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夜に生きる少女はお日様の眩しさをまだ知らない

作者: 夏目 梓

 

 ――いいかい? 夜顔(よるがお)。絶対にお日様の下に出てはいけないよ。





<次は、新宿、新宿――お出口は、左側です>


 聞き慣れた機械音による車内放送が流れて、手元の本に顔をうずめる様にして眠りに落ちていた私は現実世界に引き戻された。




 ……久しぶりにおばあちゃんの夢見たなぁ。これ読んでたからかな。




 目線を手元の本に向ける。眠りに落ちる直前まで読んでいたのは、【ドラキュラ伯爵の娘】という小説。私がまだ幼い頃、おばあちゃんがよく読み聞かせてくれた絵本の原作だった。


 電車が新宿駅に近づき、徐々にスピードを落としていく。私は顔を突っ込んでいたページに栞を挟み、鞄に小説を突っ込んで、視線を上へと向けた。


 視線は、目の前のサラリーマンのさらに先へ。


 駅のホームに着くまでの僅かな時間の暇つぶしには、中吊り広告を見るのが丁度いい。そんなわけで中吊り広告に目を向ければ、“長閑な田園に突如現れた謎の穴! 未確認巨大生物の足跡か!?”……なんて、下らない広告を見つけた。


 ……アホらし。こんな科学が発達した世界で、今時未確認の巨大生物なんているわけないじゃない。


 心の中で突っ込んでいると、いつの間にか電車は目的地に着いたようだ。人波と共に、私は新宿駅のホームに降り立った。




 人の波に身をゆだねつつ、南口を目指す。この時間帯は学校帰りの学生やら、仕事終わりのサラリーマンやら、夜の街に繰り出す若者やらで元々カオスな新宿駅は宇宙一と言っても過言じゃないレベルでカオスになる。


 はぁ……邪魔。


 前を歩くバカップルがちんたら歩くせいで、後がつかえる。


 せめて人の邪魔にならないところでやってくれ――。


 そう思いながら、右側の隙間を狙って追い越しをかける。改札を抜けてやっと人混みから解放されると、聞き慣れた声が響いてきた。


「おっ、夜顔じゃん! 今日は早いね?」


 私は声を完全無視し、目的地に向けて歩き出す。声の主は全く気にすることもなく、私の横に並んできた。


「なんで無視するんだよぉ。私ら友達でしょ?」


 いかにも作ったような悲し気な声で言われて、私ははぁ、とため息とともに声の主を見上げる。


「……夜顔、って呼ばないでって、いつもいつも言ってるよね? 舞香(まいか)


「あー、はいはい。月花(つきか)ね。わかってるけどさぁ……そんなに嫌いなの? 自分の名前なのに」


「嫌いだから、呼ばないでって言ってるの。わかったら、ちゃんと月花って呼んで。じゃなきゃ、無視するから」


 言いたいことを言い終えて、私は学校に向けて歩を進める。今日は幸い曇り空で、日傘を差す必要はなさそうだった。一緒に行くつもりなのか、舞香が隣についてくる。


「ところで、月花はなんでそんなに自分の名前嫌いなわけ?」


 ……まだこの話題続ける気なのか。


 私ははぁ、とため息を吐き、ぶっきらぼうに呟いた。


「……花言葉」


「うん?」


「夜顔の花言葉って、知ってる?」


「花言葉? いや、知らないけど……。夜顔って、夜に咲く花なんでしょ? だったら、シンプルに『夜』なんじゃないの?」


「……外れては、ない。たしかに、『夜』も夜顔の花言葉の1つ。でも、問題はもう1つ……」


「もう1つ?」


「『妖艶』——月の光を浴びて白い花が宙に浮いているように見える姿にちなんだ花言葉があるの」


「それの何が問題なの?」


 いい花言葉じゃん、と暢気に笑う舞香にイラっとしながら、私は言葉を紡ぐ。


「妖艶の意味、わかってる? どう見たって、名前負けでしょ、私」


 自分で言って悲しくなってくる。


 学校に向けて歩いている私達は、ビルの1階に店を構えるアパレルブランドの前を通りかかった。そのショーウィンドウに反射した私の姿は、とても高校生とは思えない――事実、小学生としょっちゅう間違われる――幼い外見。


 身長はもちろんのこと、顔も童顔。学生証を見せなければ、高校生と認めてもらえないことなんて日常茶飯事。


 ショーウィンドウの前で立ち止まった私と、ガラスに映る私を見比べて、舞香はようやくそれを悟ったらしい。


 あー、なんか、ごめん、という呟きが返ってきた。


「別にいいよ。これからちゃんと月花って呼んでくれるなら、それで」


「わかった。これからはちゃんと呼ぶ。……ところで、なんとなく聞きそびれてたけど、なんで月花?」


 今日は質問攻めだなぁ、と思いつつ、話の流れ的にはそうなるか、と1人納得しながら答える。


「夜顔って、英語だと『MoonFlower(ムーンフラワー)』っていうの。だから、月花」


「あ、そこは本名との繋がりがあるんだ! 納得!」


 納得してくれたのなら、何よりだ。


 そうこうしている内に、私達は目的地である学校に到着する。


 部活を終えたらしい学生達とすれ違うように、私達は昇降口へと向かった。






「じゃ、私こっちの教室だから! またねー」


 そう言いながら手をぶんぶん振る舞香と別れて、「1年2組」と札の下げられた教室に入る。


 教室の中を見渡して――私は溜息を吐いた。



 ……竜也(りゅうや)くん、今日はお休みかあ。



 竜也くんは、1か月前にできた私の初めての彼氏だ。


 母子家庭で、お金に苦労している竜也くんは、スマホを持っていない。だから、今日学校に来ていれば会って話ができると楽しみにしていたのだけど――どうやら今日はお仕事が入ってしまったらしい。


 ……つまんないの。


 その他大勢のクラスメイトに適当に挨拶を返し、自分の席についた、その時。


 スマホのブザーが鳴った。


 サイレントにしなきゃ、とスマホの画面をつける。ポップアップ機能でさっきのブザーの原因となったメールの一部が画面に映し出された。


≪母:帰りに便座カバーとトイレットペーパー買って来……≫


 どうやら買い物の依頼メールらしい。授業の予鈴を聞きながら、私はメールを開くことなくサイレント機能だけオンにしてスマホを鞄にしまった。




 ゴーン、ゴーン、ゴーン……




「じゃあ、今日はここまで」


 最後の授業の終了を知らせる鐘が鳴って、今日の授業が終了した。


 時刻は21時。


 外に出れば空は真っ暗だけれど、新宿は眠らない街だ。お店のネオンやら高層ビルの残業の明かりやらで街は明るい。


 お腹減ったなあ。お母さんから来てた買い物のお使いしなきゃだけど……あっ、そういえば竜也くんの働いてるカフェって、ドンキの近くにあったような?


 スマホの地図アプリを開くと、思った通りドンキの近くだった。


 ドンキで買い物して、カフェ行けばたぶん22時ぐらいになるよね? 遅番の時は上がるの22時って言ってたし……一緒に帰れるかも。


 ちょっと面倒だな、と思っていたお使いが途端に楽しくなってくる。


 ふふっと小さく笑いながら、私は夜の街へと歩き出した。






 買い物を済ませて時計を確認すると、21時45分だった。残り15分をどう時間を潰そうか、と考えて、私は竜也くんの働くカフェに入る。


「いらっしゃいませー、ご注文はお決まりですか?」


「アイスカフェオレ、Sサイズ1つ。持ち帰りで」


 レジの店員に注文しながら、店内を見渡す。


 竜也くんいないな……厨房の方かな?


 ちらりと厨房を覗くと、見慣れた茶髪が目に入った。


 いた! 竜也くん、気づくかな?


 じーっと見つめること、約10秒。やっと竜也くんと目があった。


 気づいた! ……あれ?


 一瞬目を見開いたように見えた竜也くんは、そのまま目線を外して奥に行ってしまった。


 いつもなら、微笑みの1つでも返してくれるのに……。


 私の困惑をよそに、先程注文を受けてくれた店員がアイスカフェオレを私に渡してきたので、仕方なく店を出る。


 お店の裏口にまわり、22時までの残り5分間を、私はさっきの困惑と戦いながら過ごした。






「お疲れ様っした~!」


 元気な声が聞こえてきて、私は声の方角に顔を向ける。若い男性集団の中に、竜也くんの姿を見つけた。


「――竜也くん!」


 私の声に気づいたらしい竜也くんは一瞬驚いた様子を見せたけど、周りのバイト仲間らしき男性たちに「彼女のお迎えかよこんにゃろっ!」といじられて苦笑いしながらこっちに来てくれた。


「お疲れ様!」


「あー、ありがと……」


 どうしたんだろう、いつもより元気がない気がする。


 そう思いながらも、「一緒に帰ろうと思って来ちゃった!」と言えば、笑ってくれたので、私達は駅に向かって歩き出した。






「でね、舞香が今日はすごく質問攻めしてきてね――」


 2人並んで歩きながら、私は今日の出来事を竜也くんに話していく。


 けど、竜也くんはやっぱり元気がなくて、返事も「へぇ」とか「そっか」とかばかりだった。


 ……やっぱり、なんか変。


 私は意を決し、2、3歩前に出るとくるっと後ろを歩く竜也くんの方に振り向いて足を止める。


「竜也くん、どうしたの? なんか、今日変だよ?」


 真っ直ぐ見つめた視線を、竜也くんは耐えられないというように右に逸らした。


「――は、どっちだよ」


「え? 何?」




「変なのは、どっちだよ、って言ったんだよ!」




 どっち、て何? 私が変だって言いたいの?


 質問に質問で返された上に、質問が意味わからなくて私は立ち尽くすしかできない。



「月花、昨日どこで何してた?」


 唐突に話題をずらされた。けど、昨日は日曜日だから……


「一日中、家にいたけど」


 なんなら、17時頃まで寝てた。


「嘘つき。俺、昨日の昼間月花を見た」


 意味がわからない。私が昼間に出歩くなんて、()()()()()()()()()


「……何言ってるの? 私が昼間、外に出られないの、竜也くんも知ってるよね?」




 ――色素性(しきそせい)乾皮症(かんぴしょう)




 私が生まれつき持っている病気の名前。日光に過敏に反応してしまうことで、しみや皮膚の乾燥が起き――高い確率で皮膚がんを引き起こすという。




 だから、私は生まれてから15年間、1度だってお日様の下に出たことはない。




 ――いいかい? 夜顔。絶対にお日様の下に出てはいけないよ。




 おばあちゃんが口癖のように言っていた言葉が、頭の中で響く。


 お日様の下で生きられたら、どんなに幸せだろう――もう人生で何度望んだかわからないほど望んでも叶わない願いを、竜也くんは知っていてくれている。


 それなのに、私を昼間見た、なんて。そんなこと、あるわけ――


「そんなことあるわけないって? 俺が見間違えるわけないだろ!」


 そう言いながらポケットから引き抜かれた竜也くんの右手には、少し前に発売されたスマートフォンが握られていた。


「竜也くん、スマホ持ってなかったよね……?」


「母親が『いつも苦労掛けてるから』って、一昨日買ってくれたんだ。人生初のスマホで、こんなの撮る破目になった俺の気持ちがわかるかよ……!」


 スマホを操作し終えた竜也くんが、画面をこちらに向けてくる。


 小さな画面の中には、スーツを着たサラリーマンらしき男性と腕を組んだ小柄な女の子が賑わう街中を歩いている様子を撮った写真が写っていた。


 男性は正面を向いているけど、見覚えはない。そして小柄な女の子は――



「そんな……ありえないよ。だって、晴れてるのに……」



 着ている洋服も、持っている鞄も、確かに私のだ。でも……こんな晴れてる中、出掛けられるわけがない。もちろん、出掛けた覚えもない。


 それに――、と思考を巡らせていると、竜也くんがスマホをポケットにしまいながら、「なんか言えよ」と睨みつけてくる。


「なんかって言われても……私、知らない」


「しらばっくれるつもりかよ? お前、この服前にデート行った時着てたよな?」


 そんなこと言われたって……知らないものは知らないよ……。


 でも、あの写真の女の子は――認めたくないけれど――私だと、竜也くんは思ってる。反論したいのに、できなくて、私は歯を噛みしめて俯くしかできなかった。


「……だんまりかよ。わかった。――別れよう」


 ――っ!?


 まさか別れを切り出されるとは思わなくて、私は驚きながら急いで顔を上げた。


 けど、竜也くんは人混みに紛れてしまって、もうどこにいるかわからない――。



 ……浮気したと、思ったのかな。



 だとしたら、別れを切り出されても不思議じゃない。……してないけど。


 考えれば考えるほど、訳が分からない。道端にしゃがみ込んで、世界が歪んでいくのを必死に耐えようとしたけど、嗚咽を堪えるのが限界だった。







 ピピピピピピピピピピピピピピピピ――ピッ


 徐々に音量が大きくなるアラームを叩くように止めて、私は眠りから覚醒した。


 ――あれから、どうやって帰ってきたんだっけ。


 私は寝起きで回らない頭で昨日のことを思い出そうとして――肝心の帰宅方法ではなくて、別れを切り出された悲しみの方を思い出しそうになって、思考を停止した。


 ダメだ。考えるとまた泣きそう。


 意識をそれから無理やり引き剥がす為、私はスマホを手に取った。寝起きの目には眩し過ぎる画面には、大きく「15:00」と時計表示がされている。


 普段ならまだ寝ている時間だ。私は大きな欠伸をしながら、無理やりベッドから体を起こした。


 ――眠い。でも、確かめなきゃ。


 昨日竜也くんが見せてくれた写真――そこに映っていた少女。私とそっくりなのに、私にはない妖艶な笑顔で、私と同じ服や鞄を身に纏っていた彼女。


 きっと、俗にいう「自分に似た人間が世の中には3人いる」ってやつなのだろう。私にあの妖艶さは1ミリたりともない。それに、決定的な違いとして、私はお日様の下には出られない。 



 でも、もし出られたら――?



 支度をしながら、私は巡らせていた思考を無理やり止める。



 ――出られるわけがない。病気なのだから。


 だから、5分だけ。5分だけ、お日様の下に出て、確かめる。5分もいれば、身体が真っ赤に腫れる筈だ――腫れるのはイヤだけど、このモヤモヤを解決する為なら、我慢しよう。


 支度を済ませ、玄関に向かう。扉に手を掛けて、一度深呼吸をして――私は運命の扉を開いた。




 直後、燦燦とした太陽の光が飛び込んできて――初めて感じるお日様の眩しさに、私は思わず瞼を閉じる。


 次の瞬間、身体が重くなる感じがして、「ほら、やっぱり私は出ちゃいけなかった」と思ったのも束の間、意識が遠くなる。


 玄関先で倒れ、アスファルトの冷たさを身体全体で感じながら、意識が途切れるその寸前、脳内に聞き慣れた声が響いた。






 ――バカな子。大人しく夜に引き籠っていれば、夜顔(月花)のままでいれたのに。昼間は夜顔(月花)の時間じゃない、夜顔(朝顔)の時間なのよ――



最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

この短編は、「花言葉」「巨大生物」「便座カバー」という指定の3単語を用いて短編を作る、という企画で作ったお話です。

メインは「花言葉」になりますが、気に入って頂けたら幸いです。


なお、普段は「ウルラの後継者」というハイファンタジーの長編作品を投稿しています。

今回の短編は普段の長編と雰囲気が似ている(恋愛要素はないですが)ので、この短編が気に入って頂けた方は是非、長編も覗いてみて頂けたら幸いです。

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