Night Owl
「ちっ、……どういうことだ?」
ホテルのエレベーターを目的の10階で降りた途端、御法川が眉をしかめて低く唸る。廊下を見渡したその表情には、焦りではなく苛立ちが滲んでいた。
「……わからない」
僕も御法川の背後から廊下を覗き込む。だがそこには、あまりにも異様な光景が広がっていた。
「なんで警備が一人もいねぇんだ? 下の階もすっからかんだったじゃねぇか」
御法川が声を潜めながらも、言葉に棘を立てるように振り返る。その目は、怒っているというよりむしろ苛立ち混じりの疑念で満ちていた。
ホテルへ至る道中、想定よりも順調すぎたのは確かだった。避難所の敷地を抜ける際も、駅のガード下をくぐる際も、張り巡らされているはずの警備網に一切ひっかかることがなかった。
そして今、如月組の警備担当がいるはずのホテルの中に入ってもなお、姿ひとつ見かけていない。
「……慎重にいこう」
小声でそう言いながら、僕は先頭を切って廊下の奥へ進む。
雰囲気がおかしい。何かがおかしい。体の奥が警鐘を鳴らしている。警備が薄いことを喜べる状況ではなかった。
──音がしない。
空調の駆動音や、誰かが動いている物音さえ、耳に入ってこない。
まるでホテル全体が沈黙し、何かを「待っている」かのような空気だった。
誰かが息を呑む気配すら、やけに大きく感じる。
「……この部屋だ」
僕は静かに囁きながら、廊下の突き当たりに設置された非常扉の横──角部屋の前で立ち止まる。
手のひらを壁に添えながら、扉にそっと耳を当てる。だが中からは、何の気配も感じられなかった。
呼吸を整える。
ポケットから取り出したキーホルダー付きの鍵を、ゆっくりと鍵穴へ差し込む。
顔を上げず、手のひらだけで背後へ軽くサインを送る。
御法川がすっと身を屈め、足音を殺して隣へ並ぶ。失栞さんは後方の曲がり角に身を隠しながら、出入口と廊下の警戒を続けている。
──ガチャッ。
音がした瞬間、僕と御法川が一斉に踏み込み、扉を開け放った。
「深夜! ハルエちゃん!」
飛び込むように短い廊下を抜け、ベッドルームへ駆け込む。




