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再びの外2

ジジジ……「こちら5Fを探索中。今のところゾンビの影すら見当たらん」


ジジ……「了解です」


トランシーバー越しに聞こえる睦奥の声は、いつも通りの無駄のない報告だった。

だが、それがむしろ現実感を希薄にさせる。緊張というよりも、“静けさが過ぎる”ことへの本能的な違和感があった。


今回の補給任務は、最初から“異質”だった。


ゾンビではなく、人間が相手になる可能性。


N.Oの襲撃に備え、少人数に分かれてドンキ・ホーテを探索する布陣となった。構成は僕と葦田さん、空閑さんと捻内さん、そして睦奥さんが単独行動。


最小限の分散でありながら、戦力のバランスを保つための最適解だろう。


「……流石に、同じ場所から何度も仕掛けてくるようなマヌケじゃないか」


隣を歩く葦田さんが呟く。


警戒しているのか、気が抜けたのか判断が難しい。彼の指が、手元のトランシーバーのスイッチを弄ぶように触れていた。


「谷々君は、N.Oの動きをどう読む?」


葦田の問いに、僕は呼吸のリズムを整えながら応じる。


「……むしろ皆さんの方が現場の経験は豊富でしょう。僕の見解よりも、そちらの判断の方が的確かと」


「ハハ……まぁ、それもそうだな」


雑音混じりの笑いが返ってくる。だがその笑いは、どこか空回りしていた。


「補給後の帰還を狙ってくることが多かったけど、それも毎回じゃない。……あいつら、狙いのパターンが見えないんだよ。こっちも、音がしたら逃げるのに必死では……ちゃんと振り返れたことなんてないんだよね」


葦田の声には、自分たちが“使い捨ての現場”であることへの、うっすらとした皮肉が含まれていた。


「音響物でゾンビを誘導、こっちは混乱に乗じて振り回され、その隙に物資を奪われる……。向こうは単純な作戦で、こっちはいつも後手。──物資も命も削られる一方ですね」


その言葉に、葦田が小さくうなずいた。


ジジジ……「こちら4階も異常なしよ。バカが一人、ブランド品にしがみついてるくらいね」


トランシーバーから空閑の声が届く。

軽口に聞こえるが、張り詰めた空気を裂こうとする意図がにじんでいた。


「上は無事みたいだね。こっちもあと一通り見たら、引き返そうか」


初めて来たときに比べれば、建物の構造は頭に入っていた。

ゾンビの姿はどの階でも確認されていない。補給物資も順調に回収できている。


……それでも、指令は“補給”ではない。あくまで、“N.Oとの接触”。


けれど、このまま何事もなければ、任務は未達のままだ。

つまり──また、明日も明後日も、何かが起こるまで外へ出されるということになる。


学校でさえ、土日は休みだったのに。

誰がこんな連勤を望むものか。


軽い吐息を漏らして、探索完了の報告を送る。各班からも順次、異常なしの返答が入った。


あとはこのまま外へ出て帰るだけだ──と、皆が思っていた。


沈黙が、じわじわと神経を締め上げていく。


脱力と警戒が交互に波打ち、心がぼんやりと鈍くなっていた、その瞬間。


なんとなく向けた視線の先、ガラス張りの窓。


《《それ》》は、前触れもなく視界いっぱいに広がった。


一瞬、時間が止まったかのような錯覚。

次の瞬間、脳裏に浮かんだのは──石の雨という言葉だった。


大気を裂いて落ちてくる黒い影。鉄骨のような塊。ガラス片か、瓦礫か、何かを千切ったままの“何か”が、ドンキ・ホーテの屋上と壁面をめがけて、容赦なく降り注いでいた。


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