、それを否と言える人間はこの場にいないだろう。
しばらくして、静馬が避難所の役割分担を整理した。
残ったゾンビの掃討班、物資回収班、そして新たな避難先の偵察班。
「谷々たちは……しばらくホームで待機だ。すまん。まだ、お前らを信じきれない奴がいる」
静馬さんは、すまなそうな目で僕に視線を送ってきた。
「……わかってます。気にしないでください。むしろ……ここまで信用してもらえるだけでも、ありがたいです」
軽く頭を下げて、深夜の手を引いてその場を離れる。
角を曲がり、誰の視線も届かなくなった場所で、深夜が立ち止まった。
「谷々兄ちゃん……あのさ……」
声が震えていた。
その震えは、冷えた風でも恐怖でもない──内側から、こみ上げてきたものだった。
「今朝のこと……謝ろうと思ってたんだ。でも、それよりも……もっと……とんでもないことをしてしまった気がする……」
深夜は、袖をぎゅっと握ったまま、僕を見上げた。
「……ホームが、襲われたのは……僕のせいかもしれない」




