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選択3

あまりにも自然な口調すぎて、最初は何を聞かれたのか理解できなかった。


一瞬、答えを迷う。


ごまかすべきか。それとも否定するか。


時間にすれば一秒にも満たない瞬間のあいだに、幾通りもの思考が駆け巡る。


そして、僕が選んだのは——


「……なんでわかったんですか」


それはほとんど、自白だった。


一鬼さんは、微笑を浮かべたまま、まるで意外でも何でもないといった様子で言う。


「ははっ、否定しないんだな。……俺のは、お前らみたいな異世界の能力じゃない。ただ、人の“殺意”にちょっとばかし敏感なだけだ」


一鬼さんは腕を組み、わずかに顎を引いて僕を見据える。


「でも驚いたぜ? こういう世界になる前から、俺の懐に潜り込んで殺ろうとしたやつは何人かいたけど、みんな地面に転がされたあとで“なんでわかった?”ってアホ面してたからな」


ふっと鼻を鳴らすような笑い。


驚いたというなら、もっと困惑した顔でも見せてほしい。


「……パンデミックの前から命を狙われてたって、どんな人生送ってきたんですか。それに、腕に自信があるとはいえ、なぜ僕とふたりきりになったんです? さっき静馬さんたちが来たときに言えば簡単に僕を拘束できたでしょう」


証拠はないが、新参の僕と組織のトップである一鬼さんとでは信頼度が違う。

あの場で言えば簡単に拘束できただろう。


「お前と話してみたかっただけさ」


一鬼さんは無垢な笑顔で答える。


深い意味はない。文字通りの“ただそれだけ”。


「……それなら期待に応えないといけませんね」


ため息をひとつ、木の根元に腰を下ろす。


この人は、本当に読めない。


駆け引きも、推測も、こちらがやる前から通じないとわかってしまうタイプだ。


「……最初にお前を見た時、実里が妙なやつを連れてきたと思ったよ。俺から見たら、殺意が散歩してるようなもんだった」


一鬼さんも同じように木の根に腰を下ろし、草を撫でるように手をついた。


「とりあえず、たたんでから考えようとは思った。でも……特別強いわけでもないくせに、俺の一撃を止めただろ? あんなやつ初めてだった。普通は、痛みや恐怖に覚悟を決めて突っ込んでくるもんだけど……お前は違った。何も感じてなかった。突っ込むのが当たり前みたいな顔で、ただ真正面から来やがった」


そう言って一鬼さんは、軽く右の拳を指でさする。


「……言わなかったが、あの一発で拳にひびが入ってる。あれ、なかなか痛かったぜ」


何気ない口調だが、それは重大な負傷のはずだ。


「奥羽会の回しもんにしちゃ随分おかしな奴だと思ってさ。……それで様子を見ることにしたんだ。で、見てみりゃ、俺を殺しに来たくせにうちの連中とはしっかり打ち解けてるし、さっきは殺すどころか手助けまでする」


一鬼さんは土の匂いが混じる風に目を細めた。


「……話してみたくなるだろ?」


「……殺す隙がなかっただけです」


真正面からの問いに、僕は目を逸らす。


足元の地面には、血の抜けきったイノシシが横たわり、その周囲には赤黒い血だまりが広がっていた。


その血に反射した自分の顔が、ぐにゃりと歪んで見える。


僕は——


本当に、殺す気だった。


でも、あのとき。


一鬼さんの背後にゾンビが現れた瞬間、手はメスを持ったまま自然と振り上がり、そして——


狙いを変えて、ゾンビの眉間に投げつけた。


迷いはなかった。判断でもなかった。


反射的だった。けれどその瞬間、そこには間違いなく意思があった。


殺す機会を、自分で投げ捨てたのだ。


……今更、僕に。




一鬼さんは、ふいに笑った。


「……ははっ。そんな顔もするんだな、お前」


優しい笑いではなかった。ただ、面白がっている様子でもなかった。


「感情や心の動き全てに意味や名前がついてたら楽だろうけど、世の中そういうわけにはいかない。理屈じゃ片付かねぇことのほうが多いさ。……自分の感情の名前がわからないなら、それはまだ“答えが出る時じゃない”ってだけだよ」


一鬼さんはわかるようなわからないようなことを(うそぶ)くと、立ち上がり2、3回お尻の土を払った。


「さて、暗殺は失敗だったな。だったら——せっかくだ。話してくれよ。お前がここに来た“本当の理由”をさ」


肩に担いだイノシシの重さを、ひょいと背負い直しながら。


一鬼さんはまた、あの無垢な笑顔を向けてきた。

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